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黒竜の生き残りが観た世界  作者: 琶音(ハオン)
7/9

黒竜、初めてを体験する2

投稿が遅くなってすみません。


気付けば長くなってましたが、お楽しみいただければ幸いです。

ザクロは食堂にあるテーブルにシエルと向かい合わせになるように座っていた。

ジェードはシエルの後ろに控えており、部屋の隅には使用人が立っている。

座りながら頭をキョロキョロして、部屋を見渡した。


やはり、この城の部屋はどこも無駄に広いようだ。

そして、やたらと豪華である。


しかし、なぜかこの広い場所で席に座っているのはザクロとシエルのみで、使用人を除けば誰もいなかった。


「使用人は食べないのか?」

「ここは上流階級のみの食堂です。

使用人や兵士は別の場所で食べます」

「私はここにいていいのか?」


身分の高い者のみがこの豪華な食堂で食べていいのなら、ザクロがいていい場所ではないはずだ。


「今回だけ特別です」


ジェードはそう言いながら、テーブルの上に料理を並べていった。


茶色く丸っこいもの。

器に入った湯気の出ている液体。

平べったく切られ、香りのする焼かれた肉。

緑や赤色のした色とりどりの草。

手前には銀色の細長い物が3種類、置かれている。


これらの物はザクロにとって、どれも初めて見る物だった。


「(そういえば黒竜王様が話していた)」


---他種族、特に人間は食事を楽しむ為に肉や果実などを“料理”して色々と工夫をしているそうだ。


「(これが“料理”をしたものか…)」


ザクロが食べ物を眺めていると、いつの間にかシエルは食べ始めていた。

銀色の細長い物を器用に使い、液体や肉を器用に食べている。

ザクロは食べることをせず、しばらくシエルの食事を見ていると、その視線に気づいたシエルはザクロに話しかけた。


「食べないのか?料理が冷めるぞ」

そう言われてもザクロにとっては未知なる食べ物であるうえに道具の使い方も分からない。

とりあえず、シエルのを見よう見まねで真似てみる。


先が三つに割れている銀色の道具と刃がついている銀色の道具を手に取り、肉を切ってみる。

三つに割れている方で肉を抑え、刃のついた方で切る。

しかし、道具の使い方に慣れていないせいか、どこかぎこちなくうえにシエルのようにスラスラと切る事ができない。


「もしかして、ナイフやフォークを使うのは初めてか?」


ザクロを見ていたシエルは思わず口にした。

だが、ザクロの道具の使い方を見ていれば誰から見ても、あきらかに不慣れであった。


ザクロはシエルの言葉に頷く。

ザクロにとっては道具どころか“料理”すらも初めて見る。


「道具を使って食べることはない。それに“料理”された食べ物は初めて見た」

「初めて?

