5.
今日は待ちに待った私の専属メイドとの初対面の日です。緊張からか昨日はよく眠れず、朝食もあまり食べられませんでした。私は心を落ち着けて、話す内容を思い出します。準備はしっかりしたから大丈夫なはずです。
とうとう私の部屋のドアがノックされました。メイド長が専属メイドを連れて来たのでしょう。私は深呼吸をして声をかけます。
「どうぞ」
「失礼致します。アリエス様付きになるメイドをお連れしました。」
そう言ってメイド長と小さな女の子が入って来ました。小さいとは言っても私よりは背が高いのですが。
メイド長が部屋を去り、残った彼女が私を見つめて来ます。
「初めまして、リアと申します。これからお嬢様付きのメイドとして精一杯努めさせて頂きます。宜しくお願い致します。」
少し緊張しながらお辞儀をして、彼女はそう言いました。それに対して私は返事をしようとして、何を言えば良いか分からなくなってしまいました。準備をして、自己紹介も考えていたのに私はひとつ大事なことを忘れていました。
私は近い年齢の人との対話がとても苦手だったのです。
そもそも、近い年齢の人と上手く対話が出来るのであれば友達も作れたはずです。友達がいなかったという事は、すなわち近い年齢の人との対話が苦手だったという事。そして目の前のリアという名の、私付きのメイドになる彼女は私と歳が近い。したがって、導き出されるのは「私は彼女と上手く対話が出来ない」という事実。
これは想定外です。というより私の考えが甘かったのでしょう。上手く考えがまとまらない私は、取り敢えず何か言わなければと彼女に向き合い、
「私はアリエス・ロズベルトです。」
と分かりきっている事を言いました。
当然彼女は返す言葉が思いつかず困惑した様な表情を浮かべています。
「いえ、違うのです。いや言っている事は違わないのですけど。そうじゃなくて、えっと、私が言いたかったのはそんな事ではなくて、その、つまり、私と友達になって下さい!」
頭が真っ白になってしまった私は、まだ言うつもりのなかった事を口走ってしまいました。こんな突然友達になって欲しいなんて言ってもただ困らせてしまうだけでしょう。
私が自分の発言を否定するより早く、
「私はお嬢様と友達にはなれません。」
と彼女に言われてしまいました。覚悟はしていたけれど、もしかしたらと小さな希望を抱いてしまっていた様で私はショックを受けました。やはりそんな急に友達になって欲しいなんて言っても無理ですよね…
そう思っていた私ですが、続く彼女の言葉でショックも何処かへ消えました。
「私はメイドでお嬢様は主人です。立場が違う私達は友達にはなれないのです。」
彼女が私と友達になれない理由は、私の事が嫌だとかではなく立場が違うからだと言うのです。
しかし私はそうは思いません。立場なんて関係ないのです。確かに立場や思考等が異なれば友達になるのは難しいかもしれません。ですが、その様な違いを超えて仲良くなるのが友達だと思います。
「立場なんて関係ないでしょう。私が貴女と友達になりたいのです。それじゃあ駄目ですか?」
私が友達になりたいと言い続け、彼女が立場が違うから無理だと言い続ける、平行線な会話が数分間続きましたが、彼女が折れた事で終わりを迎えました。
「分かりました。主人に刃向かう訳にはいきませんから。」
刃向かうも何もつい先程まで私の意見を否定し続けていたでしょう、と思った私ですが、そんな事は今はどうでも良いでしょう。彼女が折れたという事は、つまり。
「では、改めて尋ねます。私と友達になって下さい。」
「承知致しました、お嬢様。」
私と彼女は友達になったという事です。話し方が全然友達っぽくないですが、それはこれから少しずつ変えていけば良いでしょう。
この日私に初めての友達が出来ました。
それは人によっては普通の事であったり、価値の低いものなのかもしれません。ですが、私にとってはとても価値のあるもので、一生忘れないと断言出来るほどに素敵な事でした。