その女、傍観者につき
『その彼女、心配性につき』の間の話。
昨日、なんとも言えないメールが友人の千夏から届いた。
『椿ちゃん!付き合うことになったよ!』
その一文が件名に書かれた空メール…うん、良かったね。
件名:おめでとう
『良かったじゃん。
今は興奮してるみたいだし、今日はよく眠ってまた明日話聞かせてよ』
それだけを書いて返信を送っておく。淡白と言われるかもしれないが、結局は直接話を聞かないとよくわからないだろうし、その時は眠かったので仕方なかったのだ。
友人のタイプ的にこの程度で目くじら立てるような人ではないし、今頃何を話そうかとか愛しの彼のこととか考えて悶々としているのだろう。
それがわかっていたのだから、予想くらいは立てておくべきだったと今は思っている。
「それでね、高校生だから大したことは出来ないけどそれでもいいならって。」
「なんか彼奴らしいね」
「だよね!」
キャピキャピ(死語)と恋する乙女オーラを発する千夏を前にして、現在私はそのテンションの高さにかなりげんなりとしていた。
普段は絵にかいたような文学少女然とした千花をよく知る私にとって、こんなに喋る彼女は珍しく勝手がわからない。いつもは私が話題を提供して話し手に回ることの方が多いため、ほとんど話せないのは…なんだろう、しんどい?とかそんな感じ。
『在校生のみなさん、こんにちは。お昼の放送を始めます』
そうやって、表情に出ないようにと取り繕っていると元凶から救いの手が差しのべられた。よくやった保坂!
千夏は先程までの喋りが嘘のように静かになりスピーカーから流れる声にそっと耳を傾けている。なんか、しつけされた犬のようだな。
その後、昼の放送が終わると興奮が治まったのかいつもの様子に戻っていて、ご機嫌ではあったけれどいつも通りの千夏だった。ハイテンションに付き合うのは大変だが、友人が幸せなのは素直に嬉しかったので、その時はこれでいいかと一人納得していた。
とはいえ、その時の話はあくまでもその時の話である。
「ねえ、保坂。ちょっと時間ある?」
あの気の抜けるようなメールから一週間、つまりは千夏とこいつ――保坂が付き合ってから一週間。千夏の元気が無くなってきた。
理由は単純であの日以降進展がないというのだ。
目の前の男は率先して気配りができるタイプではないし、悪いやつではないのだが女の心の機敏になぞ到底気づくような人間ではないので、ある意味当然の帰結であった。
「あんた、最近忙しかったりするの?」
「いや特には」
真面目な顔で首を降り、そう言う保坂を見てあらためて確信した。千夏、あんたの不安通りだよ。こいつなんも考えてねぇ。
「そうなの?千夏と付き合ったって聞いたからてっきり…」
「…あぁ、彼女から聞いたのか」
デートでもしてるんじゃない?それとも用事があって無理だっただけで行けてないだけ?あの子寂しがってたわよ?
という言葉を暗に隠して告げたのだが、そんな言葉の裏どころかどうでもいい部分を勝手に理解して納得している。ちょっと殺意が沸いた。
「…うん、お昼の時に聞いたのよ」
「そうか」
「あんたさ、千夏にメールの一つでも送ったりしたの?」
この唐変木に理解させるには少し強硬手段にでた方がいいと判断したので、かなり直球寄りの球を投げてみる。
「夜は迷惑かと思ってしてないな」
「いや、なんでよ?」
「夜は色々とやることがあるし、それにメールしていて寝る時間が遅くなったり作業が滞ったりしたら悪いし、何より俺が嫌だからさ」
自分の嫌なことは他人にはしない。と言っている馬鹿を目の前に、私は頭を抱えたくなった。というか抱えた。
それは一定の距離のある相手にやることで、罷り間違っても恋人相手にするには塩対応過ぎるとか、喉まで出かかった言葉を飲み下して消化を計る。
「なら、デートは行ったりしないの?」
「特に今は行きたいところもないしなぁ。彼女が行きたいところがあれば行くのは吝かではないんだが、それを伝えた方がいいのかわからなくて」
言わなくて正解だよ!
馬鹿の言葉を聞いて、せっかく飲み込んだ言葉達が消化不良を起こし始める。なんなんだこいつ。変わってるとは思っていたけどほんとに変なやつだな。誰だよこんな奴を好きになる馬鹿は?…あぁ、千夏かそうか、そうでした。
予想外の返しと常識の相違から私が絶句していると、読めもしない場の空気を読んだのか保坂が口を開いた。
「もしかして、心配してくれてるのか?てことは川島が何か言ってたのか?」
あ、ヤバい。
咄嗟にそう思ったが、顔に出ないように意識してしらを切ることにする。
「んー、まぁ心配ではあるかな。千夏って基本は奥手だしあんたはこんなのだしね」
「こんなの…」
「正直上手くいってるのかなーって思って。だってあんた恋愛経験なんて皆無でしょ?」
嘘をついたり話題をそらしたりする時のコツは嘘を一切言わないこと。今回は心配の矛先を保坂に向けたのだが、上手くいったようだというのが反応から見てとれる。
「やはり彼氏彼女の関係としては不味いのか?もっとこう…イチャイチャするべきなんだろうか?」
「まずいってことはないけど…一回くらいデート行ってもいいんじゃない?とは思うわね」
なんだ、こいつも顔に出さないだけで色々と考えてはいたみたいだ。それが建設的な方向を向いていなかったとはいえ、千夏一人の空回りではなかったらしい。一安心。
「やはりそうなのか…」
「付き合ってそろそろ一週間でしょ?休みの日にデート行くか、せめて約束くらいはしてていいと思うわね」
「一週間…そんなに経ってたのか」
「あんた、そんなんじゃホワイトデーとか誕生日とか記念日忘れて失敗するわよ?女子って記念日を大事にするもんだし、そうじゃなくてもまめな男はモテるのよ」
あくまで私の意見ではあるが、概ね間違ってはいないと思う。というかこいつは意識しすぎる位でちょうどいいと思うのだ。
「そうか…川島がどこにいるかわかるか?」
「あの子はもう帰ったわよ。火木は図書委員だから明日の木曜日は図書館にいると思うわ。
…少しは相手の事気にしてあげなさいよ。告白されたって言っても愛想尽かされるわよ?」
「そうだな、色々とありがとう。今度飲み物でも奢らせてもらうよ」
そう言って足早にどこかへと向かう背中を見送って溜め込んでいたため息を吐きだした。
ほんとに悪いやつではないのだが、鈍いのはある意味罪だなぁ。となんとも言えない思考を巡らせて私も帰路に着くことにする。
後日、というか次の日の夜にまた不思議なメールが千夏から届くのだが内容については割愛させていただく。
まったく、私はあんまり関わりたくないのだけれど。
まぁ、友達のために一肌脱ぐ位はやりましょうかね。
江藤 椿、高校二年生。
リアリストを自称する、他称『お人好し』。下に妹が居るためか面倒見がよく他人の心の機敏に敏いため苦労性だが、興味の対象以外は比較的どうでもいいので妹ほどはストレスフルな生活はしていない。百合子の姉。
その女、傍観者につき。
次回は『そのメール、添付有りにつき』
また見てね。