なら、今まで何を食べていたんだ?」

「基本的にはあまり食事はしない。魔力は眠れば回復するしな。

たまに何かを食する時は果実を食べたり、魔物の肉を軽く炙ったりした」

黒竜であるザクロには基本的には“食事”は必要のないものである。

だから、彼女にとって“食事”は不思議でしかなかった。だからこそ、初めての“料理”に興味が湧いた。

シエルを真似て肉を切って食べようとしたが、上手く切れない。

仕方がないので、切ることをやめて、三つに割れている道具を肉に突き刺した。


「!?」


それを見ていたシエルやジェードを含む使用人は驚く。

驚いている人たちを気にせず、突き刺したまま肉を持ち上げて食べようとした。


「ちょっとお待ちなさいっ!」


肉を食べようとするザクロを慌ててジェードが止めた。

ジェードに止められたことでザクロは口に向かう手を止めた。


「何だ?」

「行儀が悪すぎです」

「仕方ないだろう。上手く切り分けられないのだから」

「一旦、ステーキを元の位置に戻してください」

なるほど、この料理は“ステーキ”という名前なのかと思いながら、ザクロは言われた通りにステーキを元の位置に戻した。

ステーキがザクロの手から離れたことを確認したジェードはザクロの手に自分の手を重ねた。

ザクロは突然のことに思わず体が跳ねたが、ジェードは気にせずにザクロの手を動かした。


「いいですか。ステーキを切ることは難しくありません。

フォークで抑え、ナイフで切るだけです」


そう説明をしながらステーキにナイフとフォークを添える。


「切るときには力は必要ありません。

斜めに切れば切りやすいです」

そう言いながらステーキを斜めに切る。

すると、ステーキは先ほどザクロが切ろうとした時とは違い、スッときれいに切れた。

これを見たザクロは思わず「すごい…」と口に出た。


「それと、肘を上がらないように注意しなさい」


ジェードはザクロから手を放した。

手が自由になると、さっそく切ったステーキを口に含んだ。


口に含んだ瞬間、ザクロは味わったことのない味に驚く。


前に魔物の肉をはじめとする炙って食べたときは固くて、味なんかしなかった。

しかし、ステーキは違った。

肉は柔らかく、味もする。

肉じたいには味はほとんどないが、肉になにやら味が付いている。

ステーキを味わったザクロは次に液体の料理に手を伸ばした。器を両手で掴んだ瞬間、またもやジェードに止められたのだ。


「スープはスプーンを使いなさい」


そう言って丸っこい銀色の道具を指差す。


「スプーンは手前から奥に動かしながらすくいます。

音をたてず、口にスプーンを入れず、流し込むように飲みなさい」


ジェードに言われた通りにスプーンでスープをすくい、口に入れた。

これもまた、ザクロは初めての味だった。


スープやステーキ以外の食べ物もおいしかった。


パンという名前の茶色く丸っこい食べ物は柔らかいが、パン自体には味はほとんどしなかった。しかし、ジャムと呼ばれるドロドロとした甘酸っぱいものをつけるとパンとの相性が良かった。


