#6「あるフネ」
ドンッッ!
突如ジリウム鉱石が誘爆を始めた。
「!!」
そんな。
まだ数分ある筈なのにーーー男は焦った。
まだ残って作業をしていたヒトたちが巻き込まれていく。
「ーーーー!」
男は前方を振り返った。
ここから脱出出来るか?
乗り付けたであろうフネはまだ遠くの筈だ。
もう、届かないのか?
その時男は、眼前に広がるモヤモヤと蠢めくモノを見た。
✳︎ ✳︎ ✳︎
24時間前。
とある宇宙輸送船が辺境の星系でロストしていた。
ジャンプ時に不具合があったらしく、通常空間に出るとそこは航路にも乗っていない未開の場所だった。周辺には文明の気配がまるで無かった。
「悪い予感がする」
作業員の一人、ヒゲ面の老人が呟いた。
「………」
男は、それには取り合わずに窓の外を眺めた。
窓の向こうには巨大なジリウム鉱石が詰まったカーゴが十数個並んでいる。これを首都星に届ければ、しばらくは楽が出来るはずだった。
だが今この状況では、無事で帰れるかどうかすら定かではない。
じわりとした不安が、船内を覆い尽くしていた。
「……!?」
その時男は、カーゴの向こうにある小さなホシを見つけた。
男はそれを指差した。
「……ホシだ」
「助かったのか?」
ザワザワと囁きのような声が辺りを包む。
「……」
男は先程の老人が更に眉をしかめたのに気づいたが何も言えなかった。
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すぐにブリッジから指示があって、偵察隊を出すことになった。
ホシに生命反応は無いが、建造物らしきものは確認出来るとのことだった。
男を含め数十人が救急ポッドでホシへと降下していった。
地表に近づくにつれ、その異様さがヒトたちを黙らせていった。
ホシにはゴツゴツとした塔が建っていた。間違いなく人工のものだった。
「悪いことは言わん。近づかん方がええ」
例の老人はやはり物憂げな表情を変えなかったが、作業員たちは特に気にしなかった。
上空からホシを一通り回ったが、塔以外は特に目立つものは無さそうだった。
着陸したポッドから降り、スペーススーツを着た作業員たちは塔へと近づいていった。ホシには空気は無い。重力は0.9G程。近づいていくと塔は小さなホシには不釣り合いな程高く、まるで軌道エレベーターの様だった。
巨大な入り口にはドアはなく、覗き込んだ中には入り組んだ廊下と天井の高い大きな部屋がいくつかあった。それぞれ赤とか青とか原色に色分けされていて、それだけでも確かに人工の何かが作り出したものだと推測出来た。中にはその部屋の大きさには似つかわしくない小さなベッドが一つずつ。まるでつい最近まで誰かが暮らしていたかの様だった。近場にはトイレスペースやシャワースペースなどもあった。部屋のサイズを除けば、ヒトサイズの生命体が暮らしていたのだと思われた。
「じゃが不自然じゃ…」
老人は顔を歪めて首を振ったが、誰も聞くものはいなかった。
男は他の作業員たちと上へと向かう巨大な螺旋状の廊下を進んでいった。
両側にはドアが無数に続いていた。作業員たちはドアを次々に開けていった。その多くは空だったが、時々木片や古びた骨で出来たナイフなどが落ちていた。
「……?」
男は骨のナイフを拾い上げた。何の骨なのかは分からないが、かなり古いモノだった。
かつては誰かの物だったのだろうか。
いや、その前に何故こんなモノがここにあるのか?
