ミルクココアと自転車とネコ耳1
受話器を握り締める母の手。
少しだけ聞き取れた母の震える声。
両親は急いで自動車で出かけて行った。「パパが直ぐに戻るから」と言う一言だけを残して。
どうやら、祖父に何かあったらしい。それはクルミにも分かった。
どうしようか?
言いつけ通り家で待っていようか?
でも、じっと待っていられる気持ちになれない。
とにかく祖父のところに行ってみたい。
そして、話がしたい、かなり早いけど約束のものを届けたい。
もしかすると祖父が自分に自転車を買ってくれたのは、この時の為なのかもしれない。
クルミには、そんな風に思える。
だからクルミは決心した。
お気に入りのリュックを背負い、お外で遊ぶとき用の黄色い帽子をかぶる。
そして、直ぐに家を飛び出し自転車に跨った。
自転車に乗れるようになったばかりのクルミが公道に乗り出すのは、これが初めてだ。
まだ公道で自転車に乗ることは両親から禁止されている。
それでも両親との約束に優先して自分の気持ちを優先させたのだ。
クルミは快調に自転車を漕ぎ始めると、あっという間に国道まで出た。自転車は速い。
そして、右に曲がる。
すると一気に自動車の量が増える。
すれ違う自動車の多さがクルミを威圧してくる。いつも母親と通る時は感じないのに。
クルミはそれに少し脚が竦んでしまう。
一人きりの心細さをクルミは感じた。
・・・・・・14年前のこと。
ふいにコートの季節を思わせる秋風が襲われ、寒がりのクルミはそれに今年初めて首を竦めてしまう。
夕方と言うにはまだ早い時刻なのに、陽は既に茜色に傾き始めている。
もう、冬はそこまで来ているのかもしれない。
「ん~、寒くなって来たぁ」
そろそろコートを出さなきゃかな?なんて思いながらクルミは、バイト先のある貸店舗ビルの中へと入って行く。窓の無いそこは、一瞬視界を失ってしまうほどに暗い。
まだ、どのテナントもオープン前、省エネのためビル内の照明はまだ点灯されていない。
頼りになるのは、エントランスからの僅かな光のみ。それでも、この季節になると風を凌げただけでも外よりも心地よく感じる。
クルミはホッと息を一つ吐き、エレベーターのボタン押した。
それなりに暖はとれたものの一瞬にして下がる光度の変化には、やはり気持ちもちょっぴり暗くなってしまう。更に今日のシフトは一人オープン。最初のご主人様のご帰宅があるまでは、一人っきりなのである。(因みに、クルミの働くお店では、お客様のことをご主人様と呼び、来店のことをご帰宅と呼んでいる。)
更に不安なのは淋しさだけでは無い。一般的な給料日前のこの時期は毎月客足が落ちるのだ。クルミはそのことを思い出してしまい不安が過ってしまう。
果たして、今日の客席は一杯に埋まるのだろうか?
いや、そこまでとは言わないまでも見栄がする位にはなるのだろうか?
いやいや、せめてお給仕自体が出来るのだろうか?
