イム ホテル/金色のオオカミ
im Hotel
ホテルにて
その日、アレンとロッテは久しぶりのデートを楽しんでいた。
アレンは長い訓練を終え、ようやく現場での職務に当たり始めた。
危険なこともあるし、体力的にきついときもある。
それでも、アレンはどこか充実しているように見えた。
それは、彼が肉食獣らしく自分の力を発揮してるからだろうとロッテは考えていた。
デートは、しばらく放っておいてごめんというアレンの思いと、現場デビューおめでとうというロッテの思いが重なった結果だった。
彼らはおしゃれなレストランで食事を取り、その後は以前約束したように映画を見に行った。
久しぶりのデートだからと、夜はホテルに一室を取った。
今、アレンとロッテはちょうど映画を見終えたところだった。
ホールから押し出される獣の波に乗って、彼らも外へ出てくる。
流しで走っていたタクシーをつかまえ、乗り込む。
「ホテルって、初めて」
ロッテが小さな声で言う。
「俺もそんなにないよ」
「今度は、バスローブが小さすぎないといいけど……」
アレンが言うのは、ロッテを連れ戻した帰りに泊まった田舎のモーテルでのことである。
「あそこはあそこでよかったけどね」
意味ありげに言うアレンに、ロッテは笑ってもたれかかった。
*****
カードキーで開けたその部屋は素晴らしかった。
大きなダブルベッドはふわふわして寝心地がよさそうだったし、丸いバスタブにはジャグジーも付いている。
もちろん、バスローブはちゃんと着られるサイズのものだ。
デートの最後を飾るには文句のない部屋だった。
「で、どうする?」
窓際で夜景を見ていたロッテは、アレンの言葉に振り返る。
「どうするって……」
その顔が、だんだんと赤くなってくる。
アレンは、ロッテのこういうところが好きだった。
もう結婚の約束すらしているのに、いつまでも初々しい面を見せてくるところが……。
ボコボコと泡の弾けるバスタブに、ロッテは目を丸くしていた。
どうやら、ジャグジーは初めてのようである。
湯の中に手を突っ込んでは、その感触を楽しんでいる。
「入るだろ?」
アレンは、さっさとシャツのボタンを外しにかかる。
「う、うん」
ロッテはバスローブを手にすると、いったんバスルームから出た。
服を脱ぐところを見られたくないらしい。
この場の雰囲気がそうさせるのか、いつになく恥ずかしがっている。
やはりたまには場所を変えるのも大切だと、アレンはバスタブに身を沈めてしみじみと思った。
ロッテがバスローブ姿で現れたとき、バスルームにアレンの姿はなかった。
「アレン?」
ロッテはバスタブのふちに腰を掛けて、室内を見回す。
彼が部屋の外に出た気配はない。
一体どこに隠れているのだろう……。
そう思ったとき、水面が勢いよく盛り上がって弾けた。
そこから現れたびしょ濡れのアレンが、ロッテをバスタブに引っ張り込む。
「ちょっと!」
バスローブごと湯に浸かったロッテは、濡れた髪をかき上げて文句を言った。
「ははは、びっくりした?」
顔を拭いながら、アレンは笑う。
「ロッテ、遅いよ」
「だからって、こんなやり方ある? 全部濡れちゃったじゃない」
「いいって」
「どうせこの後は何も着ないんだから……」
アレンはそう言うと、泡立つ湯船の中でロッテのバスローブを脱がせる。
彼女は下を向いて、されるがままになっている。
デートの最後を飾るにふさわしい夜。
それが、彼らに訪れようとしていた。
*****
ロッテは、何か違和感を感じた。
バスルームの照明は消され、今はバスタブの底に備え付けられたライトだけが鈍く光っている。
その中にぼんやりと浮かぶロッテは水に濡れて、アレンには艶めかしく見える。
夜はまだ浅い。
これから彼女を独り占めできると思うと、アレンはたまらなく興奮した。
湯の中でロッテを抱き締め、何度もキスをする。
どちらも、何も話さなかった。
聞こえるのはジャグジーが泡を吐き出すくぐもった音と、時おり跳ねる水の音くらいだ。
だんだんと頭がしびれてくるように感じ、何も考えられなくなる。
そんなとき、彼女の体に異変が起きた。
「アレン、ま、待って……」
キスのさ中に、ロッテはアレンをゆるく押しのけた。
「どうかした?」
「何か……変」
「変なの……」
ロッテはまだ恥ずかしがっているのだろうか。
今までにないシチュエーションに、心と体が付いてきていないのだろうか。
アレンは最初、そのように思った。
安心させようと腕を撫でたとき、そこに大量の鳥肌が立っているのに気付く。
さすがに、これは何かおかしい。
「ロッテ、大丈夫?」
「分からない……何だろう……この変な感じ」
風呂から上げたほうがよさそうだとアレンは感じ、ロッテを水の中で抱き上げようとした。
その腕の中で彼女の体が硬直した。
ロッテはぐっと頭をのけ反らせ、拳を強く握り締める。
痙攣の発作でも起きたかのようだった。
「ロッテ!」
アレンが声をかけるも、返事はない。
こんなときはどうしたらいい?
頭の中がぐるぐると回り始める。
心配するアレンの傍らで、変化は既に起き始めていた。
粟立った腕に、次第に毛が生えてくる。
まるで早回しの映像でも見ているように、目の前で腕は毛皮に覆われてゆく。
握っていた拳もゆっくりと開かれ始め、ごつごつとした獣の手のようになっていく。
その有様を目の当たりにしても、アレンにはこれが現実だとはなかなか信じられなかった。
「う!」
最後に一声呻いて、ロッテは頭を垂れた。
その頭には、アレンと同じ尖った耳がある。
「ロ、ロッテ……」
「アレン……わたし、一体……」
そう言って彼を見たロッテは、どこにでもいるオオカミの顔をしていた。
*****
2匹は、とりあえず風呂から上がった。
アレンの目の前にいるのは、金色の毛並みを輝かせる1匹のオオカミ。
そして同時に、彼女はロッテでもあった。
「……悪い、全然理解が追いつかない」
ロッテの変身を目の前で見たアレンであったが、そうやすやすとこの現象を理解できるはずもなかった。
ロッテは人間ではなく、オオカミだったのか?
まとまらない考えが、頭の中でひしめき合う。
当のロッテは、意外にも落ち着きはらっていた。
苦痛を伴ったのは変身のときだけだったようで、オオカミになった今は何事もなかったような顔をしている。
「知ってたのか? その……自分がオオカミに変身するってこと」
試しに、アレンは聞いてみた。
「ううん……こんなこと初めて……」
バスローブに身を包んだオオカミのロッテは、静かに言う。
人間の彼女が着ていた服は、今のロッテには小さすぎた。
「ただ、妙に納得はしてるの」
「え?」
「わたし、最近ちょっとおかしかったでしょ」
「本棚を支えたこととか、あの、部屋で起きたこととか……」
「ああ……」
「そういうのの説明が、今やっと付いた気がするの」
「説明が付いたって……オオカミに変身したんだぞ?」
アレンも幾分落ち着いてはきたが、何も分からないことに変わりはなかった。
「それを説明してくれそうな獣に、実は心当たりがあるの」
「え?」
*****
ロッテが電話をして呼び出した相手は、半時間ほどして部屋にやってきた。
「また会ったね、ロッテ」
青い目をした折れ耳のウサギは、金色のオオカミを見てすぐにそう言った。




