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ようこそ!この街のメイド喫茶へ  作者: ふーちゃん
2章 卒業(私、犬に帰ります)
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卒業(私、犬に帰ります)前編

生命体に思念を寄生するだけの存在「思念柱」。彼(彼女?)は、ある目的から飼い犬から若い女性に寄生先を替えた。

そして、思念柱と寄生された彼女は、メイド喫茶でバイトを始めるのであった。


 私と同居する私じゃない私。

 彼女と同居し始めて、7年半の歳月が過ぎた。

 同居とは言ったが、私が一方的に彼女の脳細胞の一部に入り込んだのだから、同居と言うのはかなりおこがましい。

 彼女からすれば良く言って、勝手に住み着いた居候。悪く言えば寄生虫と同じ程度かもしれない。

 ただ、同居とは言っても、常日頃彼女の言動の元となる思念に影響を与えているだけで、彼女自身は私の存在には気付いてはいない。いや、気付くはずも無い。

 なぜならば、彼女が五感で私のことを感じることは絶対に出来ないからだ。

 私は、別の生命体に寄生する思念のみの存在なのだから・・・。


 私たちは、自分たちの総称を「思念柱」と呼んでいる。

 この彼女に寄生した思念柱の私、それと私の寄生先である彼女、今現在、この別意志の二つの思念を、あたかも一つのであるかのように彼女は一瞬の判断で使い分けるている。

 だが、そこに至るまでには彼女も相当に悩み苦しんだに違いない。いや彼女の心に一番近くにいた私だからこそ断言して言うことが出来る。間違いなく彼女は病んで心を乗り越えて今に至ったのだと。

 二重人格、精神分裂障害か?それとも、頭が狂ったのだろうか?

 彼女の心の声は、言葉にならずとも痛い程、私には感じられた。

 そではそうだと思う。突然、知識に無いはずの言葉がポッカリ思い浮かんだり、思いもつかない言葉がひらめき頭を駆け巡ったり、ついには思わず人前で口にしてしまうのだから。

 彼女自身が自暴自棄気味に至った時期があったのは、ひとえに私の不徳の致すところである。私の不用意な思念が彼女を悩ましてしっまたのだから。

 しかし、それでも頭の中で勝手に起こる私の思念を、彼女は拒絶することは無かった。受け入れることで解決しようとしていたのである。

 そのお蔭で、私は拒絶され彼女の中から追い出されることも無かったし、彼女の中で消滅することからも逃れることが出来た。私には時間が与えられたのである。

 やがて、そんなお互いの思念の齟齬そごも月日は解決してくれた。

 そればかりか、勝手に浮かんでくる私の思念の特徴を理解した彼女は、それが自分の足りない部分を補えると判断し、利用するまでに至ったのだ。これは、彼女の適応能力と精神力の賜物だ。

 その結果、内気でオタク傾向にあった彼女の行動範囲は格段に広がることにつながったのだ。

 今では寄生当初が嘘の様に、見事なコンビネーションで全ての事象に当たることが出来ている。


 だけど、

 だけれどもだ。

 彼女とこの私、実はこのコンビも明日で解消となってしまう。

 と言っても、彼女は私に寄生されている事実の認識が無い訳だから、私の一方的な判断と言うこととなる。

 私は彼女から別の生命体へと、寄生先を替えることを決めたのだ。

 もちろん、私にとってこの別れは安易なものでは全く無い。悩んだ末の断腸の思いの決断である。

 今の満ち足りた気持ち、彼女から伝わって来る高揚感、思念が同調する喜び、これらとお別れし、私は別の寄生先で生きていかなければならないのだ。

 二人で作り上げた今が、明日の夜からは無くなってしまう。

 でも、私のことはいい。自業自得なのだから。

 しかし、自分勝手な言い草だけれども、心配なのは私が去った後の彼女のことだ。


 私が寄生した毎日で彼女自身は少なからず変わった。

 ポジティブ思考になった。行動範囲も広がり、友人も増えた。何より笑うことが格段に増えた。

 これは彼女自身も周囲の人達も認めていることである。


 私が彼女から抜けてしまうのだ。

 彼女はそれを維持出来るのだろうか?

 元の閉塞的な思考と行動に戻ってしまわないだろうか?

 彼女は幸せな人生を生きて行けるのだろうか?

 責任を感じる。いや、それ以上に心配だ。心配過ぎる。

 こんなに不安があるのに、それでも去って行く私。

 これを知ったら、彼女は許してくれるだろうか?

