滑稽な夢の終わりに彼女の笑顔を見た
寒くない冬ですが、なんと言うか
メリークリスマスとでも言っておくか!
1
クリスマスの日
「クリスマスってリア充の日だよね?」
WELT・SO・HEILENの甲板で正明は大砲に腰掛けて近くにいた京子にそう言った。が、彼女はサンタ帽にデッカイ袋を抱きかかえてエンジョイする気満々だ。
「リア充ってんなら私達もそうだと思うよ? 男女混合、飾りつけまでしてさ」
「いや、飾っているのはお前だけだよ? ここの使用人達もクリスマスなんてイベントを知っているのは一部の連中だし、それに嫉みや変な反抗心でこんな事は言わないよ」
船はいつも通りで、使用人達もいつも通りだ。今は正明と京子しかいない。
「なら、何?」
「いや、何となくさ街を歩いているとすっげぇ邪魔なんだよね、カップルの進路妨害。連中って横に並んで歩くでしょ? それに歩くのも遅いんだよね、女の子って単騎だと歩くの速い奴が大半だと思うのに男の前では鈍足にならない?」
「背が低いから私は遅いよ?」
「走れば馬より速いクセに」
正明は何げなく街を歩いていた時の事を思い出していたのだ。
と言うか、カップルの群れに押しつぶされ弾き飛ばされ道を塞がれと言う目に遭って来たのだ。嫉妬ではなく、正明は純粋に頭に来ていたのだ。
「正明は押し遅いもんね。華音ちゃんと並んで歩くと彼女に歩幅合わせてもらわないとじゃん」
「僕もう生きていけない・・・・・・身投げする」
「いいじゃん、合わせてくれるんだから! 華音ちゃんがそんな小さい事を陰で愚痴る様な人じゃないでしょ!?」
「でも、男としてのプライドが・・・・・・あるし」
「スカートはいたり、男から告白されたり、誘惑して騙す奴のセリフじゃないよね」
「仕方ないだろ! 成長が止まっているんだから、育っていたら背も伸びてちゃんとした男になるんだぞ!」
正明はそう言いながら小さな体をジタバタと動かす。まるでかんしゃくを起こした猫だが、京子は何も言わなかった。
今の正明は至近距離でみて、少しの間一緒に居ても男だなんて解らないだろう。声も、顔も、肌もスベスベで女の事しか言えない。
「そうだ、試しに宗次郎か八雲と出掛ければ? リア充気分って」
「前回のBLネタを引きずらないでよ! 僕は女の子が好きなんだよ、男は無理」
「華音ちゃん誘えば?」
「彼女はオーダーのクリスマスイベントで歌うんだって・・・・・・アイドルじゃないけど、扱いは変わってないね。盗聴するけど」
「それはヤバい、語弊があるよ? 正確には彼女の歌を聴く魔具を使うから、歌限定だから」
「声も聴けるよ?」
「終わったね、ドスケベ」
「はぁあああああ!? 僕がそんな下衆な事するか! 宗次郎じゃあるまいし!」
正明が怒ったタイミングで霧が現れ、中から志雄と加々美に宗次郎が帰って来た。
「街ではハーレム気分だったぜ! 両手に花、最強クラスのリア充だったぜ!」
「死んでください、宗次郎」
「うえー、もう絶対に一緒に出かけない」
「ごめん! マジな顔で言わないで!」
そんなやり取りを聴いていて、正明は大砲から降りると甲板に寝転がった。が、直ぐに身体を持ち上げられた。
彼を持ち上げたのは八雲だった。
「ごめん正明、少し付き合って」
「え? だから前回のネタは引きずんないでって言ってるのに」
「違うよ! 買い物、宗次郎達に頼み忘れてた物を買いに行くから」
「何?」
「シャンパン」
「使用人が揃えているんじゃないの?」
「無いってさ、買に行きますって言ってたけど出かけたい気分だから。正明もおいでよ」
「嫌だ、僕は人ごみで酷い目に遭って来たばかりなんだよ? それに、京子の言ったとおりになるじゃないか」
「いいから、なんか驕ってあげる」
「テコでも動かないぞ」
「はい、ゲート」
「くそ! 魔法の脅威が!」
抵抗もむなしく、正明は霧の中へと八雲と共に飲み込まれて行った。
それを見ていた京子は小さく笑うと袋の中から取り出した小箱を渡し始めた。中身はロクな物じゃなかったが。
*
「助けてー! 集団リア充に襲われてまーす!」
「諦めてよ、ほら行こう」
街の中に来た正明は人でごった返した光景を見て苦い顔をしていた。
彼は猫耳フードを被って不機嫌な顔を隠している。
「こんなに沢山の人間がいるのに」
「じゃぁ僕の肩に乗る?」
「わーい、お兄ちゃん大好きー。じゃねーわい!」
ノリツッコミをするが、その時に人にぶつかり正明は簡単に体制を崩した。
「いたっ」
「あ、すみません」
通行人はそれだけ言うと去っていく、正明は転ぶ前に八雲の腕をつかんで事なきを得た。が、それでも自分の体格の貧弱さへのコンプレックスが大きくなっていく。
「大丈夫?」
「さっきは1人で何回もすっ転んでるから大丈夫」
「そ、そう?」
