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ツア ファミリエ2/やっぱりきみが好き

10歳になるというころだったろうか。

夏の始まりだったと思う。

村に一軒しかない小さなホテルに、人間の親子がやってきた。

彼らは宿泊客ではなく、ホテルの使用人として働きにきたのであった。


母親が仕事をしている間、その息子は外で遊ぶようになった。

名前も忘れてしまったが、年が近かったこともあり、アレンたちもそのうちに男の子と遊ぶようになった。


人間についての知識は成獣に聞いたり学校で勉強したりしていたが、その子を差別するようなことはなかった。

アレンはただ純粋に、友達のひとりとしてその子と交流を続けていた。


村の悪ガキたちの中には、人間をよく思っていないやつらもいた。

彼らは折に触れて人間の子をからかい、よく怒らせていた。


人間の子は母親から言われているのか、表立って反撃をすることはなかった。

獣の社会で生きていくには、獣に嫌われたらおしまいだからだ。

しかし、男の子にはきっと鬱憤が溜まっていたのだと思う。


ある日、事件は起こった。

人間の男の子は、ついに反撃に出たのだ。

どこで手に入れたのかナイフを持って、自分をいじめる獣の子らに襲いかかったのだ。


偶然、アレンたち3匹もその場に居合わせた。

男の子をいじめていたインパラの子は、馬乗りになられてもがいていた。

角で小突かれても物ともせず、男の子はナイフを突きつけてインパラを脅していた。

危ないと思ったアレンは、とっさに男の子を突き飛ばした。


「おまえも、ぼくをいじめるのか!?」

裏切られたと思った男の子は、アレンを睨みつけた。


当時のアレンは、仲間の中では体も背丈も大きかった。

それでも、凶器を持って襲いかかってくる人間の子どもは怖かった。


彼がナイフを振りかぶったとき、彼は無我夢中でそれを防ごうとした。

防衛反応で爪が現れ、それが男の子の腕を裂く。

傷は深くはなかったが、男の子は喚いてナイフから手を離した。


騒ぎを聞きつけて、成獣たちが駆け付ける。

男の子は腕にタオルを巻かれて、母親の元に連れていかれた。


地面に残った血痕を見て、アレンは呆然としていた。

爪にも、男の子を引っ掻いたときの血が付いている。

立っているのも辛くなってしゃがみ込む。

ララがその傍に寄り、アレンの大きな背中をさすってくれた。

しばらくして、エディーに呼ばれたアレンの母親が血相を変えて駆けてくる…。


この後のことは、アレン自身はあいまいにしか覚えていなかった。

母親に連れられて帰った彼は、戸口のところでその日食べたものを全部吐き出してしまったらしい。

それから高い熱を出して、2日寝込んだ。


彼が寝込んでいた間にも、事態は進んでいた。

人間の子の怪我は大したことはなかったが、アレンの母は見舞金を手に頭を下げに行ったらしい。

怪我をした子の母親は、それを受け取らなかったという。

彼女は怒っていたわけではない。

ただ、獣との間に問題を起こしたくないだけだったのだ。


その場に居合わせたエディーやララたちも、成獣から事情を聞かれた。

元は悪ガキたちが人間の子をからかっていたことを、2匹は正直に話した。

それで人間の子が怒って乱暴になり、それを止めようとしたアレンにも襲いかかったと話してくれた。

人間の子を傷つけようとしたわけではないと、かばってくれたらしい。


結果的に、人間の親子は村から追い出されることになった。

雇われていたホテルは、もちろん首になった。

ようやく起きられるようになったアレンの元へホテルのオーナーが顔を出し、悪かったと謝罪した。

彼は、何も答えなかった。


彼らが出て行く日、アレンは人間の子に会って話をしようと思った。

事情はさておき、怪我をさせてしまったことを謝りたかった。


ホテルの裏口から2人が出てくるのを認め、彼は声をかけた。

母親は何の感情もない目でアレンを見ていた。

子どもの目は、憎しみで燃えていた。


『やっぱりおまえは、きたないけものだ!』

『いきものの肉をくう、らんぼうなやつだ!』


彼は、そう罵った。

それきり、後は何も言わなかった。

村を出た彼らがその後どうなったのかは、誰にも分からなかった。


この日を境に、アレンの中で何かが変わってしまった。

自分が自分でいてはいけないような、そんな気持ちに苦しめられた。

肉食獣らしく成長していく自分を嫌悪し、本能は極限まで内に押し込めた。

そうやって、大きくなってしまった。


*****


アレンが人間に好意を抱いていることにエディーとララは驚いたが、今や彼自身も改めて驚いていた。


俺は、自分が誰かを容易に傷つけることのできる獣であることを恐れていたはずだった。

しかしそんな気持ちは、ロッテと暮らし始めてから少し変わった気がする。


