ノイエ アルバイト1/アレンの処分
neue Arbeit
新しい仕事
とうとう、この日がやってきてしまった。
アレンは、朝から憂鬱な気分だった。
胃も痛い。
着替えをしながら、つい大きなため息を吐いてしまう。
しかしアレンは、自分の選択が間違っていたとは思っていない。
ロッテを救うために、悠長なことは言ってられなかったのだ。
正式な手順を踏んで事を進めていたら、アレンは永遠に彼女を失うことになってしまっていただろう。
アレンは自分に言い聞かせる。
そうだ、俺は間違ってはいなかった。
そこにどんな結果が待っていても、臆することなく構えていればいい。
そうは思ったが、やはりため息が出た。
今日は、ロッテの誘拐事件後初めてとなる出勤日だった。
そして同時に、彼に処分が言い渡される日でもあったのだ。
ロッテを探すためにチャドからもらったあの薬は、然るべき訓練を受けた獣しか使うことはできない。
それを無許可で使用した彼には、何らかの罰が言い渡されることだろう。
減給、停職……それともクビだろうか。
アレンの心中は穏やかではなかった。
*****
いつもより早く出勤したアレンの肩を、トンと叩くものがあった。
彼の肩に置かれた、長い鼻の先端。
アレンの所属する部の、部長だった。
「久しぶりだな、アレン」
「さあ、私のデスクに行こうか」
「は、はい」
顔の筋肉が引きつるのを感じながら、アレンは何とか返事をした。
見慣れたオフィスの一角に、部長の席はあった。
アレンの置かれている状況は、同僚たちにも何となく漏れ伝わっているらしい。
誰もが遠巻きにデスクを注視している。
「さて」
部長であるゾウのフランクは、肘掛椅子に深々と腰を下ろした。
「覚悟はできてるな、アレン?」
「はい」
最後には胸を張った。
「おまえの処分は、これだ」
フランクは、アレンに1枚の紙を差し出した。
彼はそれを受け取って、その場で目を通す。
処分を示すワードを、さっと目で探す。
しかしそこに載っていたことは、まったく予想もしていなかった内容だった。
「あの、これ」
「だから、それがおまえの処分だよ」
「辞令だ」
「明日から、特警部の所属になる」
「まあ、頑張れ」
「ドミニクのしごきはキツいぞ?」
フランクは再び鼻の先でアレンの肩を叩くと、朝礼のために席を後にした。
【特警部】は正式名称を特別警備部といい、アレンたちの勤める会社の花形部署である。
特別な現場での警備が主な業務であり、SPとしての要人警護もそこには含まれている。
特警部に所属する者には、高い身体能力、とっさの判断力などが求められる。
いつもはあんな調子のフローリアンやチャドも、この部署のメンバーなのであった。
その日は、デスクを片付けたり特警部への顔出しなどで1日が過ぎた。
フローリアンとチャドは現場に出ていたらしく、顔を合わせることはなかった。
「やあ、アレン」
「やっとうちに来たな!」
大きな体を揺らして豪快に笑うのは、特警部部長のドミニクだった。
彼はホッキョクグマで、グリズリーのベアンハルトよりもさらにいくらか大きい。
その大きさとは裏腹に、ドミニクは取っつきやすそうな雰囲気を醸し出していた。
しかしアレンは、それが逆に怖かった。
「コレのために、ずいぶん頑張ったそうじゃないか」
ドミニクは小指を立てて、ニヤリと笑った。
「あの、その説はありがとうございました」
彼のおかげで、アレンとロッテは廃墟から救出してもらえたのだ。
「いいってことよ!」
「これから存分に働いてくれりゃあ!!」
そう言うと、彼はまた大きな声で笑った。
*****
「クビにならなくてよかったじゃない!」
「わたしも安心した」
その日帰宅したアレンは、キッチンに立つロッテに処分の結果を報告した。
彼女は、アレンがプレゼントしたあのエプロンを締めている。
「聞くに、部長はずっと俺をほしがってたらしいんだよ」
「というと?」
「せっかく恵まれた体を持つ獣なのに、それを活かした部署に来ないでどうする! って感じだったみたいで」
「そこへきて、今回の一件だろ?」
「特殊薬物未経験の俺が何の後遺症もなしに回復したもんだから、彼が特警部に推薦したらしい……」
「それが勝手をした処分ってことでね」
「まあ、お咎めなしはありがたいんだけど……」
アレンは、どうにも煮え切らない。
「チャドやフローリアンとも同じ部署になったんでしょ? 楽しそうじゃない」
知り合いがいるのは、確かに助かる。
まずはそこからつながりを広げていけばいいので、関係を作る煩わしさからは幾分解放されるというものだ。
「フローリアンはいいけど、チャドはどうだろ」
アレンは立ち上がって、料理をするロッテの傍らに立った。
「でも、今回は彼に感謝でしょ?」
スープの味見をしながらロッテが言う。
「まあね」
もしチャドがあの薬をくれなかったら、きっとロッテを探し出せなかったとアレンは思う。
そう考えると、彼と友達でいるのも悪くはなさそうだ。
「味見してみる?」
小皿を手に、ロッテが尋ねた。
「それもいいけど……」
アレンは、背後からロッテを抱き締める。
「こっちをちょっとつまみ食いしたいかな」
そう言って、彼女のお尻を撫でる。
もう、とロッテは言ったが、怒ってはいない。
今はひとまずイチャイチャして、明日からの不安を忘れることにした。




