HALO 降下
鳥になって来い
安全を考慮してならな!
1
平和的に犯罪者をぶち殺した日の夜明けに、伊達正明は美しい朝日をビルの屋上から眺めていた。夜は胸焼けしそうな欲望の空気に淀む街だが、朝はとても清々しい空気が滑り込んで来たようだ。
清んだ少し冷たい風を浴びながら正明はビルのアンテナから降りようとすると、誰かが屋上に入ってきた。
正明は慌てて姿を魔法で透明にしてその場に伏せる。
どうやら入ってきたのは女性でかなり酔っ払っている様だ。とはいえ、上機嫌な訳ではない、ぶつぶつと何かを毒づいてふらふらと屋上のフェンスへと歩んでいく。
正明は無言でその女性を見ていたが、彼女はおもむろに靴を脱ぐとフェンスを切り裂いた。どうやら才がある魔法使いなのだろう、基礎的とは言え攻撃魔法を放つのがその証拠だ。
すると、女性は大声で何かを叫んだ。
呂律が回ってないから具体的に言葉を紡いだかはわからないが、ポジティブな事ではない。
そして、彼女は一辺の躊躇いもなくそこから飛び降りた。
正明は術式を組み立て、彼女の体を魔法で受け止めると屋上に無理やり引き戻した。
屋上に戻って硬いタイルに尻餅をついた女性はメイクも髪型も酷く乱れてまるで亡霊のような顔になっていた。正明は仮面の後ろで小さく「ひぇ」と呟く。
「なんのつもりよ! わたしなんれ、とーなっれもいいろよ!」
「落ち着いて、早まって光らない流れ星になることは無いでしょ」
正明は女性の顔を水流の魔法で洗ってメイクを全て落として、髪も解かす。すると、女性は結構美しい顔をした人だった。正直、この素っぴんが醜いと言う男はイカれた豚だろう。
だが、酔っているのは確実でその目は正気のそれではない。
顔は綺麗だが、表情は汚いと言った感じだ。
「うわっ! あ、あんたなによ! いきなり、かおをあられたって、わかんないわよ!」
「それは僕のセリフ、いきなりパラシュート無しのHALO降下なんて意味わかんないよ」
「しぬのろ! わらひなんか、しねばいいのよ! なによ、変な仮面てけて! しにがみみらいな、いやな仮面・・・・・・し、死神の、飼い猫?」
正明は少し嫌な予感がした。
女性の表情が少し嬉しそうな色を見せたのだ。この街では正明は少し有名だ。夜な夜な殺人を犯す人間を殺して回る殺人鬼、危険な怪物を束ねる子猫。恐怖と最弱の象徴の蒼い月を背に笑う闇の魔王。
噂に尾ひれがついてもはや都市伝説まである始末だ。
女性は正明の手を掴むとそれを自分の首にあてがって満面の笑みを浮かべた。
「あんた、そうでしょ? ころひて、わたし、ころして」
「貴女が今日、人を殺したならね」
「殺した! 殺したわ!」
「嘘だね。わかるよ? 貴女から酒と香水、タバコの匂い。人の体液や血液は服についてない。タバコ臭いのに貴女の肺は黒く無い。酒を飲んでいたのにタバコの匂いは一種。それも今夜についたもの、香水も体につけてない。香水の匂いがする所からやって来ましたって感じ」
「え?」
女性は少し頭に思考が回ったのだろう。
多分自分の今夜の動きを読まれているのだから。
「胃の状態から夜通し飲んでたね。それに、吐いてるでしょ? 口から酒に混じってマウスウォッシュの匂いが結構強い。そして、右手首にアザがある。男の人だね、かなり強めに捕まれている。抵抗も出来てないね、爪の間にも細胞片はないから引っ掻いたりはしてない」
「な、なんて魔法?」
「見えるんだよ。僕には貴女の身体やその他の情報がね。魔力量からして人を殺傷出来る魔法はフェンスを斬った魔法位しか使ってないし、少なくとも今日は人を殺してない」
正明はそう言うと、彼女の右手首を回復魔法で治療する。そして、彼女に精神操作の魔法をかるくかけて落ち着かせる。
屋上にあるベンチに腰掛けさせると、正明も隣に座る。そして空間に手を突っ込むとそこからペットボトルに入った水を取り出す。
「はい、コーヒーとかより今は水。アルコールかなり濃く回ってる、二日酔い確定だね。仕事は休んだら?」
「え、うん。なんか、奇妙ね。死のうとしたら、殺人鬼に助けられて今は水までもらってる。不思議ね、貴女を怖いって思わないの」
「僕は殺人鬼だけど、人を殺してなければ手は出さないよ。で? 何かあったんじゃない?」
「わかるかしら? 恋人にね、捨てられたの」
女性は自嘲気味にそう呟くと、話始める。
「最近まで仲良しだったんだけどね。もう、飽きたんだって・・・・・・結婚式の準備とかでお金を出しあっててけど、キャンセル料がどうとかって私の所にはあまりお金却って来なかったの」
「それって」
「そう、すっかり騙されてたってわけ。今日の夜に会いに行って、話してたけどお酒がなくちゃ私が話せないからそれで大喧嘩と言うよりは口論ね。そしたらね、新しい女がもういてね、飽きた邪魔だから消えろって」
そう言うと、彼女は泣き出してしまった。正明は彼女が落ち着くまで背中を擦っていた。なんか、可哀想な女だ。
正明はお人好しな性格をしているが、これも心のバランスを保つために必要な事なのかもしれない。
女性は泣き止むと、深呼吸をして正明に短く例を言う。
「ありがとう、なんか私。どうかしてたみたいね」
「本当にね。もう、死のうとしたらダメだよ? 君が命を捨てようとしていたけど、本来ならその男が死ぬべきなんだから」
「ははっ、そうね。もう、お仕舞い」
そう言うと女性はデバイスを取り出すとその男のであろう通信魔法術式を削除した。
彼女はスッキリした表情で正明に笑いかけると、デバイスにイタズラっぽく「ざまーみろ」と言っていた。
「ありがとう、死神の飼い猫さん。変ね、もう死にたくなんかない」
「また、死にたくなったら僕を探しなよ。探している内は、死にたくなくなるからさ」
「ふふっ、そうするわ」
そう言うと、女性は立ち上がり屋上を去っていく。
「帰ってお風呂入って寝よ! そして、少し遊びに行こう! またね!」
「そんなに明るいなら死のうとしないでよ! じゃあね」
女性を見送ると正明はデバイスから犯罪者のリストを開く。その中に結婚詐欺師の名前が浮かんでいた。
そいつは何人か女性の財産を奪って自殺に追い込んでいる。中には病死した女性もいた。
証拠は無いが、この男の周りで確実に人が死んでいる。
その名前は女性のデバイスにあったものと同じ。
「赤の他人とは言え、自ら死のうとするのは悲しいね。死ぬんならもっと」
正明はその男の名前を消すと左目を輝かせて呟く。
「屑が、良い」
このあと、仮面のままコンビニ入って警察呼ばれた