 許して欲しい。

 こんな気持ちになるのは、思念の同調が同化に移行し始めた故なのか・・・。


* * * * * * * * * *


 私が寄生している彼女、名前は栗原美子くりはらみこと言う。

 私の名は仮に「クミ」としておく。

 何故に仮なのか?

 実は、他の生命体に寄生する存在の私たち思念柱しねんちゅうには、固有の名前は存在しないのだ。と言うより必要がない。

 その時その時の寄生先が自分の名前となる分けである。ただ、便宜上今はこの「クミ」と言う名前を採用することにする。

 この名前、彼女に寄生する前に私が寄生していた犬の名前である。


 私、クミが、彼女、栗原美子に寄生した切っ掛けは、私がある男性アイドルの存在を知ってしまい、そして、恥ずかしながら少しでも彼に近づきたいと思ってしまったことに始まる・・・。


 私たち思念柱は、寄生先が女性でしかもその女性自身が子供を産ん時に、その子供にどういう訳か新しい思念柱が低確率ながら誕生することがある。

 そして、誕生した私たちはそのままその子供に寄生することとなるが、子供の自我が成長するにつれ、思念に齟齬そごが生じ始めてしまう。

 このずれが解決出来ないまま膨らんで行くと(ほとんどがそうだが)、寄生先の自我が破壊するか、または、私たちの存在自体が消滅してしまう。

 人間に寄生し続けるには、寄生先の適応能力と、お互いの思念の相性(同調)が重要となるのだ。

 その為、私たち思念柱はそうなる前に、人とは限らず寄生し続けることが容易な生命体に移動することが必然的に要求される。

 その時の私たちの一般的な寄生先は、通常、飼い犬や、飼い猫である。自我の弱い生き物ほど寄生がし易いのだ。

 良く芸のする動物は、私たち思念柱が寄生していると考えてほぼ間違いない。

 私の場合もご多分に漏れず、隣の家で飼っていた愛犬クミに寄生することとなった。

 ただその代わりに人間に寄生していた時よりも、私自身の意志が寄生先には伝わりにくくなる。不自由な感覚を味わうことになるのだ。

 これは、人間に例えると、怪我や病気と等で身体に支障を来している状態に近いと思う。

 そのせいもあり、犬や猫よりも自我の弱い生物に寄生することはまず無い。

 昆虫などは絶対にあり得ない。それは、今述べた不自由であることはもちろんながら、それ以上に、寄生はし易いが、そこから出るのが困難と言う大きな欠点があるからなのだ。

 と言うことで、寄生先を自我についてで纏めると、次のようになる。


 ・自我が強い生物の場合 = 

   寄生しにくく、寄生先と思念の同調が難しい。

   寄生先と同調できない場合、寄生先の自我が破壊されるか、自分が消滅してしまう。その反面、思念が同調出来ると有意義である。

   寄生先から抜けることは容易にできる。


 ・自我が弱い生物の場合 =

   寄生はし易く、容易に寄生先と思念を同調させることが出来る。しかし、自我が弱い生物であるほど、不自由さを感じる。

   寄生先から抜けることが難しい。


 そして、この寄生先を替えると言うのは、かなりのパワーが必要となる。

 私のような平凡レベルの思念柱にとっては、寄生先を替えることは相当な覚悟が必要な一大イベントとなってしまう。

 だから、同調が困難な人間に寄生先を替える場合は、先行調査が不可避となる。任意に寄生して上手く行くケースは非常に稀なのだ。

 それならば、私の場合は住み慣れた寄生先に甘んじる方が賢い選択と言えるのかもしれない。私の寄生した飼い犬のクミは、非常に飼い主に愛されていたので、多少不自由ながらも穏やかに日々を過ごすには居心地が悪くは無かったわけなのだから。

 それに、私たちには寄生先に関わらず出来ることもある。それは、テレパシー的なもので思念同士で会話が出来ると言う能力だ。

 私の能力でも、半径100メートル位はテレパシーを飛ばすことは可能だし、物理的な伝送路に乗せることも可能だ。私には、ある程度の思念柱同士のネットワークも形成されていた。

