イタズラ
実話が元ネタってね。
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茹だる様な熱気が街を包んで、いや、覆いかぶさっていた。
空は雲一つないカンカン照り、それなのに先日降った雨の所為で湿度がアホの様に跳ね上がったのだ。それは例え人間の身体を止めた者にとっても不快感と、熱射病と言う夏場最大の悪魔との戦いを余儀なくされる。
街を歩くこの少女にもそれは同じ事だった。
低めの身長、大きな丸眼鏡に銀色の短い三つ編み、眠そうな目に頭には長い兎の耳が付いたフードを被っている。
だが、服装自体はかなりラフだ。うさ耳パーカーは腹部から開けるタイプで、彼女の白いお腹が見えている所を見ると上にはそれしか羽織っていないか、ギリギリのところで下着を付けているか。下は七分丈のズボンを履いている。変な格好だ。
眼鏡やヘアースタイルは地味なのに髪の色は銀色、顔つきは可愛らしいのに目つきが眠そうで、上半身は刺激的なのに下半身はズボンですっぽりと隠している。
総合的には目立つ格好をしている。その証拠に彼女とすれ違う人々はそろって彼女を振り向いて二度見している。
日本人離れした相貌と、その服装の所為だろう。
「なんで、裸で歩くと、捕まるの? 脱ぎたい」
独り言を呟きながらトボトボと、巷では魔医学の兎と言うセンスの無い二つ名で呼ばれている連続殺人犯のアイリスはコンビニへと足を進めていた。
休日のこの日に彼女の住まいであるギルドでは仲間達がそれぞれの休みを過ごしていたが、突然彼女の部屋に仲間の一人である正明がやって来たのだ。
死神の飼い猫と呼ばれる正明は、ベッドの上で下着姿でのんびりしていた彼女に頼みごとをして来たのだ。それが、街でアイスを買って来いという事だった。勿論そんな事を承諾するアイリスではない、近くに置いてあった本で正明の頭を引っ叩くと「出てけ」とだけ言ったが、それで引き下がる正明でも無かった。
持って来た情報が、アイリスが知らないアイスの限定販売が今日までだという事を正明が提示してから、彼は何も言わずに帰ろうとしたのだ。
甘いものと新作のお菓子の魔力に魅入られたアイリスはその情報に飛びつき、そのついでに彼の欲しいアイスの買い出しにも使われたという事だ。
「あの、猫・・・・・・相変わらず、交渉と、いうか。何と言うか、人の弱みに、付け込むのが上手い」
既に何件かのコンビニを練り歩いた彼女だが、目的は達成できていなかった。
流石は限定商品だからそう易々とは手に入らないだろうが、「なめろう」味のアイスなんてものが売り切れになるなんてどれだけ世の中は退屈なのだろうか?
汗まみれ、と言うよりは最早油まみれと言った感じのアイリスは辿り着いたコンビニへと入る。中は冷房が効いていて極楽だ。ここで働く店員の方が良い気分しているのではないか?
死んだ目でアイリスはアイスが入っているボックスを覗くと、そこには目的の「なめろう」味のアイスが残っていた。
「あった。これで、私の勝利」
光の速さでボックスからそのアイスをかすめ取ると、もう一つ、正明が望んでいたアイスを探す。彼は容器に入っていて二つ一組の吸い出すタイプのアイスが欲しいと言っていたが、無い。
彼女は口の中で「クソが」と呟くと少し考える。
あのボケに従ったのは自分に徳があるからだ。それなのに、向こうの要求を通すために自分の目的をおじゃんにしてもいいのだろうか?
