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アンゲリカ イスト ダー1/母来たる

Angelika ist da


アンゲリカが来た

10月も間もなく終わろうという日の午後だった。


この日非番だったアレンは、ロッテと一緒にリビングにいた。

外は気持ちよく晴れていて、今すぐにでも出掛けたい気分だった。

しかし、今日はそれができない。


「でもよかったね、水道屋さんが早く来てくれることになって」

家の水道が故障したのは、2日前のことだった。

湯が出なくなってしまったのである。


幸いにも暑い季節は過ぎていた。

アレンは職場でシャワーを浴び、ロッテは鍋で沸かした湯で体を拭く程度でどうにかなった。


しかし、本格的な冬はすぐそこまで来ている。

11月を前に何とかしないとと思っていたところ、水道屋が修理に来てくれることになったのであった。

そのため、今日は在宅でいないといけない。


ロッテはソファに座って雑誌を読んでいた。

アレンは床に座って、何とはなしにTVを見ていた。

何となく選んだチャンネルでは、メロドラマの再放送をしていた。


『あなたのような卑しいメスと、うちの子を結婚させるなんてとんでもない!!』

それぞれ裕福な家庭と貧しい家庭に生まれたオスとメスが、数々の苦難を乗り越えて結ばれる……。

ドラマは確か、そんな内容だったはずだ。


今放送されている回では、恋獣との抱擁を目撃された貧しいメスが、彼の母によってなじられるというシーンをやっていた。

それを自分たちと重ねたわけではなかったが、アレンには思うところがあった。

よいしょと立ち上がると、ロッテの背後に座る。


「あのさ」

「ん?」

「クリスマス休暇なんだけど、一緒にうちの実家に行かないか?」

「え?」


いきなりそんなことを言われ、ロッテは少し驚いたようだった。

少し首をひねって、後ろにいるアレンを見た。


「正式に何したってわけじゃないけど……一応、プロポーズしたし」

「婚約者って形で、家族に紹介したいと思う」


ロッテは、再び前を向く。

雑誌は、閉じて横に置いてある。


「ねえ、アレン」

「別に、無理しなくてもいいのよ?」


「何、無理って」

「つまり、えっと……」

ロッテは言いにくそうだ。

TVに視線を泳がせる。


「つまり、うちの両親が反対するかもってこと?」

「そういうわけじゃないけど……」


彼女がそう思うのは、きっと無理もない。

この獣の世界で、人間を嫁に受け入れる親がどれほどいるだろうか。

アレン自身、そこはよく分からなかった。


両親は、少なくとも人間を差別するようなことはしない。

父は歴史の研究をしているだけに、なおさらそうだろう。


しかし、だ。

それとこれとは微妙に違う。

差別はしなくても、俺がロッテを婚約者として紹介したら彼らはどのように反応するだろう。


「そうだな……もしかしたら反対されるかも」

ロッテの頭が、ややうつむき加減になる。

髪を短くしたので、うなじがよく見える。


「でも、それは関係ない」

彼女のうなじ辺りに手を触れながら、アレンは言った。


「確かに、家族に反対されると辛いけど……それとこれは別」

「俺だってもう子どもじゃないし、自分の結婚相手は自分で決めるよ」

「だから、心配しなくていい!」


そう言って、後ろからぎゅーっと抱き締めた。

ロッテは、安心したように笑った。


不意に、アレンのスマホが鳴る。

見てみると、思いがけない相手からの着信だった。


液晶には、『母』と表示されている。

一瞬、アレンは面食らう。


もしかして、うちで何かあったのだろうか。

そう思い、すぐに出た。


『もしもし、アレン?』

「母さん、どうかした?」


『何? 別にどうもしないわよ』

「何だよ、急に電話してくるからびっくりしたよ」


『何かないと、息子に電話もしちゃいけないのかしら?』

「そういうわけじゃないけど」


『今日ね、街で友達の個展があったのよ』

『それで、近くまで来たから寄っていこうかと思ったのよ』

「寄るって、どこに?」

『あんたの所に決まってるでしょう』

「はあ~~!?」


まずい。

いきなりまずいことになった。

いや、まずいってことはないんだけど……。

いや、やっぱまずいな。


ほんのしばらくの間に、アレンはいろいろと考えた。

ロッテを両親に紹介したいとは思ってるけど、ちゃんと順を踏んで実行したかった。


何の報告もなしに俺が人間と同棲していると知ったら、母は何と思うだろうか。

いやいや、俺はもう成獣なんだから……。


『ちょっと、聞いてるの?』

『別にうちにいなくてもいいわよ』

『持ってきたお土産、ドアの前に置いておくから』


何だと!?

そりゃそれでいいじゃないか!

こうなったら、少し気は咎めるが居留守を使うより他はない。

今ロッテのことを知られて、気まずくなるよりはマシだ。


「あ、あーうん」

「そう、今外出中」


え? という顔で、ロッテが見ている。

その純粋な視線が痛い。


「母さんは、今どこにいるの?」

「どれくらいでうちに着く?」


そんな話をしていたときだった。

ビーッと、玄関のチャイムが鳴った。

水道屋が来たらしい。


電話の向こうでも何やら音がした気がしたが、今はそんなことには構っていられない。

何とか水道屋をも懐柔し、完璧に居留守を決め込むのだ。


ロッテが立ち上がり、わたしが出るよ? と手ぶりで示す。

水道屋のスタッフは、前にもうちに来たことがある。

ロッテが出ても、驚きはしないだろう。

アレンは、頼むとジェスチャーで返した。


『どこって、あんたの部屋の前だけど……』

母が電話口でそう言うのと、ロッテがドアを開けた音が重なった。


ドアを開けた先にいた1匹のオオカミを見て、ロッテは驚いた。

そのすらっとしたメスのオオカミは、アレンにとてもよく似ていた。

目元は、彼よりも切れ長な感じだ。


ロッテが何も言えずに振り返ると、その先ではアレンがポカンとして立っていた。

「か、かか」

「母さん……」

アレンがそう言ったのを聞いて、ロッテはとても驚いた。


「アレン、どういうこと?」

母の声が、耳元と玄関でダブって聞こえる。


「どうもー、こんにちは!」

その後ろから、水道屋のスタッフが清々しい笑顔をのぞかせた。

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