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ツォー1/いなくなったロッテ

Zoo

 

ツォー:動物園


夜勤明け、アレンはついついソファで寝てしまう。

ロッテ帰ってきてドアを開けるとき、実はもう目が覚めている。

それでも知らんぷりをして、ソファで寝たふりを続けるのだ。


ロッテはソファに近寄って、彼の近くに腰を下ろす。

その手でゆっくりとアレンの毛を撫で、彼の体に頭を乗せたりする。

そこで急に体を起こして、驚く彼女を抱き締める。


夜勤明けの食事と同じく、それはアレンにとっての楽しい時間だった。


*****


その夜勤明けの朝、アレンは珍しく帰宅途中にスーパーに寄っていた。

前日の仕事があまり立て込んでおらず、体力的に余裕があったのだった。

冷蔵庫のミルクが残り少なくなっていたのを思い出し、買って帰るとロッテに連絡をした。


ミルクとフルーツなどを放り込んだかごを持って、彼はレジに並んでいた。

通勤途中の獣が立ち寄るので、この時間はいつも混んでいる。

待っている間、アレンは何気なく棚を見た。


レジ前の棚には、雑誌を中心にいくつかの本が置いてある。

その中のゴシップ誌の表紙に、アレンは気になる見出しを見つけた。


『戦慄!本当にあった人間専門の奉仕クラブ!!』

ナンセンスなタイトルだった。

おそらくそこには、人間が獣に性的な奉仕をする風俗店のことが書かれているのだろう。


アレンは普段、この手の雑誌には目を通したりはしない。

興味もなかった。

ただこのときはどうしてか、そのタイトルに強く引き付けられてしまった。

精算の前に、雑誌をかごの中に入れた。


*****


アパートに帰っていつものように食事を済ませると、アレンはソファに寝転んで雑誌を読んだ。

不思議と、眠気はない。

予想通り、記事はそういった風俗店について書かれていた。


そういうサービスを売りにする店は、違法ながら今でも存在している。

人間の権利が今以上にないがしろにされていた時代には、公然とあちこちに存在していたという。

そこでサービスに就くのは、主に人間のメス。

あるいは、まだ少女のような雰囲気を持つ男の子もいたという。

このような仕事をすることでしか、彼らは生きていく糧を得られなかったのである。


ロッテを大切に思うアレンにとって、記事の内容は反吐が出るようなものだった。

自分はきっと疲れている。

判断力が鈍って、こんな低俗な雑誌を買ってしまったのだ。

馬鹿らしくなったが、記事の最後の部分を読んだときにはっとした。


『…なおこのような店の中には、ごくごく限られた獣しか入れない、高級娼館も存在した』

『全盛期にはそういう場所がいくつもあったが、最も力を持っていたのは【ツォー】という娼館であった』

『そこでは少女たちに番号が割り振られ、獣たちは他とは違う接待を彼女たちから受けることとなる…』


記事はそこで終わっていた。

アレンはなぜだか、この数文が頭から離れない。

彼は、あの晩のことを思い出していた。


酔ったロッテがジーンズを脱いだとき、彼女ももの付け根に見えた番号。

それ以外にロッテと記事を結びつける根拠は何もなかったが、なぜか気になって仕方がなかった。

夜勤明けの頭は次第に回転が鈍くなり、悶々と考えているうちにアレンは眠りに就いてしまった。


*****


いつもと同じようにロッテは仕事終え、いつもの地下鉄に乗って帰宅した。

アレンが夜勤明けでうちにいるのを、ロッテは知っていた。

また、ソファで寝ているのだろうか。


いつもベッドで寝たらと言うのに、彼は面倒がってソファで寝てしまう。

ソファとベッドなんて、目と鼻の先なのに。

しかし、帰ってきて彼とじゃれ合うのも、ロッテには楽しい時間だった。


ドアを開けると、案の定アレンはソファで寝ていた。

ロッテはかばんを部屋に置いて手を洗うと、ソファに向かう。


彼女の大切な獣は、静かな寝息を立てて眠っている。

今日は寝たふりというわけではなさそうだった。


アレンを起こさないように、ロッテはソファの端に腰かけた。

仰向けで、首を少し横に向けている。

その寝顔を目を細めて見ていたロッテは、彼の傍に雑誌が置いてあるのを見つける。

よく見かける、有名ゴシップ誌だった。

ロッテは少し驚いた。


「アレンもこんなの読むんだ…」

ぺらぺらとページを繰っていると、突然ヌードが現れる。

ロッテはドキッとして、反射的に雑誌を閉じた。


何だか変な気持ちでいると、雑誌の中に折られたページがあるのに気付く。

それは、アレンが目印に折ったものだった。

なぜだか気になって、ロッテはそのページを開いた。


*****


ふと気配を感じ、アレンは目を覚ました。

部屋はもう暗い。

部屋の隅の間接照明が、傍にいるロッテを映し出している。


「ロッテ…帰ってたんだ」

