#4「あるキッズ」
「待て!」
怒号が背中から追いかけてくる。
俺は全速で走っていた。
ムラの裏通りを抜け、タキの方へと走っていく。
盗んだ食料を預けた仲間たちは無事モリの中へ逃げ込んだ様だ。
俺もあと少し。
ムラの数人はまだ追いかけてくる。
たかが果物数個に大層なことだ。
「フッ!」
俺は跳躍し、側の生垣を蹴ってその向こう側へ身を翻した。
開けたその先はタキだ。
俺は迷わず走り、そのままの勢いでタキへと身を投げた。
いつもこの瞬間は一か八かだが何処か心地良い。
「あーーーちっ」
「くそ!」
追いかけてきた数人の舌打ちを背後に感じながら俺は宙を舞う。
やがて水面が迫ってきてーー俺の体を冷たい水が包む。まだ春先で、行水にはまだ早い。
「………?」
だが俺は、少し奇妙な気分だった。
それはーーータキを落ちている途中に、何か見えた様な気がしたからだ。
「……プハッ」
タキの上からは見えない場所まで移動してから、俺は水面に顔を出した。
「………」
見上げた数十メートルのタキは、いつもの様にもうもうと水煙を上げている。
さっき見えたのは、一体何だったのだろう。
……ズキッ。
「う……?」
左手の甲が痛んで思わず目をやった。
そこに張り付いている透明な端末が、鈍く光を発していた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
その生体端末は、最近ムラで普及し始めているものだった。
左手甲に貼る透明なシール状のもので、ネット端末としても認証端末としても使える。肌
から取り込んだ生体微電流で動くのでハードのモニターの様に電力を使う必要もない。貧乏
極まりないこのムラでは至極重宝するものだった。
とはいえ、俺たちの様な孤児には分不相応な代物だ。
俺がこれを手に入れたのはこの間、ムラの商店街で盗みを働いた時だ。
ヘマをして捕まったところを助けてくれた奇特な老女がくれた。10枚程貰ったので仲間
と分けたが……今は少し痛む。不良品だったのか?
と、その端末が震え、脳に向けて僅かな信号が来た。端末間通信の呼び出しだった。
まだ少し慣れていないのだが…俺は端末に触れて受話の操作をした。
「何だ?」
”ランプ?どこ?”
端末に耳をつけると、内耳の奥で声が響いた。これがこの端末での通話だ。と言ってもこ
ちらの声は流石に発音しないと向こうには届かない。
端末の向こうで俺の名を呼ぶのはファイの声だった。
「……いつもの焚き火のとこだよ」
モリの奥の少し開けたところで、俺たち十数人の孤児たちは野宿をしている。誰か一人は
焚き火を絶やさない様起きていることになっていて、今日は俺の番だった。
「大丈夫なの、タキに落ちたばかりなのに」
後ろから声をかけられて振り向くと、少女ファイが近づいてきていた。
孤児の中では俺と同じ位の年齢で、チビたちの面倒をよく見てくれている。
大して面白いことも無いこの日常では、彼女との時間は俺には大切なものだ。
「うん……ファイ、ごめんな、今日は果物少なくて」
「ううん…いつもありがとう」
俺たちは焚き火の前でしばらく黙った。
俺は俯いたファイの瞳を見つめた。
彼女の旧オリエンタルの黒髪が少しかかった黒い瞳は、吸い込まれそうに深かった。
その時、ファイが口を開いた。
「いつまで続くのかな……こんな生活」
「え?」
「私たちには、未来が無い気がする」
「………」
俺は再び黙った。
そんなことは分かっている。
このホシ自体が首都星からは見放されたところだし、その中でもこのムラは辺境の片隅だ。
そこですら生きていくのに汲々としている俺たちが、この先どうして生きていくのかなど
考えている余裕は無い。
それでも、俺はファイだけは何とか最後まで守りたいと思っていた。
ファイだけと言うと語弊があるがーー勿論、仲間やチビたちも大事ではある。
それでもファイは、俺にとっては特別だった。
理由はよく分からない。いつの間にか気づけばばそうなっていた。
「ランプ」
「…何だよ」
「あのタキには、近づかないで」
「………?」
見ると、ファイは真剣な顔で俺を見ていた。
「あそこではもう、何人も死んでる」
「………」
勿論一歩間違えれば死ぬのは分かっている。
