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#7「あるクジラ」


 我は、クジラ。

 既に無数の歳月を生きている。

 我が何処から来たのか、それは分からない。

 気がつけば、この大洋を泳いでいた。

 それから我は、ずっと独りでいる。

 巨大な海の中で、様々なものを見てきた。

 時にテキに出会うこともある。

 イルカたちやマグロたちと共に泳ぐこともある。

 仲間たちはーーーずっと昔に、何処かで皆いなくなってしまった。

 それから、様々なことがあった。

 そして今思い出すのはーーーどこまでも走る青年、我を求めた少女。どこまでも潜る娘。

 印象的な、ヒトの姿。

 他にも無数のヒトたちが、我の側を通り過ぎていった。

 その記憶は、今も我の体内に宿っている。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


 今我は、海底に横たわって最期の時を待っている。

 長い時を経て、いつの頃からか体が動かなくなった。

 死とは、そういうものなのだろう。

 自由に泳げなくなった時点で、我が生命は終わりだ。

 今我は、海底で無がやってくるのを待っている。

 ずっと前にもこうしていた様な気がする。

 そうだーーー体は他の生物たちの養分となり、やがて朽ち果て、

 骨は小さなものたちの住処となりーーー

 そしていつか、誰かに発見されて、骨の一部はナイフなどになって。

 ーーー何故だ?

 我は何故、そんなことを知っているのか?

 そんなことを、我はずっと考えている。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


 ーーーー何処かで、声がした。

 ーーー?

 大洋には、我の様なクジラが遠くにいる仲間と会話をする為の帯域が存在する。

 そこを通じて、誰かの声が聞こえてくる。

 だが、もうこのホシには仲間はいない筈ーーーー

 ヒトや文明もとうに去った、この辺境のホシ。

 我が出会った彼らは、何処から来て、何処へ行ったのだろうか。

 彼らは、我が守るべきモノタチだった。我はそれを何故か、知っていた。

 だがもはや、我の体は動かなかった。


 とにかく、今はその声の主に会いたいものだがーーーー

 動けない我は、意識を大洋の方へと向けた。

 そこにはーーー誰かが、何かがいる筈!


 我はフワリと浮き上がった。

 いやーーーそれはもう我の意識のみであったのかもしれない。

 だが我は泳ぎだした。

 声の帯域に沿って、遠くへ。深くへ。

 時間はもう感じなかった。

 水の抵抗も、水圧も。

 ただ、我は泳ぎ続けた。


 どれくらい泳いだだろう。

 そこは、上も下もない不思議な空間だった。

 ずっと前に、不思議な少女を助けて大洋の奥深くへ潜ったことがある。

 その時は、我は巨大な海竜に襲われて生き絶えたのではなかったか。

 それでもその少女だけは助けてーーーそれから我はどうしただろう。

 何故今、そんなことを思い出したのか。


 その時、我はまた不思議な声を聞いた。

 近い。

 どこだーーーー。


 キィーーーン!


 突如我の側に、緑色の光が出現した。

 いやーーーそれは我の中からの光だった。

 この光はーーーずっと前に見たことがある。

 我とは違う次元のものだ。

 時に我とはすれ違う。

 我とは違う世界で何かを行なっている存在だったかーーー


 ……!?


 我は、いつの間にか宇宙を泳いでいた。

 周り中を取り囲んでいるのは星空だ。

 そこで、何かが我に問いかけている。

 我が聞いたのは、その声なのか?

 我は耳を澄ませた。


『   』


 言語ではなかった。

 それは、光。

 記憶。

 意思などない、それら無限の集合体。

 優しさも厳しさもない、ただの現象ーーー。



 だが、我は確かに知った。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


 我は、気がつけば巨大な円柱になっていた。

 ヒトはそれを時に『ヒュー』などと呼んだりもする。

 ある世界では、それはあの緑色の光のことでもある様だ。

 今我の中には、無限の記憶が詰まっている。

 我が体験したこと、我が出会ったヒトたちのモノ、そしてーーー

 この世界に属する、全ての者たちのそれ。

 ホシが生まれ、最期を迎えるその時までの、そのホシにあった全ての記憶たち。

 それが我の中で、静かに囁いている。

 我が聞いていたのは、その声たちだった。

 そしてーーーまた一つ、ホシが生まれる。

 小さなホシだ。

 その上には塔が立っていて、不思議な青年とネコが暮らしている。

 彼のことを、我は知っている。


 我は、ずっと存在している。

 この世界の全てを感じながら。

 やがて仲間にもーーー同じ様な円柱たちにも出会うことだろう。

 

 そうして我はただ、漂っている。


     ( 終わり )


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