この点は誰からも文句を言われる訳ではないが、この業界で働く者としてはとても気になるところなのだ。なぜならば、この業界では”お客様=自分に会いに来てくれる”と言う図式が明確に成り立つからである。(因みにお給仕とは接客のことである)
「あ~あ、こんな時はせめてコンビニまでとは言わないけど、照明だけでも明るく迎えて欲しいなあ~モチベーションが下がっちゃうよなぁ~・・・」
一人オープンの日は、全て自分一人の魅力に掛かって来る。複数人であれば、客入りが悪くとも落ち込む心を働く者の人数で割ると言う合理的心を持つことも出来るが、一人ぼっちではそうもいかない。
なので、状況に打ち勝つモチベーションが心の支えとなってくる。
等と以上のように聞いてしまうとクルミにとってこの仕事は辛いもの以外の何物でもないように思えてしまうが、実はそんなことは全く無い。
実はクルミはこの仕事が何より楽しいし、誇りにも思っている。それに、こよなく愛してもいる。
特に毎週行われるイベントが大好きで、その中でも今日行われるイベントは、運悪く集客的な時期としては恵まれなかったものの、イベントとしては最も楽しみにもしていたものなのである。
今のクルミは、きっと不安と期待で収拾が付かない状態と言ったところなのだろう。
クルミこと江利久留実は、某都市の繁華街から少し外れたところにある小さなメイド喫茶で働いている。
このメイド喫茶、特に他のメイド喫茶と比べて特だった部分のあるメイド喫茶ではない。普通のメイド喫茶である。まあ、強いて上げれば、このメイド喫茶には”場末のメイド喫茶”と、ちょっと変わった二つ名が付いていることぐらいだろうか。
とは言っても、なにもそこまで繁華街から外れにある訳ではなかったりする。恐らく遊び心で付けられたのだと思われる。だが、この二つ名のお蔭でこのメイド喫茶が有名になったのも事実であり、それによりクルミもその存在を早くから知ることとなったのも事実である。
お蔭で、予てからメイド喫茶でバイトを希望していたクルミは、専門学校の入学が決まると真っ先に、馴染みのある(名前だけであるが)このメイド喫茶の募集を探し、そして、みごとに希望通りこの”場末のメイド喫茶”に雇ってもらうことに成功したのである。
それから、クルミは学生の間の2年間をずっと働き続け、卒業した後もそのまま働き続けている。今では、今年で3年目の中堅メイドにまでなってしまっている。
最初、クルミは専門学校の卒業後は、正規社員としての就職も考えていた。正社員とメイドの掛け持ちを考えていたのである。
しかし、世間はそれ程甘くないと就活中に知らされてしまった。時間的に可能ではあっても、社則上認められていないのが通常であることを知ったのだ。
ただ、それに対しクルミが落ち込むことは皆無で、決断は早かった。クルミはそれを知るとあっさりと就職を断念し、メイドの道を進むことをいとをいとも簡単に優先させたのである。
クルミにとっては、メイドに勝る選択肢は無かったのだ。
そんな愛して止まないメイドだから、クルミにとってメイドと言ういわば仮の姿は、単に生活の為の収入減に止まらず、今や彼女にとっての精神面の拠り所となってしまっているのである。おかげですっかりメイド依存症に陥ってしまっている。僅か2~3日シフトから外れるだけでも寂しくて堪らなくなってしまい、ついお客として来店してしまういくらいなのである。
毎月客足の落ちるこの時期であっても、例えスクール水着や、バニーガールDAYという過酷な衣装のイベントであっても、彼女にとって”否”と言う文字は有り得ないのである。
クルミがそこまで思いを寄せているこのメイドと言う仕事、彼女がその存在に興味を抱いたのは、まだ小学校に上がる前の小さな頃に遡る。
その頃の想い出を彼女はそれ程記憶にある分けではないのだが、メイドに関する想い出と、その想いだけは今でもクルミの記憶に鮮明に残っている。
それだけ印象的でもあり、衝撃的でもあったと言えるだろう。
でも、クルミはその想い出を誰かに語ったことは無い。それは特に理由はないのだけれど、何故か何となく誰にも話してはいけない気がしているからなのである。
クルミにとっては、自身だけの出来事として、いつでもクルミの心の直ぐ取り出せるところに保管していることだけで良い想い出なのだ。
クルミは、ただ想い出と関係のある出来事がこのメイド喫茶で起こる度に、密かに心を熱くするのである。
そして、今日はその想い出と深く関係のある”ねこ耳の日”と言うイベントの日である。”ねこ耳の日”はこのメイド喫茶では、意外にも初のイベントである。
だから今日のクルミは、自然オープン時間が近づくにつれ集客の不安はあるものの、イベントへの期待で実は心は熱い。
何度も幼い頃のことを思い出しては、ずっと楽しみにしていたのだ。
あの時の祖父のことを思い出して。
きっとこの姿が祖父に届くと信じて・・・。
