ツア ファミリエ1/アレン、帰省する
zur Familie
家族の元へ
例年通り、アレンはクリスマス休暇を利用して里帰りをすることにした。
母親には何度か電話でせっつかれていたが、クリスマス市でのロッテの件もあったので迷っていたのだ。
「わたしはもう大丈夫」
「帰る場所があるのなら、ちゃんと帰っておかないと」
アレンが迷っているのを察したロッテは、彼に帰省を促した。
それで、クリスマスイブの前日にやっと帰ると返事をしたのだ。
そこから急いで荷物をまとめ、何とも慌ただしい帰省のスタートになってしまった。
クリスマスには、彼女も予定があるらしい。
彼女の雇い主が、家族との食事に招待してくれたという。
それを聞いたアレンは、少しほっとした。
彼女がひとりでクリスマスを過ごすとしたら、きっと心が痛んだだろう。
街から鉄道で3時間かかる小さな村に、アレンの生まれ育ったうちはあった。
彼はそこで中学生まで過ごしたのち、村を出て全寮制の高校に進学した。
それから街に出て生活を始め、帰省は年に2度ほどになってしまった。
村には両親もいるし、昔からの友達もいる。
幼なじみのエディーとララは、春の終わりに結婚したばかりだった。
アレンもパーティーに招待され、2匹を祝福した。
それは、ロッテの来る少し前のことだった。
*****
村にひとつしかない小さな駅に降りると、そこは一面の雪景色だった。
これでは、うちまで帰るのにえらく時間がかかりそうだ。
そう思っていると、どこかで車のクラクションが鳴った。
「アル!」
呼ばれて振り返ると、車の窓から顔を出した父親が手を振っていた。
「ありがとう、助かった」
「今年は本当に降るよ」
「街はそんなことないだろう?」
父お気に入りの古い自家用車は、暖房の効きが悪い。
アレンは手をすり合わせながら、父親の話を聞いていた。
「母さんは?元気?」
「ああ、元気だよ」
「電話では素っ気ないフリをしているが、首を長くして待っているよ」
そう言って、眼鏡をかけた彼の父は朗らかに笑った。
途中何度かエンストを起こしながら、車はようやく実家に着いた。
決して大きくはないが、住み心地のいいうち。
久々の実家を懐かしく思う。
「あら、おかえりなさい」
「父さんとは会えたの?」
「うん、今車を入れてる」
「そう」
父親の言う通り、アレンの母はいつも素っ気ない。
彼は顔は母親に似て、性格は父親に似ていた。
「さあ、早く荷物を置いてきなさい」
「みんなで食事にしましょう」
使っていた自室は、彼が家を出て行ったときのまま残っている。
その部屋に着替えを入れたスポーツバッグを置き、束の間、部屋の窓から外を眺めていた。
*****
食卓には、アレンの好物がたくさん並んでいる。
そのことからも、母が彼の帰りを待っていたことがうかがえた。
父親の言ったとおりであった。
「そうそう、もう聞いた?」
食事をしながら、母親がアレンに聞く。
「何を?」
「何って、エディーとララよ」
「今度、子どもが生まれるのよ」
「えっ、もう!?」
「もうって…別に早くはないでしょう?」
母親は、どこかはっきりとしない我が子をちらっと横目で見た。
「それに比べ、あんたときたら」
「…関係ないだろ、俺のことは」
よくある、家族の一場面。
「お昼から、2匹を訪ねてきたら?」
父親がさりげなく助け船を出してくれた。
*****
「おーーっ!久しぶり!!」
ドアの先では、暖かそうなセーターを着たエディーが満面の笑顔で迎えてくれた。
おそらく、ララの手編みだろう。
「アル!パーティーのときはありがとうね」
部屋に入ると、奥からララが顔を出した。
ゆったりとしたワンピースを着て、大きく丸くなったお腹をさすっている。
コヨーテのエディーとプードルのララは、共にアレンの幼なじみであった。
幼獣のときから、よく3匹で駆け回って遊んだものだった。
アレンが村を出た後も2匹は村に留まり続け、やがて結婚したのであった。
エディーは、村役場に勤めている。
「いつ帰ってきたんだよ?」
「ついさっき」
「母さんに、子どもが生まれるって聞いて」
「何で言ってくれなかったんだよ」
アレンがすねたようにそう言うと、エディーとララは恥ずかしそうに顔を見合わせた。
「まあ、何ていうか」
「生まれてから言えばいいかなって」
「何だよ、それ」
お腹の大きな妻を気遣い、エディーがお茶の用意をする。
ララが焼いたというクッキーを食べながら、話が弾んだ。
2匹の話が尽きたころ、予想はしていたがこんな話題になった。
「で?」
「何?」
「何って、アルはどうなんだよ」
「どうって…」
クリスマスらしい星型のクッキーをかじりながら、アレンはもたもたとしていた。
「だーかーら、誰かいいメスでもいないわけ?」
「いないよ、そんなの」
「そんなのって言うけど…おまえだってもういい年じゃん」
「気になるメスの1匹や2匹いてもいいんじゃないか?」
「お袋さん、心配してない?」
「…」
昼間、母親から注がれた視線を思い出す。
「付き合ってるメスはいないよ」
「ただ…」
「ただ?」
エディーが、心持ち身を乗り出す。
「気になっている相手はいる」
「何だよ、いるのかよ!」
エディーはアレンの背中を思い切り叩く。
口に残っていたクッキーが、あやうく飛び出てくるところだった。
「で?で?」
「どんな子?」
「肉食系?草食系?」
「ちょっと、エディー」
ぐいぐいと前のめりになるエディーを、ララがたしなめる。
「何系っていうか…」
「人間、なんだ」
「え?」
2匹はほぼ同時にそう言い、アレンを見た。
「俺が気になっているのは、人間のメスなんだよ」
「…」
しばらくの沈黙が訪れる。
暖炉で、薪が爆ぜる音がした。
アレンは、彼らになら話してもいいと思っていた。
フローリアンやチャドも、大切な友達に違いはない。
しかし人間のことを話すとなると、エディーとララは特別だった。
彼らは、あの現場に居合わせた。
あの幼い人間の子との間に起こったことを、彼らは知っている。
「どう思う?」
アレンが最初に沈黙を破り、2匹に意見を求めた。
「どうって…」
「本気なわけ?」
エディーは、真ん中に大きくEの文字が入ったセーターを着ている。
見ようによっては笑えてしまう代物だったが、それを着ている彼は、今は真剣な表情だった。
「正直、まだよく分からないところはあるんだよな」
「だけど…何ていうか」
「俺にできるなら、大切にしたいと思ってる…」
「わたしは、わたしはいいと思うわ」
ララが割って入った。
「アルがそう考えるなら、わたしは相手が人間でもいいと思う」
「まあ、そうだよな」
「アルがそう思ってるなら」
ララにそう言われ、エディーも思い直したようだった。
エディーがあんな反応をしたのは無理もない。
その理由については、アレンの過去を探ってみなければならないだろう。




