ミルクココアと自転車とねこ耳(終)
繁華街の外れにある雑居ビル、その中にある某メイド喫茶は、本日のOPENから小一時間が過ぎようとしている。陽の短くなった晩秋の外は、もうすっかりネオンの灯りに置き換わり、賑やかさを取り戻しつつある。
外の様子が分からないメイド喫茶内では、以前としてメイドのクルミと、男性客の二人だけの時間が静かに流れていた。クルミの始めた話はまだ続いている。
クルミ自信、随分饒舌だと頭では分かっていても自身の意志で止めることは出来なかった。今まで話したくても誰かに聞いてもらいたくても何かに抑制されるように、他言しなかった祖父との不思議な出来事が、今、やっと何かから許可が出たような感じがして躊躇いなく心地よく口を吐いてしまうのだ。
目の前の男性もそれを嫌な素振り一つせず、彼もまた何かを思い出しているかのように聞き手に徹してくれていてくれることが、クルミにはなし続けさせた一因でもあったかもしれない。
「祖父は前日の夜から急に体調を崩していたにも関わらず、早朝に一人黙って起き、ミルクココアを淹れる準備をしていて倒れたらしいんです。
それが、私には祖父が私が来ることが分かってて、それで取った行動のような気がするんです」
訴えるような口調から始まったのに、語尾には消え入るような声に変わって行く。
男性はその言葉を噛みしめるように無言で聞いている。カップの中のミルクココアはもう残り少ない。
「私は全く気付かなかったのですが、私が幼稚園を卒園する頃には、祖父の容態はかなり悪化していたようなんです。
多分、祖父がこのねこ耳を欲しがったのは、私がメイド喫茶で働けるくらいの年齢まで私を見守っていたいと言うことらしかったんじゃないかと、後で祖母から聞きました。
祖父から買って貰った自転車も、なにか、小学生になっても会いに来て欲しいと言う祖父のメッセージのような気がするんです。
いま考えると何で誕生日に拘ったのかと。
プレゼントに拘ったのかと。
会いたいなら、もっと素直に早く会いに行けば良かったと・・・今なら思うんですけど。
その時は、どうしてかこのねこ耳に拘ってしまったんです」
クルミの話がそこで途絶えると、暫くの間聞くことに徹していた男性が、口を開いた。
「そうだったんですか・・・。
でも、そんなものじゃないでしょうか。クルミさんが、お祖父さんさんの為に子供ながらに考えた精一杯のイベント、それを達成しようと頑張った。
確かに時間が掛かったせいで、お祖父さんと再び話せなかったかもしれません。でも、私には時間が掛かった分だけの価値はあったと思いますが」
男性はそうは言うが、例え何らかの価値があったとしても、それはクルミ自信にであって、祖父には無関係なことである。クルミにはそうとしか思えない。
「でも、祖父には遅かったんです・・・あっ、すみません」
クルミは、仕事中と言うことを忘れ、つい声を荒げてしまった。
「多分、伝わってるんじゃないかと私は思いますが・・・」
そんなクルミを気にも掛けず、男性は続ける。
「・・・お話にあったことは、きっとクルミさんの錯覚じゃなくて、全て実際にあった真実だと私は思います。夢や錯覚にしては、詳し過ぎます。
だとすると、お祖父さんには伝わっているはずです」
「そうでしょうか・・・」
「はい、理屈で説明出来ない不思議なことが、事実では無いとは言えないんじゃないでしょうか。現在で分かっていることは、未だ分からないことから比べるとほんの少しに過ぎないですし。
確かにホントだと言う証拠の品はありませんが、錯覚だと言う証拠も無い訳です。
でも、私にはホントだと言う証拠がクルミさんの心の中に間違いなく見えました。間違いなく」
「見えましたか?」
目の前の男性の目を凝視するクルミ。
「私には、残念ながらその証拠はお見せできませんが。クルミさんは見えているはずですよ」
男性は、クルミの視線を逸らすことなく全て受け止めてくれている。だから、クルミも自身が持てる。
