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ミットベヴォーナリン/可愛いあの子に会いたくて

Mitbewöhnerin


同居人

ある日勤の日、アレンは会社の社員食堂でランチを食べていた。

そこへ、ランチのトレーを手にした2匹の獣がやってくる。


「アル、おまえ、またカレーなの?」

1匹が呆れたように言う。


彼はユキヒョウのチャド。

寒い高地の出身なので全体的に毛がふわふわしており、着ぶくれて見えるのを気にしている。


「先週もそうだったね」

そう言いながら向かいに腰を下ろしたのは、アルパカのフローリアン。


イケパカ(イケメンアルパカ)の称号をほしいままにしている彼は、アレンとは高校の同級生でもあった。

共に、同期入社の友達であった。


「いちいちうるさいな」

面倒そうに答えて、アレンは食事を続ける。


「そういえば、アル」

フローリアンは昼食の野菜スティックをつまみ上げ、ポリッと音をさせてかじった。

「決まったの? ほら、ルームメイト」

「そうそう、大家のババアにせっつかれてたんじゃねえの?」

チャドはいいやつだが、物言いが粗雑である。


「あ……」

アレンは、しばしスプーンを止めて沈黙した。

前にここで会ったとき、そのことで愚痴をこぼしたような気がする。

ロッテが入居してからもう2か月になるが、彼らにそのことを話すのを忘れていた。


「ああ、あれ……うん」

「決まりました」

「ご心配をおかけしました」


人間、しかもメスとルームシェアしているなんて知られたら、どんな反応がくるのかはだいたい分かる。

彼は、人間と同居していることをからかわれたくないわけではない。


人間に対して未だにあからさまな差別をする輩もいるが、少なくとも彼らはそういうタイプではない。

むしろ知られたくないのは後者、ロッテがメスであるほうだった。


「何だ決まったのか、よかったな」

チャドは納得したようで、自分のランチを食べ始める。


彼のそういう単純なところは、非常に好ましく思える。

一方のフローリアンは、何やら考えこむ様子でテーブルに両肘をついて手を組んでいる。


「ルームメイトって、どんな種類なの?」

「……え?」


「アル」

「きみはよく、踏み込んでほしくない話のときは敬語になる」

「…」


「マジかよ、騙されるとこだったわ」

チャドははっとして顔を上げる。

別に騙そうというわけでもないし、それならそれで騙されておけばいいものを……とアレンは思う。


「そんなことない」

アレンはそれだけ言うと、再びカレーライスを頬張った。

こういうときは、何も言わないに限る。

フローリアンの()()()()嗅覚は、オオカミのそれよりも鋭いときがある。


*****


数日後のある夜。

その日のアレンは非番で、そろそろ夕食でも食べようかと考え始めていた。


ビーッ。

嫌な予感を伴ったチャイムの音だ。


「お邪魔しまーす!」

開けたドアの先では、チャドが暑苦しいほどの作り笑顔で立っていた。


手には、ワインボトルを持っている。

その後ろから、フローリアンもひょっこりと顔を出す。


「……何しに来たの」

「遊びに来た親友たちにそれはないだろう?」

フローリアンは、さっさと部屋に入ってきた。


彼らの魂胆は分かっている。

十中八九、ロッテに会うためだ。

幸い、彼女はまだ帰宅していない。


「相変わらず小ぎれいにしてんな、おい」

チャドは、どかどかと部屋に踏み入ろうとする。

「チャド、靴を脱ぐみたいだよ」

フローリアンが気付き、彼に教える。


それは、ロッテが来てから新しく決めたルールであった。

部屋では、靴を脱ぐことにする。

そのほうが掃除もしやすいでしょと言われ、アレンはなるほどと思って同意した。

ロッテは、清潔な室内で裸足で過ごすのが好きだった。


「カーッ、めんどくせえ!」

悪態を吐きながらも、チャドはごそごそと靴を脱ぐ。


「で?」

彼はそう言って、室内を見回した。