「ごめん、またソファで寝て…」

そう言いかけたとき、彼女が例の雑誌を手にしていることに気付く。

そして彼女が目を通しているのが、あのページだということも。


「どうしてこんなもの読んでいるの?」

ロッテは静かに言ったが、それは抑揚のない声だった。

人間を、もっと言えば人間のメスを見下したような記事をロッテが見たことで、アレンは胸が痛くなる。


「いや、それは何ていうか…」

何となく気まずくて取り繕うようなことを言ったが、ロッテの耳には入っていないようだった。

「ロッテ、ごめん」

「もう捨てるよ」

そう言って、彼はロッテから雑誌を取ろうとした。

しかし彼女はそのままさっと身を引いたので、アレンの手は空を切る。


「これ、全部読んだの?」

声が震えている。

ロッテはショックを受けているらしい。

「これ…この…」

言葉にならない。

その様子に、アレンは思い切って聞いてみた。


「ロッテ」

「もしかして、俺と寝られないのはそういう理由で?」

我ながら、何であんなことを聞いてしまったのか今では分からない。


「きみはひょっとして、【ツォー】という場所にいたのか?」

アレンがツォーと口にしたとき、ロッテは跳ぶようにソファから立ち上がった。

呼吸が乱れていく。

息の吸い方を忘れてしまったかのように、ときどき喉を詰まらせる。


「見たの?わたしの体…」

ロッテはアレンを見据えたまま、少しずつ後ずさりをしている。


「体を見たってわけじゃない」

「前にきみが酔ったとき、俺の前でジーンズを脱いだんだ」

「そのときに、足の付け根の番号が見えた」

「1021…」


「止めて!!」

ロッテが大声で叫んだ。

「わたしのこと、その番号で呼ばないで!!」

彼女がこんなに取り乱すのを、アレンは見たことがなかった。

どうやら自分は、何かとんでもないことをしでかしているらしい。


「ロッテ…」

何と言えばいいのか分からなかったが、彼はロッテに手を伸ばした。

いたずらに、彼女の過去についてほじくり返すつもりはなかった。

彼はただ、ロッテに言いたかったのである。


ロッテは、足をもつれさせながらアレンから離れようとした。

まるで、自分を食おうとする獣から逃れようとでもするように。

背中をテーブルにぶつけ、手にした雑誌が床に落ちる。


「ロッテ、待って!」

何とかつかまえようとしたアレンだったが、彼女はその腕をすり抜けて部屋に逃げ込んでしまった。

アレンは呆然としたが、彼女の部屋に話しかけた。


「ロッテ」

「ロッテ、悪かったよ」

「怒らせるつもりはなかったんだ」

「俺はただ…」


「きみにどんな過去があっても、受け入れたいと思ってる」

「理解したいと思うんだよ」

「頼むよ、話をしないか」

「ここから出てきて…」


アレンはドアの前でそう言ったが、彼女は何も言わなかった。

ドア1枚を隔てた向こうで、ロッテは床に座っていた。

彼女は、アレンが自分の過去を知ったらしいことに恐怖した。


受け入れる?

理解する?

そんなことは、できっこない。

できないのよ、アレン。


ロッテは、心が引き裂かれるような痛みを感じる。

体中の傷が熱を持って、じんじんと疼く。

できるなら、泣き叫んでしまいたかった。

しかし、彼女にはそれができない。

疼く背中を抱えて、床にうずくまるしかなかった。


*****


次の日アレンが目を覚ますと、彼女の部屋はもぬけの殻だった。

急いで荷物を詰めたのか、ロッテの部屋はまるで荒らされたようになっていた。

絵を描く道具も残されたままだった。

スマホも、書き物机に置いてある。


アレンはひとつ深呼吸をして気を落ち着けると、キッチンに向かう。

そのテーブルの上には、この部屋の鍵が置いてある。

床には、昨日のゴシップ誌がそのままになっていた。

靴はなかった。


ロッテは、出て行ってしまった。

アレンの背筋を、一筋の汗が流れる。


緊迫した空気を破ったのは、スマホのバイブレーションだった。

ロッテの机の上で、小刻みに揺れている。

慌てて取り上げると、液晶にはベアンハルトの写真が映し出されている。

アレンはすぐに出た。


『もしもし?ロッテかい?』

ベアンハルトの心配そうな声が聞こえる。

「ベアンハルトさん、俺です」

「アレンです」

『アレンくん…』


「すみません…あの…ロッテはそちらにいますか?」

『アレンくん、きみも彼女を探しているのかい?』

ベアンハルトの言葉に、アレンはびくっとした。

『きみたち、昨日何かあったの?』

「え?」


『ロッテがね、昨日の晩、ひどく取り乱して電話をしてきたんだ』

『前のうちに帰るから、場所を教えてほしいって』

ベアンハルトの声を聞きながら、喉がカラカラになっていくのをアレンは感じていた。

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