 だから、不自由さの退屈で潰されることは考えにくかった。


 でも、それでも、私は人間に寄生して、その男性アイドルに近づきたかったのだ。

 少しでも・・・近くに。


 私は居てもたっても居られず、再び人間に寄生する為の行動を開始した。

 私たち思念柱の中にも優秀な者が居る。彼らは人間の性格や思考を読み取ることにけている。

 彼らはテレパシーを飛ばせる範囲も広ければ、伝送路利用するだけでは無く、自ら電波を飛ばすことも可能だ。

 私が寄生している犬の飼い主の友人にも、かなり優秀な思念柱が寄生している人間が居た。

 その飼い主の友人は遠方ではあったが、偶然、飼い主とその友人が電話で会話している時に、私はその伝送路を利用して彼を知ることが出来ていた。

 私は、そこに活路を見いだした。

 彼らが再び電話でコンタクトを取るのを待ち、その機会を利用して、その優秀な思念柱に私の寄生先を探してもらおうと思ったのだ。

 そして、その機会は幸いにも直ぐに訪れた。私の意向もその優秀な思念柱は、あっさりと受け入れてくれたのだった。それだけではない、1カ月も経たないうちに、その優秀な思念柱は嬉しい回答を返してくれたのだ。

 このスピードのある結果に、私はこれは運命かもしれない。そう思った。

 私はその紹介してくれた新しい寄生先に移動することを、直ぐに決意したのである。


 私は北海道の札幌市と言うところに住んでいた。そして、新しい寄生先の人間の住んでいるところは東京だ。直線で1000Kmはある。非常に遠い。

 私が依頼した優秀な思念柱が、東京在中の人間に寄生しているのだから当然のことだ。

 そして、これも当然だが、移動の問題は自分で解決するしかない。

 私が移動で生命体を離れることが出来る時間は、恐らく3時間が限界だ。それ以上掛かると消滅してしまう危険がある。

 移動方法は生命体間移動か、有線、無線の伝送経路に乗るかの二通りが考えられる。

 伝送路移動の場合、伝送路上に私が存在する時にその伝送状態が切れると、私はそこで終わってしまう。消滅してしまうのだ。

 それでも私は伝送路の利用で勝負に出ることにした。

 伝送路を利用する以外には、新しい寄生先に入り込める処までに移動するのは無理なのである。

 私には短時間に複数の生物を移動するパワーが無い。そうなると、今、私が寄生している犬のクミが東京に移動するしかないのだが、飼い主が東京まで連れて行くとは、とっても思えない。


 だから、私は再び飼い主が電話をするのを待った。電話の伝送路を利用するのである。東京まで移動してしまえば、あとは3時間もあるのだから何とかなるだろう。そう思った。

 約2カ月半が経過して、その機会は訪れた。

 私はそこに自分の運命を掛けた。

 私は、思い切って伝送路に乗った。寄生先であった犬のクミから抜け出し、命がけで。

 初めてであったが、上手く伝送路に乗ることは出来た。電波や電気の速度には劣るが、目的地には10数秒で到着出来るはずだ。

 伝送路に乗っても電話回線の会話が聞こえる。聞こえてくる。

 順調な証拠だ。

 全ては上手く行くと高揚していた。

 しかしだ、そう思ったのも束の間、会話の内容や声色がどうにもおかしいことに私は気付いた。

 ローカル色満載な会話に若干の訛りが在るのだ。北海道方面の。

 私は早まってしまったのだ。クミの飼い主は間際になって、電話を掛ける先を変えたのだった。

 目的だった電話を掛ける前に、別の友人のところに先に電話を掛けたのだ。それは、私の盗聴から判断すると、一緒に東京に行く予定だった友人のようだ。

 数日前まで、一緒に東京に行くことになっていた岩見沢市と言う札幌近郊の都市に住む友人だ。

 二人の予定は変更になったらしい。


 私は意志に反して、岩見沢市の友人宅に移動してしまった。

 私は一瞬の判断をしなければならない。ここで寄生先を何とか探すか、引き返して犬のクミに戻るかだ。

 私は反射的に戻ることを諦め、伝送路から岩見沢の友人宅の大気中に飛び出した。電話が切れることを恐れたのだ。

 そうなると、私に許された消滅までの時間はおよそ3時間。その間に新たな生命体に寄生しなければならない。

 私は、そこで偶々札幌市から岩見沢市の実家に帰省していたその友人の子供を見つけた。当時21歳の女の子だ。

 私の体に電気が走った。

 彼女だと!

 いや、実態が無いから何に走ったのか良く分からない。

 でも、実際そう感じた。これがきっと電気だと。

 根拠は走った電気だ。今考えると、電話の伝送路を通ったせいだったのかもしれない。


 私は、自分の直感を信じることに躊躇ちゅうちょしなかった。

 私は彼女の脳内にダイブした。フルパワーで。


 こうして、私は予定外の人物、栗原美子くりはらみこに寄生したのだある。

 今現在の寄生先だ。


 今、この寄生を冷静にを振り返ると、決意の深層心理は、きっと目的の男性アイドルに近づく判断だったのだと思う。私は、それをを無意識にしたのだ・・・。


<後編につづく>





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