「いやああ!」
「!?」
叫び声に男はハッと顔を上げた。
「何だ」
「どうした!」
駆け寄って行く作業員たちの視線の先には、あるドア前でへたり込んで怯えている一人の中年の女性作業員の姿があった。
男は遅れて近づいて行って、作業員たちの肩越しに覗き込んだ。
「……?」
話を聞いてみると、この部屋に入ると死んだ夫がいた、という。
「……まさかな」
「夢でも見たんじゃろう」
一同は信じようとしなかった。
例の老人がまた小さくため息をついた。
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だが異変は続いた。
不思議なことに、部屋の中に入っている時に扉が閉まると、再び開けた時には中のヒトは消えてしまうことが分かった。何故そうなるのかは分からない。何処かに飛ばされるのか、それとも存在自体が消されてしまうのか。
そして、もう会う筈のないヒトやモノを見た、もしくは触ったというヒトが続出した。
作業員たちは酷く怯え、そして徐々にその数は減っていった。
「何だ……ここは」
「まずいぞ……」
ヒトたちはやがて我先に逃げだそうとしたが、螺旋状の廊下はいくら下がっても一階には着かなかった。永遠に廊下が続いていた。
「どうなってるんだ……?」
「俺たちは、何処に迷い込んだ……?」
ヒト達は皆狼狽えていた。
通信も不安定だった。一応S0Sは送れたものの、フネがすぐにやってくるとは思えなかった。
「どうやら、ここら辺りが死に場所かの」
ヒゲの老人は座り込んで淡々と言った。
「………」
男は思った。
こうして見ている限り、ここはヒトの記憶や影の部分に何かしら作用する様な場所ではないだろうか。だとしたら自分は?親も家族もいない、希望や欲求ももはや無くなった自分はーーー?
男は座り込んでいるヒゲの老人を見た。このヒトも、自分と立場は違うが何処か人生を達観しているーー執着や後悔などとは無縁の様に見える。この場所で、そういう存在は一体どうなるのだろうか。
「………」
男は考えるのを止め、どんどん近場の扉を開けていった。中にさえ入らなければ、何とかなるかもしれない。もし通信機や酸素ボンベなど、使えるものが見つかれば、あるいはーーー。
「うぁあああ!」
また別の叫び声がした。
見ると、扉を開けたクルーの前に、部屋の中からモヤモヤとしたドス黒い煙の様なウミウシの様な異様な何かが現れ出ていた。
そいつは何かの音を発していた。
『ヒューーー……』
「な……」
「何だありゃ」
「!!」
そのモヤモヤとした何かは怯えて動けないでいるクルーの一人を飲み込んでいった。
その体はモヤモヤの中でしばらくバタバタとした後、力なく崩れ落ちた。
「う……」
「逃げろ!」
作業員たちは散り散りになっていった。
男は上方に逃げざるを得なかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
その不思議なモヤモヤは二手に分かれ、上と下へと這い寄ってきた。
『ヒュー……』
妙な音を発するそれに飲み込まれたヒトは、生命活動を停止していった。
まるでヒトの邪悪な部分が形になった様だ。男はそう思わざるを得なかった。
いやーーー本当にそうなのかもしれない。この場所でなら、それはありうる。
ヒトの記憶や内面を取り込んで何らかのアクションを起こすと思われるこの場所なら。
「くそ…」
銃を撃つヒトもいたが、弾丸は全てすり抜けていった。
皆逃げるしかなかった。いつまで続くか分からない螺旋の廊下を。
気が触れて扉を開け、扉を閉めてしまうヒトもいた。勿論その姿は二度と目にすることは無かった。
「…待て!」
通信員が耳の方に手をやって叫んだ。
「どうした」
「シッ」
「………」
一同はジリジリとしながら答えを待った。モヤモヤは着々と近づいてくる。
「フネが、乗り付けるらしい!」
「本当か!」
「だが、ここからどうやって出る?」
「……」
一同は黙りこくった。
その時男は見つけた。開けた扉の中に、運良くジリウム鉱石がある。
男はドアを叩いて同僚たちを呼んだ。
「……それは?」
「ジリウムじゃ!」
「…爆破させるか?」
「信管ならあるぞ」
「急げ!」
その時、塔が揺れた。
「!!」
「何じゃ?!」
揺れただけではなかった。作業員たちはエレベーターの様な下への重力を感じた。
「これはーー」
「上がってる?!」
「延びておるのか!?」
そうとしか考えられなかった。
自分たちの入る塔が、形を変えている?
一体、何が起こっているのだ??
「何?本当か?」
通信員がまた何か聞いた様だった。
「どうした!?」
「分からんーーーだがフネからは、塔が横にも広がっててホシを飲み込んだと」
「何?」
「どういうことだ」
「だから分からんってーーまるで巨大な円柱だそうだ」
「来たぞ!」
皆ハッと後ろを振り返った。
あのモヤモヤが螺旋状の廊下の向こうから顔を出しつつあった。
「起爆を急げ!」
「後数分!」
「爆破させる時は言えよ、巻きぞえはごめんじゃ」
「おう!」
起爆作業に残った人員以外は武器を持ってモヤモヤの前に出た。
男もその中にいた。
「どうせ、わしらはここから出られはせん…」
例の老人もいつの間にか隣にいた。
「くそ、撃て!」
やみくもな射撃も、モヤモヤには効果が無かった。
いや、ドス黒いその中に赤黒いチリチリとした火花のような煌めきが増えていく。まるでそれは
怒りの炎の様だった。
男はじわりとした恐怖を感じていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
ドンッッ!