「で?じゃないよ」

「何だよ」

呆れたようにアレンは言う。


「何だよ、じゃねえよ」

「どこなの? 新しいルームメイト」

「チャド、正直すぎる」

フローリアンが横からたしなめた。


「アル、ぼくらはきみと食事をしたいと思って」

そう言ってテーブルに着くと、にっこりと笑った。

こういうときのフローリアンを見ていると、いっそ竹を割ったように単純なチャドがマシに見えてくるから不思議だ。


「そうそう、一緒に楽しくお夕食」

チャドは取って付けたように言うと、持参した赤ワインのボトルをどかっと置いた。

「そうか、分かったよ」

アレンはもう面倒になって、とりあえず何か作ろうと思った。


大きな鍋に湯をぐらぐらと沸かし、そこに2袋のペンネを放り込む。

茹で上がったらザルに上げて、瓶詰のソースをぶっかける。


「どうぞ」

「おいアル」

「何つう手抜き料理だよ」

大皿に盛られた大量のペンネを見て、チャドが眉をひそめて文句を言った。


「おまえ料理好きなんだから、もっとしっかりしたもん作れよ」

正直なところ、チャドはそれも期待していたらしい。


「文句は言うもんじゃないよ」

「ありがたくいただこう」

フローリアンがそう言ったときだった。


「ただいまー」

ドアの鍵を回す音がしたかと思うと、いつものようにロッテが帰ってきた。

今まさにテーブルに着いてペンネを食べようとしていた2匹が、やおら立ち上がる。


壁のフックに鍵をかけたロッテは振り返った先にいたチャドとフローリアンを見て、一瞬驚いたような顔をした。


「アレンのお友達?」

「うん、会社の……」

「そうなんだ、どうも」

すぐにいつもの調子になり、ロッテは軽く挨拶をすると部屋に消えていった。


アレンが2匹を見ると、共に口をぽかんと開けている。

まさか、人間が帰ってくるとは思わなかったらしい。


「アル、今のが?」

フローリアンが聞く。


「そう、うちの新しいルームメイト」

チャドに至っては、未だに驚きで声が出ないらしい。

心なしか、肩を震わせている。


「おい、アル……」

チャドが言いかけたとき、再びドアが開いてロッテが姿を現した。


彼女は、古びてだぶだぶになったTシャツを着ていた。

裾が長いので、ゴムでまとめてたくし上げている。

そのワンピースのようになったシャツから、白い素足が伸びている。

彼女がこういう格好をするときがあるのを、アレンは既に知っていた。


「お腹空いたー」

ロッテはそう言うと、まずは湯沸かし器をセットする。


マグカップに紅茶のティーバッグを入れ、大きな皿を食器棚から取り出した。

そこに、スライスしたライ麦パンを2枚乗せる。


次に冷蔵庫を開け、ハムとチーズ、バニラ風味のヨーグルトカップを。

それらを適当に皿に盛り付けたタイミングで、ちょうど湯が沸いたようだった。

湯を注いだマグカップを、皿と一緒に四角いトレーに載せる。


「じゃあ、ごゆっくり」

そう言って、自室に帰っていった。


「彼女、遠慮したのかな」

フローリアンは気にしているようだった。

「いや、今日は部屋でやることがあると思う」

アレンはそう言う。


「おい、アル」

再び、チャドが口を開いた。

そういえば、彼は何かを言いかけていたところだった。


「何?」

きっと面倒なコメントが返ってくるんだろうなと思うと、対応が少し邪険になってしまう。


「おまえ……あれ……あの子……」

「めっっっちゃカワイイじゃねえかよ!!」

「は?」


「てかちっこいじゃん、すっげーちっこいじゃん!」

チャドは声を潜めつつも興奮している。


「名前は!?」

「ロッテ……」


アレンは思い出した。

チャドは、抱き締めたときに自分に埋もれてしまうほどのサイズのメスが好みなのだ。


「ねえ、でも何で彼女はきみのシャツを着てるわけ?」

冷静なフローリアンが、すかさず突っ込む。

「あのサイズ……きみのでしょ?」

フローリアンの言葉に、チャドが震える。


「おまえ……まさか、もうそういう仲になってるとか…」

「何だよ、そういう仲って」