「じゃあ、安心しました」
「安心できましたか?」
「はい、安心できた証拠はお見せできませんが。
これからは、この想い出も良い想い出になりそうです」
クルミには拳を握って、そう確信できる。
心の中の確からしさは、自分が見えていればそれで良い。クルミはそう男性が言っているのだと解釈したからだ。
クルミが今まで誰にも話さなかったのは、祖父との不思議な想い出を、錯覚だと否定されたくないと言う防衛本能が働いていたからであった。
今、なぜ目の前に居る初めて会った男性にその話をしたのかは、絶対に自分の想い出が肯定されると言うことを本能で分かったからなのだ。クルミもまた、自分の想い出が真実だと心の中では、ずっと思い続けていたのである。
男性はカップを持ち上げ、最後の一口を飲み干すと笑顔をクルミに答えた。互いに通じ合えた気持ちには、それ以上の言葉は必要ない。だから、
「はい、なんてことがありましてニャン・・・」
クルミは湿っぽくなった空気を一新しようと、思い出した様にネコ語で締めくくった。心からの笑顔を浮かべて。
そう言えば、すっかり忘れていたが、今日はクルミの待ちに待ったねこ耳の日なのだ。
「・・・ってことで、私はお孫さんの誕生日プレゼントに自転車をおススメしてしまいましたニャン」
どうでしょうか?と男性客の様子を窺う。
自信で一杯の表情で。
「でも、自転車は・・・しばらくは止めときましょうかね」
男性はクルミの自身の表情に、目尻を下げながら申し訳なさそうに結論を告げた。
「えっ・・・」
それに続けて「何で?」と言いかけたクルミであったが、寸前でその言葉を飲み込んだ。
それは、余りにも目の前の男性にとっての将来に対し縁起が悪すぎる。そうクルミも気が付いたからだ。 まさか同じことが繰り返されるとは思えないが、クルミには目の前のご主人様が何となくご主人様の雰囲気が祖父に似ている気がするのだ。
「あっ、そうですよね。私もその方が良いような気がしてきましたニャロ」
しょんぼりするクルミ。
「誕生日プレゼントは、考え直すことにします。ああ、でもヒントはいただきました」
「そうですか?それなら良かったニャンですが・・・。
ああ、そうだ!よかったら、取り敢えずメイドからの誕生日プレゼントと言うことで、お孫さんにこのネコ耳のカチューシャをお渡しくださいませんか。そして、フリフリのメイド服のプレゼントと言うのは・・・」
「・・・」
考えている様子の男性客。
「やっぱり、ダメですニャン?」
発想の根本がメイド喫茶とかコスプレに染まっている自分の思考に気付いてしまい、がっかりするクルミ。
「いえ、そんなことは無いです。それも参考にさせて頂きます」
「はあ・・・」
クルミは男性客の言葉が気遣いだと思い、ガッカリしながらねこ耳のカチューシャを頭から外す。そして、男性に手渡した。
「ありがとうございます。これは必ず渡します。孫も喜ぶと思います。しかし、この後困りませんか?」
「それは、大丈夫です。
もう一つ持ってますから」
クルミはカウンターの下に置いておいてあった、ねこ耳のカチューシャを「ジャン」とばかりに取り出し、頭の上に乗せる。
見るからに年季が感じられるが、それこそがあの時祖父にプレゼントするはずだったねこ耳のカチューシャなのだ。
男性はそれが何かを感じ取ったのか、自分が受け取ったものよりも見劣りするそれを嬉しそうに眺めている。
「似合いますね」
「ありがとうございますニャン」
「しかし・・・」
男性はクルミから貰ったねこ耳を眺めながら首を傾げる。
「・・・これを私が忘れて帰ったら、私がまずいことになりますよね、たぶん・・・」
そうすると、もしかするとクルミの話と同じになりそうな気がする、と言いたげな男性の言葉の続きをクルミは遮った。
「いえ、私が決して忘れさせませんから。必ずお持ち帰りいただきます。絶対に!