さて、オープン時間までは後10分少々となった。
待ちに待ったイベント”ねこ耳の日”がいよいよ始まる。
生活の為、掛け持ちでバイトをしているクルミだが、このメイド喫茶には週に4~5日は出勤している。3年目ともなれば、既にベテランの領域だ。一人での開店準備など手慣れたものである。
既に全ての作業を手際よく終えたクルミは、本日肝心のねこ耳も既に頭の上にひょっこりと生やしている。ついでに尻尾も。本当は、ネコひげも準備はしていたのだけれど、それは以前オーナーから止められているので、今はポケットの中に待機中だ。きっと待機のまま終わるのであろうが・・・。
クルミは不安と期待を落ち着かせる為に一休みすると、いつもの様にある筈の無いおへそのメイドスイッチを「スイッチON」とばかりに中指で押した。
それを彼女は、心を切り替えるメイドスイッチと自身で思い込んでいる。そして、彼女は
「いらっしゃいませ、ご主人様」
いつもの様にオクターブ高い声で発声練習を一回。スイッチの切り替え具合を確認する。
「今日も快調《か~いちょ》!」
右手の拳を胸の前で握りガッツポーズ、そして、大きく頷き自画自賛。後は、扉の鍵を開け、入り口の扉にOPENの看板を設置すればいつものルーチンワークが一通り終了する。メイドクルミの完成だ。
だがその時であった。
その完成を待たずに、まだ鍵が掛かっている扉のノブをガチャガチャと回そうとする音が聞こえて来たのだ。
ビビるクルミは一歩後ずさりをする。
続けて、クルミに追い打ちをかける様に扉が開かないと分かると、ノックをする音が店内に響いて来る。
クルミはもう一歩後ずさってしまう。
ノックが止むと、再び扉のノブをガチャガチャと回そうとする音が聞こえて来る。
予期せぬ連続技攻撃に、更に続けて2歩3歩と後ずさるクルミ。ついに狭い室内の壁に貼り付き状態となってしまう。さっきまで熱かった心は、一転冷や汗で冷却されてしまっている。
「ど、どうしよう・・・」
”不測の事態”に、せっかく落ち着かせたクルミの心臓はバコバコ状態。
更にそこに年配男性の声が聞こえて来た。
万事休す!一瞬、心臓が口から飛び出すってのはこう言う時のことを言うのかと思うほど驚く。
が、
「え~、すみません、開店はまだだったでしょうか」
聞こえて来た声はいかにも優しそうで、しかもご丁寧な言葉使いで拍子抜け。
「あれれ?」
クルミの行ってしまった心の振り子は、振り切れる前に戻って来た。
どうやら不測の事態は解除されさそうである。
しかし、メイド歴3年にして初めてのこの事態。情けないがこんな時の対応は経験がない。
とは言っても、ここに居るのは今は自分一人だけである。
ここは己の力量が試される時なのだ!
クルミは大きく深呼吸を一つ。そして、自分に言い聞かせる。
「気持ちは、気持ちの持ちようでどうとでも変わる。自分を騙せ、演じろ!」
ごく当たり前のことなのだが、大好きであった祖父から教えてもらったことだから、彼女がそれを唱えるとそれなりに効果はある。
クルミは「そうだ」とばかりに、時計を確認。
「なんだ3分前じゃん。
まあ、いっか3分間違ったことにすれば・・・」
実は大したことないことに気付くクルミ。更によく考えるとこの時期の集客としては幸先が良いことでもある。時間に真面目なクルミであったが、ここは臨機応変。
「はい、い~ま開っけま~す」
オクターブ高いメイド口調でクルミはノックに応える。その声は先ほどの発生と寸分と違わない。まだ動悸は激しいが緊張は隠せている。
クルミは一息ついて扉を開けた。
すると、そこに立っていたのはスーツ姿の還暦少し前くらいの男性であった。
見たことのない人である。恐らく初めての来店に違いない。でも、申し訳無さそうな表情が優しそうで何か親しみを持てる。クルミはこのタイプなら主導権が握れると確信!安心して店内へと招きいれる。
「お帰りなさいませご主人様」
クルミは店内に入って来たお客様に会心の笑みを見せる。
「・・・ひっ?!」
クルミのその言葉に男性はちょっと驚き、更に店内を見回す。そして、そのパステル調の作りに恥ずかしそうな仕草で目を躍らせる。
ここでクルミは今日2度目の不測の事態に黄色信号を点滅させてしまうに至る。
クルミの脳裏に以下のことが過ったからだ。
このご主人様は、多分メイド喫茶の存在を知らないに違いない!と。
開店時間が他の店より早いことだけで来てしまったに違いない!と。
初めてこのメイド喫茶と言う存在に迷子になった場合、特に年配男性の取る行動のパターンは”否定”の二文字。
経験上、帰るパターンが8割強で圧倒的。押しに負けて入るのは僅か2割に満たない。
しかし、集客に難のあるこの時期、安易に返しては、メイド歴3年目のクルミの名が廃ると言うモノ。更に今日はねこ耳の日なのだ。安易に帰す訳にはいかない。今日は盛り上げなければならない!