「メスがオスのシャツを借りるってのはよ」

「急なお泊りで着替えがなくて……じゃあ俺のを着なよ……的なアレだろうが!!」

いくつかの声色を使い分け、チャドは主張する。


「おまえはあのカワイ子ちゃんと、シャツを貸してやるまでの仲になってるってことかよ!」

「マジか、リア(じゅう)死ね!」

ふかふかした毛並みのユキヒョウは、ひとり憤慨している。


「そういうことなの?」

しれっとした顔つきで、フローリアンまで聞いてくる。

彼らの反応が想像していたよりもずっと面倒で、アレンは思わず手で顔を覆った。


「あれはさ、エプロン代わりに着てるんだよ」

ようやく落ち着きを取り戻して食卓に着いた一同は、アレンの手抜きペンネを食べ始めた。

作って少し時間が経ったので、ペンネ同士がくっ付いてしまっている。


「彼女、絵を描くのが好きなんだ」

「絵の具で服が汚れるから、ああいうのを着てんの」

「俺が着なくなったTシャツをくれって言われたから、あげたんだ」

「今も、部屋で描いてると思うよ」

「分かった!?」


「何だよ、そうかよ」

理由が分かったチャドは、安心したのかニマニマしている。


「アル、ちょっとしょっぱいよ」

フローリアンは、ペンネのソースに文句を付けている。


まったく、自由すぎるだろ……。

腹が立って、アレンは皿のペンネをかき込んだ。


食後に、チャドの持ってきたワインを開けた。

3匹でのんびりと飲んでいると、ふとチャドが口を開く。


「まー、びっくりした」

ロッテのことらしい。


「アル、きみってノーマルっぽいけどけっこうマニアックだね」

フローリアンも、謎の一言を放って笑っている。


「でもよ」

チャドは、グラスのワインを見て言った。

「人間って、あんな感じだっけか?」

「ん?」


「あのロッテって子、何ていうか……オレの思ってた人間と違うわ」

「いい意味でなんだけどな」

「チャド、何が言いたいわけ?」

フローリアンに聞かれ、チャドは話し出す。

「ガキの頃さ、【保健所】の見学って行ったことねえ?ほら、課外授業とかで」


保健所。

獣の慈善団体によって運営される、人間の保護施設。

人間は数こそ少ないが絶滅したわけではなく、今もあちこちで細々と生をつないでいる。


繁殖活動は行っても、生まれた子を満足に育てられずに捨てることも多い。

保健所では主にそういう捨て子を保護し、獣の社会でも最低限の生活をできるよう訓練を施す。


しかしその質は様々で、かつては強制収容所まがいの体を取っていた施設もあったらしい。

獣の子の多くは社会科の授業でこの保健所について習い、実際に見学に行ったりする。


「オレも行ったんだけど、何つうか……すげー陰気臭い印象しかねえんだよな」

「みんな鬱陶しいほどに暗い顔してたな」

「ダチらとさ、気持ちわりーよなって言い合ったのも覚えてる」

チャドはふっと息をつき、遠い目をした。


「ぼくも、そんな覚えがある」

フローリアンも同意する。

アレンにしても、同じようなものだった。


「でもロッテはさ、何かこう……キラキラッて感じでいいよな!」

「明るそうで」

「そうだね」

ワインを一口飲んで、フローリアンも言う。


「そうかな」

確かに、ロッテは明るくて自由奔放な感じがする。

アレンもそんな彼女は嫌いではない。


「おまえってやつは……あんないい子と一緒に住みやがって……本当に……」

「それなのに、何でもねえって顔しやがって……」

チャドはブツブツ言い続けている。


「アルはさ、昔っからメスに関してはボーッとしたとこあるからね」

高校時代のことを知るフローリアンが言う。


「けっこうモテてたんだよ、アルは」

フローリアンは、いたずらっぽい視線を送ってくる。


「何だよ、そんなことなかっただろ」

「そんなことあるさ」

「同じクラスのリリーとイザベラ、一学年下のベアーテもきみのことが好きだった」


「マジかよ、やっぱリア獣じゃねえか! 死ね、爆発しろ」

少し酔ってきたチャドは、訳の分からないことを言う。