突如ジリウム鉱石が誘爆を始めた。
「!!」
そんな。
まだ数分ある筈なのにーーー男は焦った。
まだ残って作業をしていたヒトたちが巻き込まれていく。
「ーーー!」
男は前方を振り返った。
ここから脱出出来るか?
乗り付けたであろうフネはまだ遠くの筈だ。
もう、届かないのか?
その時男は、眼前に広がるモヤモヤと蠢めくモノを見た。
「く!」
男は飛びのいた。
背後で誘爆は続いている。
ジリウムは予想以上に各部屋にあった様だ。
いやーーーむしろこれは何かの意思が、働いているのか?
妙なところへ迷い込んだーーそして邪悪な部分をそれに触れさせた、愚かな自分たちを消去しようと??
ーーーだが!
男はそれに向かって走った。
既に爆発したところ、そこしか安全なところはない様に思えた。そしてそこに脱出口さえあればーーそれは一縷の望みだった。
「!」
走りながら振り返ったが、座り込んだヒゲの老人は哀しく笑んだだけだった。その姿は直後にモヤモヤに包まれて消えた。
「!!」
男は走った。
ドアごと壊れた部屋の一つを覗くと、その向こうは宇宙空間に見えた。
しめた!
だがよく見るとその宇宙は妙に波打っていた。
ーーどうなっている?
「………?」
男はドアが突然閉まらない様気をつけて部屋に入った。
各所にヒビが入り焼け焦げている中、宇宙空間が見えている側に寄った。
そこは窓ではなくーーー液体の壁の様なものが存在していた。
「……?」
だが、背後には例のモヤモヤが迫っていた。
迷っている暇は無い。
男はその液体の壁へと身を投げた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「ーーーーーー!!!」
男はその時、無数の光に触れた様な気がした。
その一つ一つはーーー何処かの世界の、誰かの記憶ーーーだったのか?
ここはそれが集積されている場所だというのか?
我々は、人知を超えたそれに、触れてしまったーーーというのか?
✳︎ ✳︎ ✳︎
「………?」
気がつくと男は、虚空に浮かんでいた。
ぐるりと辺りを見回してみると、そこには巨大な円柱があった。
大きさは数十キロはあるだろうか。
「………?」
男は、先程の通信員の言葉を思い出した。
アレがーー自分たちがいた塔なのか?
それが大きくなって、あの小さなホシをも飲み込んでーー?
そうだーーフネは、どうした?
男は目を凝らしてみた。
巨大なゴツゴツとした円柱の隅に、既にそれと同化している塊があった。
だがそれこそが、自分たちがジリウムを積んで本星へと帰ろうとしていたあの輸送船だと、男は何故か分かっていた。
「…………」
男は淡々とそれらを眺めていた。
一通り通信やスキャンは試して、既に生き残っている人員は自分一人であることは分かっていた。
近くに他のフネもいない。
いずれ酸素も尽きるだろう。
もう、どうしようもない。
男は力を抜いた。
それにしても、この円柱は、一体何なのだろう。
何処かの文明が作ったのだろうか。
それともーーー。
とにかく、自分たちは触れてはいけないものに触れてしまったのだ。
男はスーツに付いている端末に、今回起きた顛末を書き記した。
そしてそれを虚空に向けて発信した。
いつか、誰かがそのデータを見つけるかもしれない。
見つけなかったとしてもーーーそれは仕方がない。
男は虚空に漂っていた。
自分は、やれるだけやれただろうか。
分からない。
だが待っているものもいない、口もきけない自分には、もう心残りなどーーーー。
男は目を閉じた。
もうやるべきことは無かった。
やがて、男は気を失った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
男は知らない。
その送ったデータが、いずれ何処かへ届くのだということを。
そしてあの無数の光が、そしてこの円柱がーーーやがて『ヒュー』と呼ばれ、自身の報告によって「『ヒュー』が一つの世界を滅ぼした」という誤った伝説が生まれてしまうということを。