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シュラークザーネ/夜更けのチョコレートケーキ

Schlagsahne


生クリーム

どういう経緯だったか忘れたが、再びフローリアンとチャドがアパートに遊びに来ることになった。


当日の夕方、2匹がそれぞれ手土産を持参してやってきた。

今回は、2匹とも玄関で靴を脱ぐことを忘れない。


「久しぶりー、ロッテ」

ロッテがお気に入りのチャドは、相変わらず馴れ馴れしく彼女の手を取っている。

長袖のカットソーにジーンズというシンプルな装いを、手を撫でながら褒めたたえた。

彼女のパートナーを目の前にしてこいつは一体どういうつもりなのだろうと、アレンは呆れた。


元々2匹に対して警戒心のなかったロッテは、今回は一緒に夕食を取ることになった。

これまた、チャドの強い要望でもあったのだが。


にぎやかな食事が始まった。

フローリアンが持参したデリ、アレンたちの用意した簡単な料理などがテーブルにひしめく。


チャドはもっぱらアルコール係で、今回はビールを持ってきた。

ロッテと一緒に取る食事も穏やかで楽しかったが、こういうにぎやかなのもたまにはいいと思う。


*****


「おーい、アル」

「ロッテが寝ちゃってるよ」


アレンがトイレから戻ると、キッチンのテーブルにロッテが突っ伏していた。

楽しい雰囲気の中で飲みすぎてしまったらしい。


赤い顔をして、何やらむにゃむにゃと楽しそうであった。

以前泥酔して脱衣したことがあるので、早めにベッドに連れていくのがいいかもしれない。


「んん……ケーキ……」

抱き起そうとすると、ロッテは呟いた。

ケーキとは、彼女がデザートにと焼いたチョコレートケーキのことである。


「ケーキは明日にしたら」

「ちゃんと残しておくから」

アレンがそう言うと、ロッテはにんまりと笑った。


「悪い、そのドア開けて」

バスルーム向かいの部屋。

そのドアを、チャドが開ける。


ロッテをベッドに下ろしていると、チャドが部屋をきょろきょろと見回している。

「なあ、ここおまえの部屋じゃねえの?」

「そうだよ」

「そうだよって…ここに寝かせとくのか?」

「最近はいつも一緒に寝てるからここでいいよ」


アレンはさらっとそう言うと、静かに部屋のドアを閉めた。

チャドはあっけに取られている。


食卓の料理もあらかた片付き、3匹の酔いもほどよく回ってきた。

「チョコレートケーキ、食べる? ロッテが焼いたんだけど」

「食う食う」

チャドは聞かれるまでもなくといった様子だ。


「ぼくもほしいな」

「飲んだ後って、甘いものがほしくなるよね」

ビールの残りを飲み干しながら、フローリアンも賛成した。


てらてらとしたチョココーティングをまとった、濃厚なチョコレートケーキ。

飲み物には、エスプレッソを用意した。

3匹はそれぞれにケーキの皿を持ち、リラックスできるソファへと移った。


窓辺からアレン、フローリアン、チャドと並んでケーキをつつく。

「ん、意外とビターなんだね」

一口食べたフローリアンが感想を述べる。


「ああ、忘れてた」

アルは冷蔵庫を開け、スプレー式の生クリームを持ってくる。

それをケーキの皿に絞り出す。

少しビターなチョコレートケーキは、甘い生クリームとよく合った。


ソファの前のテーブルに、生クリームのスプレー缶が置いてある。

その前でケーキを食べる、3匹のオスたち。

ロッテが寝てしまったことで、話は自然とある方向へと移行していく。


「なあ、この生クリーム缶ってエロくねえ?」

テーブルのスプレー缶を見つめ、唐突にチャドが言う。


「何で?」

ケーキを頬張りながら、アレンが聞く。


「チャドの言うこと、何となく分かるなあ」

珍しく、フローリアンも同調する。


「オレが中坊のとき初めて見たエロ動画で、おっぱいのでっけーネエちゃんがこのクリーム胸に絞りたくってたんだよな」

「今思うとネエちゃんってか、けっこうババアだったんだけど……」


「何かそれが、ガキのオレには衝撃的でよ」

「それ以来、うちで家族がクリームのスプレー缶使うと妙にモヤモヤしたもんだよ」