大丈夫!江利久留実からクルミへの変身後は、自分でも驚くくらいに機転が利く。ここは、絶対に強引に座らせてしまう一手だ。クルミは自身に言い聞かせる。
OPENの看板を素早く扉に掛けると、クルミはすかさず扉を強引に閉め、男性を店内に軟禁。
そして、自然な流れを心掛け、あたかもあなたは席に座るのが当然と言う雰囲気を瞬時に作り出す。ここで、軟禁から任意へ移行。となっているはず。
更に男性の背中を右手で塞ぎ、左手で椅子を引く。草食系のお客であれば怒ることはまず皆無だ。
「こちらにお座り下さいませ」
満面の笑みのその一言で男性は、考える間もなくカウンターの真ん中の席に座らせられてしまう。
これで、クルミの小作戦は成功!
男性は周囲に目を泳がせながらクルミに目を向ける。
「初めてでよく分からないのですが、私なんかが来ても良かったのでしょうか?」
男性は相変わらずご丁寧な言葉で尋ねて来た。
「もちろんでございます」
1回の行程で2度頷く。
「私のような者もこちらのお店に来られることはあるのですか」
「はい、もちろんでございます。様々な方がいらっしゃいます。
私たちメイドはいつでもご主人様のお帰りをお持ちしております・・・と言っても、オープンの時間だけではありますが」
クルミの言葉がユニークだったのか、男性は緊張を解き笑顔を見せてくれた。
その笑顔にクルミは初めて会ったとは思えない、そんな感じを受けた。懐かしく感じる。
「あの~、一つお聞きしても宜しいでしょうか」
男性が訪ねて来た。
「何んでございましょうか?」
質問があるのは、互いが打ち解ける前兆である。クルミは内心ガッツポーズをする「よし、いいぞ」。
「”お帰りなさいませご主人様”とは、どう言うことでしょうか」
どうも男性はそこに疑問を持ったらしい。この若干閉鎖的なこの世界を知らない年配の一般男性にとっては当然のことである。
しかし、クルミの3年弱のメイド歴でこんな質問をされたのは初めてである。今日一日で起こった3度目の不測の事態だ。ガッツポーズも萎えかける。
だが心配はいらない。もう、すっかり江利久留実からメイドクルミに変身し終えている。こうなるとクルミ自分でも驚くくらいに機転が利く。
「え~と、”お帰りなさいませご主人様”と言うのは、”いらっしゃいませお客様”と同じなのです」
説明で納得させるのが難しいと判断したクルミは、強引に納得させようと咄嗟に通常の日本語に訳してみせた。
自信を持って言ってはみたものの、男性の眉間に皺が寄り始め、何か考えている模様。二人の間に何とも言えない風が吹き抜ける。
一転、分かってもらえたかと心配になるクルミ。男性の顔を覗き込む。
このままでは、メイド喫茶について一から説明しなければならない。これは、人によってはかなり面倒である。
少しの間、笑顔と思考顔のぶつかり合い。
そして少しの間があり、何をどう理解したのか
「なるほど、そう言うことですか」
閃いた様に嬉しそうに両手を打つ男性。年配にも関わらず意外と物分りの男性にクルミはホッとする。
いい調子だ!