そんなわけない。
適当にカップ型の物を取り出すと、レジで会計を済ませてコンビニを出て人気のない場所に行くと霧を発生させてその中に入る。
霧を抜けるとそこは月明かりの輝く港に停泊する黒い船の甲板だった。そこには黒の子猫がコロコロと寝転がっていた。
アイリスは子猫を摘まみ上げると目の前にコンビニの袋を見せた。子猫は嬉しそうにみゃーと鳴くと、一人の人間へと姿を変えた。
アイリスと殆ど同じ身長に細身の体形、パッチリと開いた瞳は左目だけがサファイアの様に蒼く輝き、色白の肌に前髪は一房だけ蒼のメッシュが入っている。その見た目は人懐っこい猫の様で可愛らしい女の子だ。それなのにコイツの性別は男だ。
アイリスはこの男が風呂に入っている所を覗いた事があるから「物的証拠」を目撃している。正直彼女はこの目で確認するまでコイツが男とは信じられなかった。声までも男の物じゃないからだ。
「ありがとう。そっちは? 目的は達成した?」
「達成」
正明は袋からアイスを取り出すと、一瞬だけ首を傾げるが、直ぐに笑顔で嬉しそうに蓋を開けて魔法で浮かして手を使わずに食べている。アイスも魔法の念動力で救って口に運んでいる。
器用な男だ。
普通ならここまで器用な念動力を魔法で捻出する魔法使いは極端に少ない。
アイリスも例のなめろうを取り出して食べるが。
「うぇ・・・・・・今回は、ハズレ」
「それは残念だったね。僕はバニラだから安定だよね」
「くっ、クソ暑い中探し回ったのが、ゴミになったよ」
「交換してあげるよ。僕のは文字通り、口付けてないからね」
「ん? どういう事?」
「はい、交換」
正明はなめろうを受け取ると、それを口に放り込んだ。アイリスは顔をしかめたなめろうを正明は涼しい顔で食べてしまった。
「よく、食べれたね」
「猫だからね、でも、確かに美味しくはないね」
正明はケラケラと笑いながらそう言う。なんだか、正体不明の罪悪感がアイリスを襲った。
何だか、欲しいものを買ってこなかったのに文句1つ言わない所か自分のハズレアイスを代わりに食べてくれたのだ。
先ほど自分の欲望のために彼の欲しいものをないがしろにした事がチクチクとアイリスの胸に突き刺さる。
「あ、そうだ。暑かったでしょ? お風呂入る?」
「え?」
「汗だくだからさ、メイド長に着替えも用意してもらうから。メイド長」
「此処に、正明様」
「アイリスをお風呂に入れてあげて、後着替えも」
「かしこまりました。では、アイリス様はこちらに」
メイド長はアイリスを連れて第一船の浴室に通される。
浴槽に身体を沈めると、身体の中にたまった気怠さがお湯の中に溶けだして行くような感覚に何だか気が抜けてしまうアイリスだが、あることを思い出した。
伊達正明は油断ならない奴なのだ。
もしかしたら風呂場に何かを仕掛けてる可能性も否定できない。アイリスは湯船の中や壁を慎重に調べる。魔装を外した状態では凡人程の魔法しか使えない彼女は必死に己の感だけを便りに探すが、何もない。
のぼせる前に風呂から上がったアイリスはメイド長が準備してくれた服に着替えると、正明の部屋。とは言ってもその手前にある表向きの部屋にあるソファに深く腰掛ける。
「あっ、どうだった?」
「気持ちいい。でも、不穏」
「ん?」
「なにか、企んでる?」
「え? 何で?」
「優しい」
「心外だね。僕はいつも優しいよ」
そう言うと正明はソファの前に置かれたテーブルから昼食用のハンバーガーを取ると小さな口で食べ始めた。その姿は餌にがっつく猫の様だ。
それを見ているとアイリスはお腹がなってしまう。入浴のせいだろうか、空腹感よりも先に体が反応してしまった。
顔を赤くしてお腹を抑える彼女に、正明はもう一つのハンバーガーを差し出す。
もうここまで来れば罠では無いだろう。この食えない猫はたまに変な事をするが、基本的には良い奴だ。
アイリスは受け取ったハンバーガーを食べ終えると、まどろんでソファで眠ってしまった。お腹が満たされたからだろう。
「こんな無防備なアイリス久しぶりですね」
「可愛い! 写真撮っておこう!」
「加々美ちゃん、起きちゃうよ」
「志雄がリスペクトしたんだからね? 僕は無罪、魔法も薬も使ってないし」
何やら騒がしい声でアイリスは目を開けた。そこには志雄、加々美、京子が集まっていた。
「あっ、起きちゃいました」
「んぅー?」
まだ寝ぼけているアイリスは伸びをすると、自分の格好が変わっている事に気が付いた。
モコモコでピンク色のウサギをイメージした服に、自分の周りには可愛いぬいぐるみが置いてあって何やらメルヘンチックな感じにソファが、装飾されていた。
「・・・・・・え?」
「可愛いよ、アイリス! ヲタサーの姫みたい!」
「あ?」
加々美にそう言われ、アイリスはドスの効いた声を出してしまうが、彼女が見せてきた写真でアイリスは凍りついた。
そこには気の抜けた寝顔で隣のぬいぐるみに抱きつくぬいぐるみのような格好をした自分が写っていた。こんなパジャマで寝る女何て本当にヲタサーの姫か何かだ。
「ま、正明・・・・・・騙した」
「僕じゃないよ! 勝手に加々美とかが!」
「ウサギさんパジャマは私の手作り!」
京子がそう言うと、ぬいぐるみは志雄、周りの装飾などは加々美のものだろう。正明はアイリスをこの場に寝かしつけるのが目的だったのだ。
「う、うぅ~。ぶち、殺してやる」
アイリスの顔を見て、正明は目を伏せるとみんなに謝った。
「ごめん、アイリスの指輪。取り上げてなかった」
「「「あっ」」」
左手の中指にはめた指輪から大鎌をアイリスが召喚する。
「ヤベェ! in coming!!」
正明が叫ぶとアイリスはウサギの様にジャンプすると、みんなに襲いかかった。
部屋は荒れ放題となり、仲間達は夏の気温と関係なしに汗だくになるまで追いかけ回される事になった。
このあと全員捕まった。