チャドは酔った赤い顔をして、ケーキをフォークで突き刺した。


「あるよね、そういうプレイ」

「フローリアン、やったことあんの?」

すかさず、チャドが聞く。


「まあね、そりゃ」

「ただ、相手が長毛種だとすごいんだよ」

「特に冬毛が生え変わる時期なんかにやっちゃうと、舐めたらもう口の中毛だらけ」

ぶははっと、チャドが噴き出した。


「生クリームのスプレー缶はオスのロマンだよね」

「そうそう」

チャドとフローリアンが生クリーム話に花を咲かせている間、アレンは黙ってケーキを食べていた。


「アルはどう?」

いきなり、フローリアンに話を振られる。

彼も、いつも以上に酔っているらしい。


「どうって?」

「生クリーム絞り出したことある? ロッテに」


「フローリアン」

「怒られるやつだぞー、それは」

チャドは茶化してそう言ったが、アレンは怒ったりはしなかった。


「ないけど……そうか……そういう使い方もあるのか、これ」

真面目な顔で、アレンはテーブルのスプレー缶を手にする。


「でも、ロッテなら毛だらけの心配はなさそうだな……」

納得したように、缶をテーブルに戻した。


「え?ロッテって毛ないの?」

チャドが驚いたように言う。


「ないよ、つるつる……」

手に付いたクリームを舐めながら、アレンは答える。


「へー、じゃあ頭の毛しかないのか」

全身毛皮で覆われているチャドには、思いもよらない事実だったらしい。

実はそうでもないのだが、アレンはそれをチャドに言う気はなかった。


「獣の中にも、毛のない種類はいるよね」

「ほら、ネコのスフィンクスってやつとか」

「あんな感じなの?」

フローリアンも興味があるらしい。


「んー、ああいうのとはちょっと違って」

「獣の毛なしは、ざらざらしてるだろ?」

「肌はもっと弾力があって、つるんとしてる感じかな」


「胸なんかも、こう丸くて張りがあって……」

アレンは、自分の胸の前で形を作ってみた。

「毛がないぶん、その触感もダイレクトで……」


2匹は、口を開けてぽかんとしていた。

「何? どうかした?」

そんな2匹を見て、アレンは不思議そうな顔をする。


「いや……」

「アルがそんな話をするとは思ってなくて」

フローリアンは高校時代から彼を知っているだけに、余計に驚いているようだった。


チャドの驚きポイントは別にあった。

「ん? キスだけの関係じゃなかったのか?」

「何で体のことまで知ってんだよ」


「あー」

「ボディタッチが解禁になったんだよ、最近」

先ほどと同じように、アレンはさらりと言ってのけた。


「本当!?」

「よかったねえ」

フローリアンは喜んでいる。


「いやいや、逆だろ」

チャドが反論する。


「キスでお預けも辛いのに、体触って何もなしはもっとダメだろ!」

「どうなんだよ、アル」

チャドに聞かれて、アレンは考えた。


「そうでもないけどなあ」

「そうなの?」


「うん」

「けっこう満足してるよ」

「少なくとも欲求不満ではない」


「聖職者かおまえは……」

チャドは信じられないという顔つきだった。


「でもさ、アルって何か変わったね」

ケーキの最後の一口を頬張り、フローリアンが言った。


「前よりずっと、取っ付きやすくなったというか」

「そうかな」

「うん、そう思う」


「何ていうのかな……決して暗いタイプって感じではなかったんだけど……」

「どこかで他を寄せ付けないような、自分と関わってほしくないっていうような感じがあったと思う」

フローリアンはそう分析した。


高校からの友達の読みは、あながち間違ってはいなかった。

アレンには、心当たりもあった。


「そうだな……」

彼はソファにあぐらをかいて座り、頬杖を付いた。


「……まだ話したことなかったけど、子どものころ、人間に怪我をさせたことがあった」

フローリアンとチャドは驚いたが、なおもおとなしく聞いている。


「思えば、あれは子ども同士で起こったただの事故だったし、相手の怪我も大したことなかったんだけど」

「そこでさ、相手に言われたんだよ」

「おまえは生き物の肉を食う汚いやつだって」


「それ、いつの時代の話だよ」

同じ肉食獣であるチャドは、さすがに気分が悪かったようだ。