「で~は、システムのご説明をさせて頂きますね。まず、今日は”ねこ耳の日”になっておりますので、ここからはネコ語で話しますけど、お気になさらないようにお願いします。あと、メニューとご料金ですが・・・・・・」
一通り説明した後で、男性はミルクココアを注文。この店では、男性がパフェやアイスココアを注文することも珍しくはないのだが、クルミは少し心に沁みるものを感じたのである。
このミルクココアはクルミにとって思い入れのある飲み物なのである。
「ご注文ありがとうございまぁ~すニャン」
「なるほど!それがネコ語ってことですね」
妙に感心する男性。
「ニャン!」
ニッコリ微笑み大きな声で返事をすると、クルミは得意なのミルクココアを手際よく淹れて男性に出す。
ミルクココアはクルミにとって自信の一品である。が、この業界に不慣れなお客様だ。いつもと違う感覚にクルミは不安になる。
砂糖はいれ過ぎだっただろうか?とばかりに、再び男性の顔を覗き込む。
すると、ココアを一口含んで顔を上げた男性と近い位置で目が合ってしまった。
クルミは、つい前のめりになり過ぎてしまっていた姿勢を正し、この雰囲気を誤魔化そうと、胸から頭の先までを笑顔で固めようと頑張るクルミ。
でも、ちょっと気まずい空気・・・恥ずかしい。
だが、どうやら気まずく思ったのはクルミだけだったみたいで、男性は楽しそうに笑いだした。
「近くで見ると猫の耳が、ホントに似合っていて可愛らしいですね・・・。ああ、もちろんココアも美味しいです」
「ホントですかニャ、ありがとうございまぁ~すニャッオーン」
思わぬ言葉で、嬉しいところを突かれたクルミの声は裏返る。
ねこ耳を褒められた。嬉しい。そして、自身の一品も褒められた。嬉しい。
大好きな二つ。
思い入れのある二つ。
まだ、小さかった頃の思い出の二つ。
クルミは、見た目は自分の記憶とは違うけど、目の前の男性に何処と無く祖父に通じるものを感じていた。優しそうなところと、あの時の祖父と年齢が同じくらいなだけなのだが。
「お孫さんはいらっしゃすのですかニャニャ?」
クルミは、そう思うとつい気になって聞いてしまった。男性が少し考える様子を見せたので、クルミは聞いてしまってから、失礼だったかと後悔してしまう。
しかし、後悔も思い過ごしだったようだ。男性には実際に孫がいた様で、嬉しそうに話し出した。
「小学1年生になる孫がいるんでよ。女の子なんですがね、このミルクココアが凄く好きなんです・・・。 その孫のことなんですが、相談に乗ってもらっても宜しいですか?」
実は男性も、若いクルミに聞いてみたいことがあった。
「何でしょうかニャン」
可愛く小首を傾げるクルミ。
「来月6才の誕生日なのですけど、プレゼントには何がいいと思いますか?」
「まあ、お誕生日ですか、おめでとうございます。プレゼントですか~?
ん~そうですね~・・・」
クルミはネコ語を忘れ真剣に考えだす。すると、直ぐに心の片隅から一つの記憶が言葉となって飛びだした。
「自転車なんかはどうでしょうか!」
それは遠い昔の、けれど決して忘れることは出来ない想い出の一つに深く関係する。
とても衝撃的で、当時は辛かったのだけど、今となっては良い想い出となったあの日のこと。
”ねこ耳”と”ミルクココア”と、もう一つの思い入れのあるものだ。
「ああ、自転車ですか・・・それは、いいかもしれませんね」
男性に肯定をされて、名案だったとばかりに満面の笑みを浮かべるクルミ。
「私も小学校1年生の時に祖父から自転車をプレゼントしてもらったんですニャン」
ふと想い出を口走る。
「嬉しかったんですね?」
「ニャン」
クルミは幼い子供のように頷くと、何故か今まで話すことを躊躇っていた祖父とのメイド喫茶の想い出を聞いて欲しくなってしまう衝動に駆られる。そう思った瞬間、
「あの~私がまだ幼稚園の頃の話なんですけど・・・・」
心は言葉となって動き出していたのであった。
<つづく>
6話くらいで完結予定