彼女と一緒にいても、自分がどう思われているかを気にすることはなくなった。

相手が自分を恐れてはいないか、そんなことに気を回す必要はなくなった。

彼女は肉食獣の俺を、あるがままに受け入れてくれていた。

自分を恐れることはない。

そう言われているようでもあった。


2匹の所から帰ってきて夕食を取った後、アレンは書斎の父を訪ねた。

父親のエーリッヒは、歴史学者であった。

研究内容に関する本を出版したり、大学で客員教授も務めている。

歴史を研究する上で欠くことのできないことは、人間の存在であった。

人間に関する著書も、彼は何冊か書いていた。


「やあ、アル」

「珍しいね、おまえがわたしの部屋を訪ねてくるのは」

父は肘掛のついた椅子にゆったりと座り、好みのクラシックに耳を傾けていた。


「うん」

アレンはそう答えると、書斎の本棚に目を走らせた。

人間という言葉の入ったタイトルは、一所に集めてある。


「…まだ、昔のことを引きずっているかい?」

アレンがそういう本に注目しているのに気付き、エーリッヒは言った。

彼が言うのは、例の人間の子どもとのことだろう。

「いや、そういうわけじゃない…」

「なかなか忘れることはできないけど」

そう言って、彼は一冊を取り出した。


【人と獣】

本はそういうタイトルだった。


「ここらへんじゃ、もう何年も前から人間の姿はぱったりと見なくなったよ」

「やっぱり、街では多いかい?」

「どうかな…」

父の問いに、アレンはあいまいに答えた。

今一緒に住んでいるとは、さすがに父親にも言えなかった。

まして、その彼女に恋をしているだなんて。


彼が父親を訪ねたのは、そういう本を一度読んでみようと思ったからであった。

本棚から引き出した本を、彼は快く貸してくれると言った。

時間を見つけて、ゆっくり読み込んでいこうと思った。

人間という生き物を、自分はもっと知る必要があるように思われた。


外ではまた雪が降り出している。

明日はクリスマスだ。

ロッテは、街でどうしているだろうか。

彼女のことが、たまらなく恋しかった。


*****


年が明けて2日目。

アレンは、その日の一番最初の列車に乗って街に帰った。

仕事始めまではまだ余裕があったが、早くロッテに会いたかった。

見送りに来てくれたエディーはそんな友の心境を分かっているようで、いつになくニヤニヤしていたのだった。


いつもは寝たり音楽を聞いたりしてあっという間に感じる距離だったが、今回はもどかしくて仕方がない。

乗り換えの列車に乗るときも、アレンは駆け足でホームに向かった。

街の風景が近付くにつれ、鼓動が早くなった。


年が明けて初めて足を踏み入れた街は、帰省の前とまったく同じ顔をしていた。

最寄り駅まで地下鉄に乗り、歩き慣れた通りをアパートに急ぐ。

たった数日間だけ留守にしていた、201号室。

ドアの前で深呼吸をし、鍵を回した。


室内は静まり返っていた。

ロッテは出かけているのだろうか。

靴を脱ぎながら、やや落胆している自分に気付く。


部屋に荷物を置きにいこうとしたとき、ソファで横になっているロッテが目に入った。

途中で寝てしまったのだろうか、読みかけで伏せた本がその傍らにある。

暖房の効いた暖かい壁際で、彼女は静かに寝息を立てていた。


アレンはロッテを起こさないように気を付けながら、ソファの近くの床に腰を下ろした。

彼女の寝顔を見たのは初めてだった。

大きなオオカミがすぐ傍にいても、彼女は全く無防備だった。

誰かに邪魔されるなんてまるで考えていない様子で、気持ちよさそうに眠っている。


アレンは、そんな彼女のすぐ近くに頭を置いてみた。

ロッテの顔が、すぐ傍にある。

今すぐキスができそうなくらい、近く。


ロッテが急に目を開けたので、アレンの心臓は飛び上がった。

「あれ…帰ってきたの?」

「わたし、寝ちゃってたのね」

目をこすって、ロッテは言った。

その声も、アレンには久しぶりで嬉しかった。


アレンは手を洗って、コーヒーを淹れる。

お互いの話に花を咲かせながら、持ち帰ったクッキーを食べた。

クッキーは母親が焼いて土産に持たせてくれたもので、ロッテはとても気に入ったようだった。

今や、ロッテと共有する時間のすべてが愛おしく感じられた。


エディーとララには自分の気持ちがまだよく分からないと言ったが、今は違う。

俺は、間違いなくロッテのことが好きだ。

アレンは、今度こそ胸を張って言えると思った。


アレンが街に戻って数日後。

子どもが生まれたとエディーから連絡があった。


「まあ見てやってくれよ、この天使たちを」

幼なじみはそう言うと、スマホに子どもと写った画像を送ってきた。

3匹の赤ん坊を抱えて、彼らはこの上なく幸せそうだった。

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