そんなことは知らなかった。

そもそも、何でフローリアンはそこまで情報通なんだよ。


さらにしばらくワアワア言っていたチャドは、とうとうフローリアンに引かれて帰っていった。

さっきまでの騒々しさが嘘のように、部屋はしんと静まり返っている。


アレンはほっと息を吐き、食器の後片付けを始めた。

ワインの渋が付かないようにと水を張っておいたグラスを洗っていると、部屋からロッテが出てきた。

そのままバスルームに向かって、手を洗っているらしい。


「ごめん、うるさくなかった?」

アレンは、一応聞いてみる。


「そんなこと!」

「楽しそうでうらやましかったわ」

バスルームで水を流す音が止まり、ロッテが手を拭きながら出てきた。


「わたし、あんな風に集まってくれる友達いないから」

ロッテはそう言うと冷蔵庫を開け、ボトルに入った炭酸水を一口飲んだ。


そしてボトルを手にしたまま、テーブルに着く。

アレンも片付けを終えて、その向かいに腰を下ろした。


「前から聞きたかったんだけど」

「ん?」


ボトルから唇を離したロッテは、向かいに座るオオカミを真っすぐに見た。

絵の具だろうか、その頬には黒ずんだ汚れが付いている。


「きみって、俺のこと怖くないの?」

「何?急に」

ロッテは椅子に膝を曲げて座り、おかしそうに笑った。


「怖くないよ」

「怖がられるようなことだってしてないでしょ?」

「いや、まあ……そうなんだけど」


肉食獣は、概して怖がられる傾向にある。

ルームメイト探しもそれで難航し、ヤマアラシ大家のご機嫌を損ねていた。

そんなことを、アレンはロッテに話して聞かせた。


「そうなの」

「アレンは、どちらかといえば草食獣みたいに穏やかなのにね」


ロッテは、残り少なくなった水をボトルの中で回している。

そして、おもむろに口を開いた。


「わたしがあなたを怖くないのには、実は理由がある」

「言ってなかったけど、わたしの養父ってオオカミなの」

「え?」


「16のときに引き取られて、それから7年間一緒に暮らしたのよ」

「だから、オオカミなんて怖くないの」

そう言って、アレンに柔らかな笑顔を向けた。


「そう……」

彼はそれだけしか言えなかった。


それからは、どちらからともなく立ち上がって部屋に戻った。

アレンはベッドに横になり、ロッテの話を思い出していた。


獣が人間を引き取ることはそんなに多くはないが、さほど珍しいことでもない。

保健所でも、積極的に里親の募集をしている。

裕福な獣が、ある程度のことができるようになった人間の子を引き取って小間使いにすることもある。


召し使いとして働かされても、三度の食事といくらかの給料がもらえるならまだいい。

中には奴隷同然にこき使われ、死んだら森に捨てられる場合もある。

あるいは人間好きのイカレた獣に、飽きるまでなぶられるという道もある。

いずれにしても、獣の社会ではまっとうに扱われることのほうが少ないのだ。


ロッテには、不思議とそういう虐げられてきたような雰囲気は感じられない。

彼女が養父と言ったところをみると、ただ働かせるために引き取られたわけでもなさそうだった。


彼女がまとう独特のリズムも、ここに来るまでが悪い時間ではなかったことを物語っている気もする。

そして16歳になるまで、彼女はどんな人生を送ってきたのだろうか。


おいおい。

アレンはなぜか必死に彼女について解き明かそうとしている自分に気付き、少し呆れた。


人間のルームメイトというのは、確かに珍しくはある。

ただ、アレンにとってのロッテは、やはりただのルームメイトでしかないのだ。


興味はあっても、彼女が今までどこで何をしていたかなんて自分に知る必要があるだろうか。

干渉しすぎないのが、ルームシェアの鉄則だ。

一緒に暮らしていても、ただ、そうあるだけなのだから。


そんなことを考えているうちに、アレンはいつの間にか眠ってしまっていた。

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