1章:黒竜の目覚め
今回はちょっと短めです。
黒竜の少女は薄暗く狭い鉄格子の中で目を覚ました。
何故ここにいるのか分からない。
ただ一つ理解できるのは体が随分と楽になっていた。
起き上がり自分の今の状況を確認するため、身の回りを見る。
自分は鉄格子の中にある決して快適とは言えないベッドの上に眠っていた。
そして傷だらけだった体は包帯を巻かれ、手当てをされている。
ボロボロだった服も庶民的な白い衣服を着せられている。
そして手首には手枷をつけられていて、首にはシンプルな首輪がつけられている。
「この首輪、魔力を封じるための首輪か。これでは竜の姿にはなれないな」
少女は黒竜だった少女だ。
黒竜から少女の姿になったのなら逆に少女から黒竜になることも可能である。
しかし、少女の首についている首輪はどうやら魔力を封じるもののようだ。
試しに魔術を軽く発動したが全く反応しない。
黒竜の少女が身の回りを確認していると、鉄格子の奥からコツコツと足音が聞こえた。
足音の数からして3人であると推測ができる。
その足音はだんだん大きくなり、そして少女がいる鉄格子の前で止まった。
鉄格子を挟んで少女の前に立ったのは兵士を二人引き連れたクォーツだった。
クォーツは柔らかい表情で少女に話しかける。
「気分はどうだ?」
「(こいつ、どこかで…?)」
少女は初めて会うはずの目の前の男に見覚えがあった。
自分の記憶を掘り起こす。
「(あった…)」
記憶には新しいが曖昧な記憶。
苦しみのなか、微かに残る記憶。
彼は少女を助けてくれたのだ。
「ありがとう」
「え?」
クォーツは突然少女にお礼を言われて驚き、同時になぜお礼を言われたのか疑問も抱いた。
「何で礼を?」
「助けてくれたから」
まだ理解できない。
少女の説明はあきらかに言葉が足りない。
クォーツがまだ理解出来ていない顔をしていると、それを察した少女は説明を付け足すように言葉を続けた。
「記憶は曖昧だけど覚えてる。
あなたは敵である私を攻撃せずに帝国の手から助けてくれたから」
少女がそこまで詳しく説明すると、クォーツは先日のヴェッツ山脈での戦いを思い出した。
確かに自分は黒竜を攻撃することはせずに事を済ませたのだ。
「どういたしまして」
クォーツからその言葉を聞いた少女は一呼吸おいてから、目つきを鋭くしてクォーツを睨んだ。
「助けてくれたことには感謝はするが、私はお前を信用していない。
単刀直入に言わせてもらう。私をどうするつもりだ?」
少女の質問にクォーツは答えず笑顔のまま鉄格子の鍵を開けた。
「とりあえず出てもらえるかい」
***
少女を拘束したクォーツは牢獄を出て、綺麗な廊下を歩いていた。
一番前をクォーツ、少しの間隔を空けて少女、その少女の後ろを武装した兵士二人が歩いている状態だ。
歩きながらも少女は目だけで周囲を確認している。
豪華な飾りや広さを確認し、見たところどうやらどこかの城のようだと判断した。
歩いている途中、使用人と思われる者達と何人かすれ違ったが皆、自分の目の前を歩くこの男に頭を下げているのを見る限り、こいつはそれなりに地位は高いらしい。
しばらく無言で歩いていると、クォーツはとある扉の前で止まった。
しばらく廊下を歩いてきたが、今まで視界に入ってきた扉と同じ様な造りなのでそこがどんな部屋かは全く想像がつかない。
だが、この部屋に“お偉い様”がいるのは確かなのだろう。
表情には全く出ていないがほんの少しだけ少女は緊張しているようだ。
クォーツはノックどころか声がけをすることもなく、扉を開ける。「魔導師殿!ノックも無しに入っては殿下に失礼では!?」
「私とシエルの仲だし大丈夫だ」
何の前触れもなしに部屋の扉を開けたクォーツに兵士は驚き戸惑いながらも注意をするがクォーツは反省する素振りすら見せない。
クォーツは右手で少女の手を握り引いて、部屋の中に誘導する。
続けて部屋の中に兵士が入ろうとしたが、クォーツが空いている左手を前に出して止めた。
「お前たちはここで待機」
「しかし…」
「これはシエルからの命令だ」
クォーツに部屋の前で待つように指示された兵士は最初は渋っていたが、シエルからの命令だと分かると素直に頷いた。
