天と通ず
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おっ、今日はいつもにも増して、暗い雲が広がってきたねえ。久しぶりに雨が降るかな。
雲がどうして白かったり、黒かったりするか。その理由、こーちゃんだったら知っているよね? ……そう、浴びる光の影響なんだね。
雲は微小な水の粒が、大量に集まってできたもの。その中を光が通る時、粒たちの間をあちらこちらに反射することで、白い色となって僕たちの目に飛び込んでくる。光が通過しきれないと、その分、黒い色となって姿を現すというわけだね。
この仕組みを知るまで、僕はてっきり煙が空に昇ると、そのまま雲になると思っていた。黒い雲というのに関しても、たき火とかで出る黒い煙がもとになっているんじゃないか、とね。
雲は遠いところで生まれ、僕立つに影響を与えるのではなく、地上とも何かしら太いつながりがあって、僕たちに降り注ぐ。そんな因果関係を心のどこかで考えていたんだ。
そう思わせてくれた、昔話を聞いたことがあるんだけど、どうだい? 耳に入れておかないかい?
むかしむかしのこと。長年、村を治めていた村長が亡くなった。遺体は彼の遺言によって、荼毘に付される。村の広場の中央で盛大に焚かれた火の中央に、村長の身体が横たわっていた。
生前、村長は死した後も、この村に残りたいということを話していたそうだ。彼が長として在任していた時には、気候、天候が優れない時が多かったらしい。村民としてはこれも神の思し召しと受け取り、その場その場で対応していったが、村長には不満があったとのこと。
皆に辛い思いをさせ続けるのは自分の不徳として、それを生きている間に拭うことができないのが心残りだと、寝たきりになってから周囲の人へ話していたらしい。
「皆にかけた分の苦労は、死した後に償いたい。そのためにも、あの陽の光に並び立つ。地上の様子を伝える言葉を、じかにお伝えする立場となるのだ。きっと配慮してくださるだろう」
火葬を所望したのも、それが理由だった。当時、一般的に広がっていた土葬では、話すべき空とは真逆の、土の中へ置かれることになる。それでは意を伝えるべき姿勢として、望ましいものとは言えないだろう。
自分から空へ赴く。そのためには煙と共に昇るのが一番だと、村長は考えたんだ。
その日はずっと空は晴れ渡り、弔いと共に送りの意味合いを持たされた火も、次々に枯れ葉、枯れ枝を足されて燃やされ続けた。風もなかったその日、煙は真っすぐに空へ向かって立ち上り、わずかな間も途切れることはなかったという。
翌朝になると、空はにわかに陰って雨が降り始めた。
「雨が降るならば、それに逆らわず火を消して欲しい」という故人の頼みもあって、火を焚くことは中断される。彼の身体はわずかに骨のみを残して、先祖代々の墓の中へ葬られた。
ひとしきり降り注いだ雨が止み、雲間から太陽が差し込み始めた時、その光輪の傍らにはぴたりとひと塊の黒雲がひっついていた。東から西へ動いていく太陽。その動きに合わせ、自らも動いていく雲の姿は、まるで太陽そのものに影が生まれたかのようだと人々は噂をしたらしい。
――きっと、元村長の願いが叶ったんだ。
そう口々に話す人も出始めて、ならばと元村長が残した言葉に従い、儀式の準備を執り行うことにしたんだ。
元村長が話していた、太陽への口添え。それが成されるかどうかを試してみることにしたんだ。
即席の祭壇が設けられ、これまで伝わってきた作法の通りに、祈りの準備が進められていく。願うのは風向きに関してだ。この村は夏場だと、ほとんど西風が吹くことはない。過去数十年の観測によって、いずれも大差ない傾向にあることが分かっていた。
その西風を三日間、連続で吹くように請願する。あの太陽に寄り添う黒雲に対して。用意が整うと、その祭壇の上に代表者である巫女が立ち、ひとさし舞を舞った後で、背丈ほどの長さがある銅剣を高々と天へ掲げた。
「そなたらの心が届いたならば、翌日までに、きっとその願いを叶えよう」
生前の元村長は、そう言い残していたんだ。
果たして、儀式が終わって半日ほど経った真夜中のこと。多くの人が壁や屋根を揺らす風の音で目を覚ます。外に出て風向きを見てみたところ、西から吹き寄せていることが分かったんだ。
これが本当に儀式の成果なのか。それを確かめるべく、村人たちは交代で風の番を試み、どれほどの間吹き続けるかを監視した。結果、強弱の波はあれど風は、完全には止むことなく、三日後の未明にかけて吹き続けたという。その後はまた例年通り、南から吹き寄せる風が大半を占めるようになったとか。
人々はこの異様な状態に、驚きを隠せなかった。ただの偶然だとうそぶく者もいて、それからも何度か、時期にそぐわぬ気候をこの地にもたらしてくれるよう、願い出たことがあったという。