“サラダ”と名の付いた色とりどりの草は塩と呼ばれる白く細々としたものを適度に振りかけると程よいしょっぱさで良い。


ザクロは“料理”というものにとても感動していた。

人間が料理をする理由が理解できたのだ。


料理を施した食べ物は味がしてとても美味しい。

果実もそのまま食べれば甘く酸味があるが、果実では味わえない美味しさがある。

結果的には料理は満足であったが、食事をしている最中はジェードが横でうるさかった。






***





食事を終えたザクロはジェードに連れられ、広い廊下を歩いていた。

シエルは仕事が残っているらしく、食事を終えると早々に自室へ戻って行った。


食事をしている間にすっかり日は落ち、今は三日月が上っていた。

歩いている途中、何気なく外を見ると、月明かりに照らされて、綺麗に手入れされた庭園が見えた。

あまり大きい庭園ではないが、その庭園に見とれたザクロは時間にして2秒程度だったが足を止めて、庭園を眺めた。


しかし、先をアルくらいジェードに置いて行かれる訳にはいかず、名残惜しかったが、すぐさま再び歩を進めた。


しばらく歩いてジェードの足が扉の前で止まった。

目の前にある扉を開き、中に入っていく。

ザクロも続いて中に入った。

明かりをつけて部屋を確認する。

部屋はシエルの部屋よりは狭く、シンプルだったが一般人にしてみれば十分な広さで、豪華だった。

部屋にはベッドとテーブルとイス、タンスだけが置いてあった。


「これからはこの部屋を使いなさい。

必要な物があれば、私や下働きの者に言えば出来うる限りで用意します」


それだけ言うと、ジェードは部屋を出て行った。


ザクロはイスに座るドッと疲れを感じた。

自分が思っていた以上に疲れていたようだ。

今日のところは眠ろうかとも思ったが、まだ眠気は感じなかった。


ふと、先ほど見つけた庭園を思い出した。


あの庭園を近くで見てみたい。


そう思い立ったザクロはすぐさま立ち上がって部屋を出た。

庭園までの道のりは分からないが、先ほど庭園を見つけた窓から出れば問題はない。


そう考えているうちに庭園を見つけた場所に着いた。

しかし、今立っている場所は高く、窓から庭園に降りれば無傷では済まないだろう。


ならば…。


ザクロは周囲を確認する。

夜だからなのか分からないが、この場所からは人の気配を感じられない。

人がいないことを確認したザクロは人の姿のまま、背中から竜の翼を出現させた。

そして、翼の動きを確認する為に軽く翼をパタパタと動かした。


「体の一部を竜化させたのは久しぶりだったが、問題はなさそうだ」


翼の調子を確認したザクロは窓から飛び降り、翼を動かしながらゆっくりと下降した。

上手く着地をすると、竜の翼を再び自分の中に戻した。


やはり夜だからなのか、人気はない。


月明かりだけを頼りに庭園へ向かう。

魔法で灯りを灯すことも考えたが、光で目立ってしまう為、やめた。


庭園にはすぐに着いた。


大きい庭園ではないが、庭園には色とりどりの花が咲いていてどの花も綺麗に咲いていた。

花の名前は何一つ分からないが、どの花も丁寧に手入れされていることは見て分かった。

ザクロはしばらく庭園を見ていた。




時間にして30分くらいだろうか。

庭園を愛でるのをやめ、そろそろ部屋に戻ろうと立ち上がった。


「いつまで隠れているつもりだ?」


ザクロは数分前からこの場所に自分以外の人が来ていることに気付いていた。

夜ではあるが、ここに人がくることはいい。

しかし、いつまでも姿を見せずに隠れていることが気になるのだ。


「気付いていたんだね」


物陰から姿を現したのは長い金髪を後ろで束ねた作業着姿の青年だった。

手袋をしていて、手には花を整備する道具を持っている。

その姿からこの庭園の管理者であると予想できた。


「お前がここの庭園を管理しているのか?」

「まあ、そうなるね」

「管理者ならば隠れる必要はないだろう。なぜ隠れていた?」

「観賞の邪魔をしたら悪いかな、って思ってね…」


青年は右頬を右手人差し指でかきながら答えた。


「隠れられる方が気になる」


青年は苦笑いをしながら、ランプに火を灯して花壇に近づき花の手入れを始めた。


「なぜ、こんな夜に手入れを?」


ザクロがそう疑問に思うのも当然だ。

普通ならば明るいうちに手入れをするのにこの青年はなぜか夜にやっている。

青年はザクロの疑問に花壇の手入れをしながら答えた。


「お昼は忙しくてね。夜しか時間が取れなかったんだ」

「他の奴にやって貰えばいいのではないか?」

「できる限りは自分でやりたいんだよね」

「いつも一人で手入れを?」

「そうだね。たまに手伝いを頼むときもあるけど、基本的には一人だね」


ザクロは驚いた。

比較的小さな庭園とはいえ、一人で手入れをするには十分大きい庭園だった。

それをほぼ毎日一人で手入れをしているとは…。