兵士を部屋の前で待機させるとクォーツは少女の手をひいて部屋に入った。
少女が中に入ると、部屋の奥には机の前で何か書き物をしているシエルの姿があった。
シエルは書き物をしている手を止め、ペンを置き、顔をあげて少女を見る。
「まずは名乗らせてもらう。俺の名前は【シエル=フォン=レダ=アルフォーツ】。レダ王国第二王子だ」
「私は【クォーツ=フォルト】。レダ王国宮廷魔導師をやらせてもらっている」
二人がそれぞれ名乗りをあげた後、少女をジッと見た。
少女が名乗るのを待っているのだ。
しかし、少女は名乗るどころか口すらも開かず黙って二人を睨んでいる。
いつまでも黙っている少女にシエルはため息をついた。
「名前が分からないとお前を呼ぶのに不便だろ」
「お前たちと親しくなるつもりはない。故に名乗る必要性が感じられない」
少女の返答に再度ため息をついたシエルは「まあいい…」と呟いて本題に入ることにした。
「まず最初に確認しておきたいのだが、お前は帝国の連中に無理やり“戦わせられた”で、間違いないな?」
黒竜である少女は帝国の術師に操られていた。
ということは、“少女に戦う意思はない”、というのがシエルの考えだった。
少女が素直に帝国の命令に従っていたのならば、そもそも操る必要などないのだからそう考えるのは当然だろう。
少女はシエルの問いに黙ったまま頷く。
少女の答えを確認するとシエルは話を続ける。
「なぜ、黒竜が生きていて帝国に使われていたんだ?」
その質問を聞いた途端、今まで無表情だった少女の顔に変化が見られた。
表情は変わっていなかったが、少女の目には涙が零れ落ちたのだった。
それを見たシエルとクォーツは驚き、目を丸くする。
涙を零す少女にシエルはどう接していいのか分からずにいた。
そんなシエルに対し、クォーツは優しく少女に話かける。
「何か嫌なことでも思いだしたかい?」
「え?あ、ああ。少し昔の事を思い出しただけ、だから…」
「昔のこと?」
少女は拘束されている手で涙をぬぐうと、再び鋭い目つきでシエルを睨みつけた。
「問いに答える前に聞きたい。お前たちも私を“兵器”として扱うのか?」
少女の記憶に蘇るのは、体の自由を奪われ、自分の意志に関係なく自身の手で人を殺そうとする忌まわしき記憶。
「私はもう、黒竜の力を人殺しの道具として使いたくない。私はお前たちの国の為には戦わない」
「それなら仕方ないな」
シエルの言葉にあっけにとられた少女。
少女は帝国のときと同じように、また戦わせられるのだと思っていた。
その時は目の前にいるこの男を殺そう、と考えていたがそのことは一瞬でとんでしまった。
「お前たちは黒竜の力が欲しくて、私を捕らえたのではないのか?」
「確かに帝国に対抗するために黒竜の力は活用したいのは間違いない。
だが、お前に戦う意思はないのなら諦める。戦う意思のない者が戦場にいても邪魔だからな」
黒竜の力を使えないことに関しては本当に残念そうだった。
少女はシエルの様子を観察して、嘘をついている訳ではなさそうだと思った。
それでも少女はまだ信じられずにいた。
竜の力…それも【四竜】の一人である黒竜の力をあきらめるなんて…。
帝国では戦う意思がないことを示した瞬間、
拘束され
閉じ込められ
呪術をかけられ
操られた。
時には暴力だって振るわれた。
あの時のことを思い出すと今でも体が恐怖で震える。
人間…特に権力者は自分が上に立つために利用できる物はなんでも利用する。
それが少女が人間に対して抱いている印象だった。
だが、目の前の人間は私を…黒竜を“諦める”?
「黒竜は諦めるが、お前の持つ情報は諦めるつもりはないからな」
シエルは一呼吸おいてからもう一度少女に問いかける。
「黒竜は20年前の【竜魔戦争】で滅びたはずなのに、なぜお前は生きている?
そして、なぜ帝国に使われていた?」
「りゅうませんそう?あの時の戦いはそう呼ばれているのか…」
少女は20年前のあの時のことを思い返した。
黒竜と魔族の戦いを…。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
多分主人公である黒竜ちゃんの名前がまで出てない…。
そして進みがゆっくりだ…。
次回当たりで名前が出るといいなぁ…。