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『この金庫だけは捨てちゃならねぇ!』
俺から小汚い箱を奪い返してそう言うのが爺さんの口癖だった。
『こんな汚ねぇ箱捨てろよ!』
『なんじゃと!われぇ!』
……そんな爺さんも一昨日、死んだ。
あの問答がもう出来ないかと思うと涙が沸いてくる。
爺さんは俺に内緒で借金をしていたらしく……取立てに来た借金取達は家財道具を次々と外に出して商人に鑑定してもらっていた。
爺さんはたった一人の肉親だった……支えを失った悲しみで後の事はどうでもよかった……俺は箱を抱えて彼等の様子を眺めている。
「どうだい?」
「そうですねぇ〜頑張っても2sって所ですかねぇ」
「あの坊主の持ってる箱はどうだ?」
「アハハハハ、冗談言わないでください……あんなガラクタ誰が買うもんですか」
「なんだよ……坊主が大事そうに持ってるから値打ちもんかと思った」
「先程見ましたが、単なる木の箱ですよ」
「くっ!そうか……わかったよ」
取立屋は残念そうに2s受け取るとこっちに向かって歩いて来た。
「坊主…これ持ってさっさと失せな……」
5bが地面に投げられ、俺はそれを拾い上げてポケットに入れた。
「金もらえただけ有り難く思えや!雑魚が!」
「うっ!」
取立屋は後頭部を踏みつけるとそのまま去っていった。
額に痛みが滲んでいく……
これからどうすれば良いというのだろう……
5bでは買えてせいぜいリンゴの四分の一だ。
家も何もかも失った俺はどうにもならないと思えた……
……もう死んで楽になろう……
俺は村から出てゴブリンの多く住む森へと入った。
森の奥深くまで入って倒れた木に腰掛けて5bを手に取った。
「これが、今の俺の値段か……爺さん、あんたの箱は1b未満だってよ悲しいよな……だけど、これで価値は5bになるよ」
木箱に5b入れてゴブリンが来るのをボーッと待っていた。
しばらくすると棍棒を持ったゴブリンが三人草むらを掻き分けてやってきた。
「ゴッゴッゴッゴッ!」
ゴブリン達はご丁寧に唸り声を上げている。
「これはこれは…ご丁寧にどうも……」
ゴブリン達は棍棒を振り回して近寄り、俺の頭を強打する。
その衝撃で投げ出された箱の蓋は空き、5bが溢れる。
俺は頭打たれながら…血を垂らし、朦朧とする意識の中で土塊と共に5bを掴み入れて箱を抱き締めた。
ゴブリンに頭をヤられて狂ったのか……でも箱からハッキリと声が聞こえてきた。
『血の契約にて封印を解き全てを捧げたものよ……汝は今後も我に全てを捧げる覚悟はあるか?……その覚悟があるならば我もまた汝に全てを捧げよう……』
「俺は……お前しかない……誓うよ……」
『Yes…My Master. 』
そこからは一瞬の出来事だった。
掌の形になった箱はゴブリンの頭を巻き込み、拳を作る。
俺を叩きのめしていたゴブリンは骨の砕ける音と共に指から漏れる肉塊となった。
その様子に驚き逃げるゴブリン達は小指から発射された銅の弾丸に撃ち抜かれ脳髄を撒き散らして倒れた。
『いかがでしょう……My Master』
俺は重くなった箱を抱えて優しくさすった。
こうして新しい家族が出来て俺の物語は始まった。