「なぜ一人でやっている?」

「花を育てるのが好きだからかな」


そう言った青年は「でも…」と続けて、作業をしていた手を止めた。


「そろそろやめないといけないね」

「やめる?何故だ?」


“好き”ならば好きなだけやり続ければいい。

しかし、青年は好きな事を“やめる”と言った。

それは矛盾をしているようでザクロには理解ができず、その理由を青年に尋ねた。


「周りの人たちが言うんだ。『やる必要ない』『他にやるべき事がある』ってね…」


そう言った青年の顔は笑ってはしたが悲しそうで寂しそうな顔だった。

青年の表情を見て青年の心情を理解したザクロは青年に問う。


「続けたいのか?」

「出来るならね」



「なら続ければいい。

私なら周りがなんと言おうと気にしないがな」


青年は苦笑いをしながら「君は強いね」と呟いた。

“強い”と言われた

ザクロにはその言葉の意味が分からず首を傾げる。


「私は好きだ」


何の前触れもなく、突然ザクロは青年に対して言った。

突然の告白に青年は顔を赤らめて驚く。


「い、いきなりどうしたの!?」

「何を驚く?」

「いや、急に“好き”って言われたら普通は驚くよ!」


顔を赤くして驚く青年にザクロは首を傾げる。

青年は深呼吸をして心を落ち着けると、しっかりとザクロと向き合った。


「それでその、どこが好きなんだ?」


ザクロは庭園を見回して答える。


「この庭園は見ていると心が安らいで私は好きだ」


-好きって俺ではなくて庭園の方ね…。


青年はザクロの好意が自分ではないことを知り、変に緊張したことを後悔した。


さっきまでキリッとしていた青年の表情が急に疲れた顔になったことにザクロは首を傾げつつも言葉を続けた。


「それに、この庭園を作ったお前の手は凄いと思う」

「えっ!?」


突然の褒め言葉に青年は再び顔を赤らめる。

ザクロは再び顔が赤くなった青年を不思議に思ったが、気にせずに言葉を続ける。


「私にはない手だ。だから、お前がこの庭園に来ないのは…残念に思う」


ザクロの言葉を聞いた青年は驚き、そして同時に嬉しさも感じた。

ザクロに対し、優しく微笑みザクロの右手を取ると両手で優しく包んだ。


「ありがとう。君にそう言ってもらえてとても嬉しいよ」


青年に手を取られながらそう言われたザクロは変にくすぐったい気持ちになったことが不思議に感じた。


「だいぶ夜もふけてきたね…。そろそろ眠ろうか」


ザクロの手を放して青年は花壇の手入れ道具を片付ける。

片付けている途中で青年はふとあることを思いつき、ザクロの方を振り向いた。


「そういえば君の名前はなんていうんだい?」

「まずは自分から名乗ったらどうだ?」


名前を聞かれたザクロだが、先に名乗るのが気に入らず、青年に先に名乗るように言い返した。

しかし、青年はすぐには名乗らず顎に手をあてて考える仕草をした。

そして考えがまとまったのか顔を上げて口を開いた。


「じゃあ、“カル”で」

「“じゃあ”?」


自分の名乗るのに悩んだあげく、名乗りも曖昧な答え方だった。

そんな曖昧に名乗る相手に自分の名前を教える気になれない…。

それになんだか怪しい…。


「その名前は本名か?」

「まあ、一応ね」


一応?名前に“一応”とはどういうことだろうか?


「今度は君の名前を教えて欲しいな」

「一応で名乗った奴に名を教える気にはなれないのだが…」

「でも君は“本名で名乗れ”とは言わなかったし、俺はどんな名前であれ、君に名前を教えた」


…とんでもない屁理屈だ。

偽名をなのるにしても、もっと堂々と名乗れなかったのだろうか?

確かに“本名を教えろ”とは言わなかったのは確かだから仕方がないのだろう。

約束は守らねばならない。


観念したザクロはため息をついてからカルを真っ直ぐに見てから口を開いた。


「ザクロ。偽名とかではないから安心しろ」


ザクロの名前を知ったカルは嬉しそうに微笑んだ。


「ザクロ…。

この辺りでは聞かない名前だけど、君はヤマトの国の出身かな?」

「“ヤマトの国”?」


世間の事には疎いザクロは“ヤマトの国”がどこにあり、どんな所なのか分からない。


「東国にある小さな島国なんだけど、その様子だと知らないみたいだね」


話をしている間にいつの間にかカルは道具の片づけが終わっていた。

カルは立ち上がって背伸びをすると、道具を持ってザクロに軽く頭を下げる。


「それじゃあ、俺はそろそろ行くよ」

「私もそろそろ行く」

「ここには好きな時に来てもいいから。

おやすみ、ザクロ」


カルはザクロに背を向けると庭園から離れ、夜の闇の中に消えて行った。

ザクロはその背中が見えなくなるまで見届けると、


「あいつは何者だったんだ?」


と呟いた。





ここまで読んでいただきありがとうございます。

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