正明はふくれっ面で八雲の後ろを進んで行く。
そこには店の看板、中には人ごみの中から厳選されたようにカップルだらけだった。そうだろうが、どうしてこうも連中は場所を埋める能力に長けているのかと正明は考えてしまう。
左目が訳も無く光を放つが、固有能力を一般人にぶちこむのは必要な時にしかやらないと決めている正明は息を大きく吐くと気持ちを落ち着ける。
八雲は迷う事無くシャンパンのボトルを数本カートにぶち込むと、レジに通す。
その時だった。
「今日は男女ペアでのお客様には割引を行っております」
「え? そ、そうなんですね」
八雲がレジのお姉さんにそう答えると正明の方を見る。正明はフードを取ると、満面の笑みで。
「ラッキーだね!」
と、高めの声で言った。傍から聴けば可愛らしいが、八雲からはやけくそになっているようにしか見えなかった。
シャンパンを買うと、店を出た正明は更にふくれっ面になっていた。
「ま、正明?」
「なに?」
「今日、無理矢理連れ出したのはね? 彼女に頼まれたからなんだ」
「え?」
正明が顔を上げると、そこには華音が立っていた。
「正明、大丈夫?」
心配そうな顔で彼女は正明の顔を覗き込む。
「か、華音!? なんで、イベントは?」
「まだ始まらないよ。夜からだから」
「でも準備とか、やる事が・・・・・・大丈夫なの?」
「それなんだけど、手伝ってもらおうかなって」
正明は首を傾げた。
「だって、正明は何処かに遊びに行くより一緒に何か作ったりするのが好きでしょ?」
「そ、そうだけど僕はそんな楽器なんて弾けないよ?」
「楽器は問題ないの、魔法で演出して欲しいなって、知り合った頃にも同じような事してくれたよね?」
正明はその言葉に笑うと、華音の手を取ると転移魔法で学校に飛んだ。八雲も彼の後を追う。
学園のイベント会場に付くと、正明は誰もいない会場を見渡す。懐かしい、一年前に華音がアイドルとしての最期を飾った舞台。
装飾などはクリスマス使用になっており、イベントへ向けた準備自体は終わっているのだろう。
「正明、僕は戻っているよ。そのイベント、みんなで盗撮させてもらうから頑張って盛り上げてね」
「うん! みんなによろしくね、八雲君!」
「犯罪チックに聞こえるからやめてよ。ちゃんと配信されるから」
正明の言葉にクスリと笑った八雲は霧の中に消えて行った。
華音は大きく息を吸うとステージを見渡す。
「ここってさ、思い出の場所なの、正明にとってはどうだかわからないけどここは私が独りじゃないって思えた場所。始まる前に正明が勇気付けてくれて、みんなが私を守ってくれて、私が精神汚染を乗り越えた場所」
「そうだね。僕も、忘れてないよ・・・・・・よし! じゃ、やろうか!」
正明は腰にホルスターを召喚する。
小瓶を空中にばら撒くと、術式を展開する。
華音もマイクを召喚すると、魔法でステージの術式を発動させる。
「最初は?」
「RED・BARON!!」
正明は炎を魔法陣から放ってそれをステージに遊ばせる。曲が始めると魔法陣が曲と同調して次々と魔法を形成していく。
華音の歌に反応して炎も色や形を変える。
正明は小瓶の力をフルで開放するとまるでDJの様に魔法陣を指先で回したりして音を形成する。
彼女が楽しそうに歌う背中を眺めながら、正明はふと笑みをこぼした。何をイライラしてたんだろうか、傍観者でしかない立場でいたから些細な事に腹を立てていたのだろう。
楽しむだけじゃいられないのだ、正明も華音も。
なら、楽しませる側にも回ればいい。街をブラブラして過ごすのも否定しないし、家で静かに過ごす事も悪くない。でも、人には人の性分がある。
それぞれの方法で楽しめばいいんだ。
「はぁ、単純だな・・・・・・僕って」
小さな声で呟くと、正明は曲のラストに花火となる魔法を空に撃ちだした。
暗くなり始めた空に紅と蒼の花火が綺麗に咲き誇った。
「うわぁ・・・・・・綺麗」
「ははは! 大成功! 上手く組み立て終わったよ」
「ねぇ、こんな過ごし方がお似合いだよね。私達」
花火に照らされて華音は正明に子供の様な笑顔を見せた。いつも正明が見せるような、誘惑の為の笑顔ではなく、心からの笑顔。
もしかしたら、これだけで十分なのかもしれない。
人の側に居たいのは、こんな簡単な理由なのかもしれないと正明は感じる。
「そうだね、僕達にはこれがお似合いだよ。はははっ、で? イベントは何時から?」
「まだだよ。もう少し付き合ってくれる?」
「声枯れない? 大丈夫?」
「ウォーミングアップにもならないよ! 次は、ARIADNE」
華音はマイクを構え直す、曲の始まりと一緒に正明も魔法陣を操作し始める。
2人の時間は後、もう少し続く。
イベントの後に蕎麦食べに行ったクリスマス感も何もない二人です。