結果、風向きのみならず、気温、気象、その他の人に影響を及ぼし得る自然環境は、願った通りに推移したという。ただ、願う期間を長くすればするほど、舞を舞う時間諸々も相応の時間をかけなくては意味を成さず、巫女たちの体力を考えるとせいぜい一週間分が限度だったとか。
度重なる実績に、やがて疑いの声もすっかり小さくなっていった。この様子ならば、これまでの不作による後れを取り戻すことができるだろうと、人々は節目節目に太陽を仰ぎ、願いを伝える。またその隣に侍り続ける、村長の生まれ変わりともいうべき黒雲にも、常に感謝を捧げ続けたという。
それから30年余りの時間が過ぎる。その間、この村は不作知らずであり、人々の生活は格段に豊かになっていた。黒雲もまた変わらず、太陽のそばに居続けて、今やこの村の守り神のごとき扱いを受けている。その根っこにある村長の意思もまた、若い子供たちへ伝えられ、儀式の主役も時代へ移ろうとしていた。
しかし、ある晩のこと。村人たち全員が同じ夢を見た。自分たちを囲む三方は暗闇で、残る一方には、まばゆいばかりの後光が差す人物の影が立ちはだかっている。その顔は背負った光の影となって見えなかったが、年配の者たちはその影が、今は亡き元村長のものであると判断したらしい。
「もはやこれ以降、件の儀式を続けること、まかりならん」
人影は静かに告げた。その声もまた、知る者であれば記憶に引っかかる、村長の声だったという。
「わしはどうやら、太陽に近づきすぎた。皆の意見、皆の心を伝えんと寄り添い続けたが、今やわしの意思は細くなった。自分から侍るのではなく、縛られ、つなげられてしまった。もはや皆の願いを届けること能わず。かえって陽の意思を伝えるものとなりつつある。
とく、わしを除きたまえ。もはや、触れることなかれ」
続いて村長が告げたのは、とある草たちの名前。それらを混ぜ込んで火を焚いたならば、空のごとき青い煙を出すだろう。それを一日中燃やし続け、煙を立ち上らせたのならば、きっと自分は消えることができる、とも。
老若男女を問わずに訴えかけてきたこの夢は、重大なものとして取り上げられ、ほどなく人々は村長に告げられた、草たちを探し始める。いずれも名は聞いたことがあったが、中には少し足を伸ばさねば手に入らないものも存在した。
しかし、面白く思わない者も少数ながらいる。新しい舞い手として選ばれながら、ついに一度も役目を果たせぬまま、終わろうとしている少女だ。この夢に従うならば、せっかく手に入れた特別な立場が無に帰すことになる。そのようなことは認められない。
皆が探している間、体調の不良を理由に自宅へ戻った彼女は、あらかじめ次の儀式のために託されていた、銅剣を引っ張り出す。祭壇こそなかったものの、他人の手を煩わせずに済むなら気が楽だ。
あの夢を見る前までは、久しく降らない雨を乞うために、件の儀式が行われる予定だった。自分の初仕事のはずが、こんな形で終わらせられてはたまらない。これで雨を呼ぶことさえできれば、いかに夢のことがあろうと、皆の考えが少しは改まるかもしれないと、彼女は手前勝手に考えていたらしい。
結果として、彼女が招いたのは雨ではなく、惨事だった。
彼女が舞い始めてほどなく、近くにあった我が家の屋根が火を吹いたんだ。その後を追いかけるかのように他の家屋、畑の土からも、ぽつぽつと火の手が上がり出す。ついには半分以上の建物が被害を受け、煙を出し始めたことで、彼女以外の村人たちも異変に気がついた。
火はいずれも小さいうちに消し止められたが、消火作業の間も次から次へと無傷だった場所から火が立ち上る。文字通り、手を焼かされる事態だったという。
彼女から事情を聞いた人々は、夢の中の言葉にますます信憑性を覚えていく。
もはや村長は長年、地上の意思を伝えるため太陽と通じるうちに、逆に太陽から地上へ通じる、道となりつつあること。おそらくこの火の手は、雨の代わりに太陽の熱がほんのわずかだけ、地上に降り立ったものであろうことを。
具体的な損害を受け、仕事の速さを増した村人たちは、数刻後には広場に草の山をこさえていた。あの日、村長を空へ導いたのと、ほぼ同じ装いだ。
火がつけられ、盛大に燃え上がる草の山たちが吐き出したのは、夢で告げられた青い煙。空の青に溶け込む奇妙な色合いで、件の黒雲へと真っすぐ真っすぐ伸びていく。やはりこの間も、わずかな風すら吹きはしなかった。
30年前と同じく、一日中、焚かれ続けた煙。次に太陽が姿を現した時、そこにはこれまでひっつき続けていた「影」が、跡形もなく消え去っていたという。以降、どんなに力を入れて儀式を行ったとしても、彼らの意思に沿った現象が起こることは、めっきり減ってしまったらしいんだ。




