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猫又のナマクラ ─『哀』─

作者: 三ツ目くりっく

単発、ぽいっ。



 ちりん。ちりん。

 鈴が鳴る。心地良い、風情ある音。


 始まりは、あまりに曖昧。何から始まったのかすら朧気で、凡そ魂らしきものを持って、自覚する意思を持った時には既に、戦場に出ていた。

 戦火の中、自らはやけにぎこちなく振るう持ち主を見上げて、ああ、重しになっているようだとどこか確信を得てしまっていた。

 

 どうしようか。

 そう、ぼんやりと。


 気付けば、主は赤に(まみ)れていた。

 その赤を、喰らおうとする眼に、激痛をもって藻掻き苦しんだ。じくじくと膿んでいくような痛みが目の奥から湧き上がり、それを掻き毟るようにして誤魔化し、膝をついた。

 そして、自らに手足が、顔が、眼がある事を知る。

 

 どういうわけだ。人の身のようだ。自らは人か。否、人の身はこんな、こんな──


 ああ。

 初めて得た感情は、悲哀だった。



 ちりん。ちりん。


 鈴が鳴る。尾の先に括られた二つの鈴。

 

 おもちゃの鈴を括られたモノは、おいで、おいでと招かれる。何となくそれに近づき、なーご、なーごと喉を震わせる。

 二つに分かれた尾っぽを揺らし、なーご、なーごと喉を鳴らす。

 うふふ、微小を零した女。

 (おぞ)ましい、醜く、冷たい女の眼にちりッ、逃げ出した。


 かわいいこ。



 無残に分かれた胴と胴。

 気儘に往く、どこか怒りに疎い猫又は、呪いの一部にツカわれた。

 ちりん。ちりん。───


 なぜ。…なぜだろう。なぜ。…そう言われても。なぜ。…うーん。なぜ。…えっと。


 怒りは。


 うーん。わかんない。


 猫又は、ただいつの間にかそう成っていただけの『猫又』であった。恨みだとか執着だとか、そんな大層なもので成った訳ではない。

 ただ、鈴の音を聴くべくして日々を歩き、少しのお零れのために小さな気紛れをおこす猫だ。妖としてより、猫として生きている。

 よく妖の先輩から、その気性の柔さが心配だと、割を食う事を良しとするなと怒られていた。


 でも、わかんない。


 わかんないから、わかんない。


 不気味なほど黒々とした両の眼をしている。空洞がずっと続いているような、透け感のない曖昧な色合いをしている。厄災だ何だと忌避されるその両の眼を持ちながら、蓋を開ければなんということか。


 なぜ。


 なぜ。


 問われ続けた猫の(むくろ)は、分かれた胴体を気に留めず前足を頭に寄せ、枕にするように首を寝かせる。やはり普通の猫ではない。


 なーん……。


 猫は、死んだ。

 

 ちり……、鈴が、鳴る。



 男は、裏稼業を生業とする日陰者であった。

 鬱々とした所行中心のはずが、当人はカラッとした楽天家でもって色々同業者に呆れられる男だった。

 娯楽好きて戦闘好き。

 それに何より、暗殺が好きな男だった。

 裏を掻けば格上でも死ぬ。その昂揚感に取り憑かれた男。

 

 変人め。


 やはり同業者は、呆れていた。


 男はある日、刀を買った。歪な刀。そう言われても仕方ない、捨て置かれたようなボロボロな刀だった。


 ただ、なぜか思った。

 これがナマクラである筈が無い、遣えば光るだろうと男は信じた。価値を分かれない店の者を憐れに思うくらい、その刀に拘った。

 静かな刀だ。まるで生きものを相手するように男はそう思った。なぜかそれが気に入らず、男は衝動的にそろを買っていった。

 

 静かで“在る”なと、男は思ったという。



 なるほど、と思った。

 なるほど、自分は死んだらしい。なるほど、そうかそうか。なるほどな。

 

 自分は中学生であったと思う。または高校生か、大学生やも。


真っ新とまではなく、限りなく薄くなった自我と記憶を掻き集めて浮き彫りになったのは、自分は悲壮感に好かれる“男”であったということと、いつの間にか人生を閉じたということ。

 いつの間にか死んでいた。これほどのパワーワードがあるだろうか。気がついたら死んだみたいよ、アハハ。こんなにもカラ笑い染みた響きは他にない。


 そう、自分は、こんな男だ。

 知らず知らずに『哀』の方向に進んでいく。何と無しに言ったものが場を白けさせ、なぜか人の涙を見ることが間々あった。

 何を言ったかは分からないが、お通夜にするのがナチュラルであったらしい。

 そのくせ、自分はさほど感情の浮き沈みがある訳でもないのだ。

 湿っぽい周りも好きではなかったし、勝手にやってろとすら思った。鬱陶しい五月蝿さが嫌いだった。

 けれど、独りの淋しさは嫌いではなかった。

 (うっす)らとした悲壮感。悲しげな(すず)けさ。


 好かれているな、と思う。

 好かれているからこう、成りえるんだと。

 だから死んだのかもしれない。『哀』は生より、死の方が好きそうだ。

 悪かないなと。


 悪かないと、さほど悲観していないのだ。


 ひとりぽっちで、死んだ訳じゃない。


 自分は、眠たげに首をもたげる耳の裏を掻いて、温度も感触もないそれを撫ぜた。水の膜でも触っているような、けれど冷たさも温かさもない。悲観しないその感じがどうにも好ましくて、自分は少しの切れを吐く。

 どうしようもない人間だと。人でなしでも仕方ないと。



 さらさらと崩れるわけでもなく、大層な苦しみを受けるでもなく、


 くすんだ黒に眼を染めたヒトは、その色を最期に残し、消えていった。

 ……りん、……ちりん。鈴が鳴る。



 始まりは、曖昧。


 気づけば赤に塗れていた。


 

 刀は、赤を片目に喰らった。




 「お前は、そうだな。気分屋で天邪鬼であるんだな、そうだろう?ネコ」







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