そして、お孫さんにお渡しくださいニャーン」
決して今日忘れて帰って、自分と祖父と同じように状況にならないように。クルミはそう言いたかった。
「そして、此処のメイド喫茶のお話をして聞かせてあげて下さると、嬉しいです。ニャ」
そして、メイド喫茶の良さをお孫さんに伝えて欲しい。そう思った。
「そうしますね。それと、先程のあなたのご提案通り、あなたの来ているのと同じようなヒラヒラのドレスをプレゼントすることにします」
「あっ、ホントですか?ニャン!」
「ええ」
それはリップサービスかもしれないと思いながらもクルミは嬉しかった。
クルミは、目の前の男性とお孫さんの間には自分が幸せだと思える部分だけが繰り返されればいい。そう思ったのだ。
「あの~、カップが空になてますが、お代わりはいかがですか?ニャン」
「いえ、今日はこれで失礼致します」
「えっ、もうですか?」
「これから、フリフリのドレスを探しに行ってきますね」
「ああ、それなら・・・」
と、お勧めのお店を説明しかけた時、入り口の扉が開いた。二人組の常連さんのご帰宅である。
「お帰りなさいませご主人様。今日はねこ耳の日ですニャン!」
・・・・・・
お客が帰る時はこのお店の約束事で、メイドが扉を開けて必ずお見送りをすることになっている。
クルミが扉を開け、男性が自分の横を通り過ぎた。その時、クルミには、やはり何処と無く祖父と似ていると感じた。
優しそうなところと、当時の祖父と年齢が近い以外は似ているところは無いのに。ずっとそう疑問に思っていたのだが、似ている処がもう一つ発見したのである。
それは、男性のスーツからする微かな特有の香りであった。祖父のスーツからも同じ香りがしていたのである。
決して男性の体臭とは違う、外部から付着したような香り。食品のような甘い香りだ。
以前、祖父にそれを訪ねた時に、会社の匂いだと教えてくれたその香りである。
「それでは、ありがとうございました」
「こちらこそ、色々聞いて頂けて楽しかったのですニャン」
お決まりの挨拶をする男性の右手には、自分が渡した”ねこ耳のカチューシャ”があった。クルミはそれに、安心する。祖父と同じ運命を辿られる分けにはいかないのだ。
「実は”場末の何とか”と言う二つ名を持つ店があると部下から聞いてまして、定年を迎えた今日、来てみたんです。十数年前にお世話になった上司に連れられて、「場末のスナック」と呼ばれていたスナックによく行っていたものですから。
でも、まさかこう言うお店とは思いませんでした」
恥ずかしそうに笑う男性。
「こう云う見せですけど、是非また来て下さいね!」
それに、ワザと嫌味っぽく行ってみるクルミ。
「あっ、すみません。そんな意味じゃあ・・・でも、そんな意味になりますかね」
「多分・・・」
男性は笑いながら頷くと、エレベーターへと向かった。
「ご主人様、行ってらっしやいませ!」
店がご主人様のお屋敷と言う体になっているので、帰りにはそう言う決まりになっている。
エレベータに乗り込んだ男性を見送ったクルミは、踵を返し店の中へと向かう。
「よし、ネコ耳の日がんばろうっと!」
クルミの気持ちは、ずっと喉につかえていた魚の小骨が取れた様にスッキリとしていた。
ただ、その後、男性がクルミの前に現れることは無かった。
クルミもそれをずっと心の片隅では不安に思い続けていたのだが、調べる方法もなく、ずっとモヤモヤした気持ちでいた。
そして、その思いは偶然にも解消されることとなった。
・・・・・・
更に13年後のことである。クルミはオーナーとなり、”メイド喫茶ねこ耳”と言う店を新規OPENさせることになった時のことである。
そこの店のメイドを募集をしていた時にねこ耳のカチューシャを付けた、かなり変わった女の子がやって来たのである。
そのねこ耳はかなり年季が入っていたが、その娘にはよく似あっていた。そして、クルミには見覚えのあるモノであった。
一通り面接が終わった後、クルミはどうしても聞きたかった胸に支えていたことを、その子に聞いてみたのである。
「ご祖父母はご健在なのですか?」
すると、その子は嬉しそうに応えた。
「はい、お母さんの方は九州の福岡県に住んでます。お父さん方は、近くに住んでいたんですが、私が小さい頃に、海外に移住しました。今では、年に1回くらいしか会ってませんが・・・」
女の子は嬉しそうに続ける。
「・・・あっ、このねこ耳、そのおじいちゃんから貰ったんですよ」
頭の上を指をさす女の子。それを聞いて、クルミは胸に支えていたものが取れた気がした。そして、ねこ耳を介して巡っている何かがあるのだと思うと、やたらと嬉しくなっているのを感じた。
その気持ちが目の前の女の子にも伝わったのか、女の子はいきなり親し気にアピールをして来たのである。
「私、特技があります!」
「へ~どんな特技なの?」
「え~と、私、実は頭の上のネコ耳を自由に動かすことが出来るんです!」
「・・・?」
「ホントです!」
「・・・?」
「・・・!」
「はいっ? うっそ~!」
<ミルクココアと自転車とねこ耳 終 >