「オレたちは今も肉食うけど、それは培養された作り物の肉だろ」

「他の生き物を取って食うなんざ、もうはるか昔の話だぜ」


「うん、俺もそう思う」

「だけど……あのときはそれが堪えた」

「同じ獣である草食獣からじゃなく、人間からそう言われたのもあったかもしれない」


「それからずっと、自分って生き物に疑問を感じてたんだよな」

「確かに狩りをして肉を食うことはなくなったけど、簡単に他の生き物を傷つけることは今でもできる」

「それが、怖かった」


アレンは窓の外を見た。

ガラスに映る大きなオオカミが、こちらを見ている。


「肉食獣だってことに自分が凹んでるのに、周りから避けられることもあるだろ?」

「何か、ずっとモヤモヤしてたんだよな……俺って何だろうみたいな」

「そんなとき、ロッテに出会った」


「彼女は、俺を怖がらなかったよ」

「俺が片手でもひねり殺せるような、小さくて華奢な人間なのに」

「俺は俺のままでいいんだって、あの事件以来初めて思えた気がする」


「そうなんだね」

フローリアンは小さくため息を吐いた。


「でも、救われたのは彼女も同じだったんじゃない?」

フローリアンは、酔ってもなお鋭かった。


「獣であるきみに受け入れられたことは、人間の彼女にとっても救いだったと思うよ」

「きみたち、似た者同士ってわけだね」

「そう思わない? チャド?」

返事はない。


見れば、チャドは座ったまま居眠りをしていた。

「けっこういい話してるのに……」

フローリアンはあくびをひとつして、呆れたように言った。

アレンも、だんだんと瞼が重くなってきた。


*****


目を開けると、朝だった。

昨日どうやって部屋にまで来たか忘れたが、アレンは自室のベッドの上に倒れ込んだまま眠ってしまったらしい。


目の前には、うつ伏せで眠るロッテの顔がある。

横になったまま、その寝顔を眺める。


瞼がかすかに動いたかと思うと、ロッテの目がゆっくりと開かれた。

しばらくぼんやりとした視線を漂わせていたが、アレンと目が合うと柔らかく笑う。


「おはよう」

「おはよう」

互いに横になったまま、朝の挨拶を交わす。


「昨日はあれからも飲んでたの?」

ベッドから体を起こしてロッテが言う。


「ケーキは食べた?」

「うん」

「生クリーム付きで?」

「うん」

アレンは喉の渇きを覚えていたが、生クリームの話が出て昨日のことを思い出した。


まだ横になったままだったアレンは、体を起こしたロッテの腕を引き寄せた。

ベッドに仰向けになった彼女に、覆いかぶさるようにする。

ロッテのカットソーの裾から手を入れて、背中に手を回してブラジャーのホックを外した。


「どうしたの? まだ酔ってる?」

「酔ってない」


そのままブラジャーを上にずらして、現れた2つの柔らかな膨らみに手を置いた。

やっぱり、体毛がないほうが柔らかくて気持ちがいい。

彼は改めてそう感じ、手は彼女の胸に置いたままで首筋にキスをした。


「ん……」

ロッテは、少し身をよじる。


「スプレー式の生クリーム」

「え?」

アレンの言葉に、ロッテは不思議そうな顔をした。


「生クリーム、ここに絞っても…」

そう言ったとき、床のきしむ音が聞こえた。


はっとして振り返ると、開きっぱなしのドアの先にチャドがいた。

寝ぼけた顔で、ズボンの中に手を入れている。


「朝からお盛んなようで!」

少し隈のできた顔でニカッと笑って親指を立て、彼はバスルームに消えていった。


アレンはロッテの上になって、彼女の乳房を鷲掴みにしていた。

ふさふさのしっぽは、ご機嫌な様子で揺れている。


チャドの消えたバスルームを見ていたアレンとロッテは、今度は顔を見合わせた。

彼は、昨日2匹が泊っていったことをすっかり忘れていたのであった。

キャーーーーッというロッテの悲鳴に、リビングのソファで寝ていたフローリアンがびくっと震えた。


その朝、アルはロッテにきつく叱られたらしい。

何があったか、ぼくは教えてもらえなかったんだけどね。

(フローリアン談)

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