だが今の所追手を撒くのには至極重宝しているのも事実だった。
「……気をつけるよ」
俺はそう言った。
それ以上ファイを悲しませたくなかったからだ。
「ランプーーー私を置いて、何処かへ行かないでよ」
ファイは思い詰めた表情でそう言った。
「………」
俺はそれ以上言葉は発さずに頷いてみせた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
次の日、俺はタキの上に来ていた。
「………」
覗き込むと、クラクラする様な高さから膨大な水量が落ちては砕けていくのが見えた。
相変わらず左手甲の端末は鈍い痛みを伴っている。
俺は昨日このタキを落ちている時に見た様な気がした、不思議な映像を思い浮かべていた。
それはボンヤリとはしていたが、俺の様な少年の姿だったと思う。繋いだ手を引いていた
ので側に誰かいたのかもしれない。
落ちていく水流の中に浮かんだ、微かなビジョン。
あれは一体、何だったのだろう。
「ランプ、行くぞ」
後ろから仲間に声をかけられて、俺は後ろ髪を引かれつつムラへと向かった。
モリの果物や山菜だけでは生きてはいけない。また食料や備品をクスねなければーー。
その日の盗みは割と上手く行った。
仲間と示し合わせて、左手甲の端末をもっと有効活用することにしたのだ。
地図情報から盗みやすく逃げやすい箇所の選定、見張り役との連絡や警備状況の把握。
左手甲の透明なシール状の端末の上に浮かぶ小さなモニターは、それなりに効果を発揮し
ていた。
「OK、逃げるぞ!」
俺たちは夜の闇の中、荷を落とさないように気をつけて走った。
「待て!」
「今日こそ許さねえぞ」
予想通り追っ手がかかった。
”散開!モリで落ち合おう!”
端末越しに伝え合い、俺たちは四方に逃げた。
俺はやはりというか、あのタキ方面へと走っていた。
「くっ!」
俺にはまだ一人追っ手が付いてきていた。
見たところ屈強な大人だ。まだ小柄な俺が相手にするには少々荷が重い。
ダメかーーーならば!
タキしかない。
チラリ、とファイの顔が浮かんだが仕方なかった。
俺は全速で走って行って、迷わずタキから飛んだ。
「………!」
追っ手は流石に飛び込んではこなかった。
俺は落ちていきながら、側の水流の方へそっと目をやった。
また何か、見えるかと思ったからだ。
「………?」
暗闇の中で、何かがドス黒く光った様な気がした。
ズキッ。
「!」
左手甲の端末が急に痛んで、俺は思わず手にしていた食料を手放してしまった。
「あっ!」
しまった、と思った瞬間だった。
端末が見たこともない澄んだ緑色の光を発した。
「!!」
✳︎ ✳︎ ✳︎
気がつくと、俺は森の中にいた。
目の前には涙ぐんだファイや仲間たちが俺を取り囲んでいた。
「良かった、気がついた……」
「死んじまったのかと思ったぜ」
「う……俺は……」
「タキの下のモリに倒れてたんだ」
自分でタキ壺から上がったのだろうか?
全く覚えがなかった。
「う……」
俺の体は全く言うことを聞かなかった。
左手甲の端末はズキズキと痛む。
「ああ……ごめんなーー食料」
「ううんーーランプ、だからタキに行っちゃダメだって言ったじゃない」
ファイはボロボロと涙をこぼしていた。
「ゴメン…ゴメンよ」
俺はファイの頭を撫でようとしたが、手が上がらなかった。
胸が痛んだ。
大事な彼女を、こんなに泣かせるなんて。
「ファイ…これ、もう剥がしてくれないか」
俺は目で左手甲を指し示した。
「……いいの?」
「ああ…」
それは本心だった。
こんなものがあるから、俺はあんな余計なものを見たのだ。
便利ではあるが、ファイをこれだけ泣かせてまで必要なものではない。
「じゃあ…」
ファイは俺の甲に手をかけた。
「………あれ?」
「どうした」
仲間たちも覗き込んで色々やっていたが、どうやらそれは外れない様だった。
本来はシールの様に着脱可能なものの筈だが……これは違うのだろうか。
「見せてくれ…」
仲間が左手を目の前に持ってきてくれた。
見ると端末は鈍く光り、その端は手と一体化しつつある様に見えた。
剥がそうとすると手の皮膚まで付いてくる。
「なんで…」
俺は溜息をついた。
端末を渡してきたあの老婆ーー俺は、あいつに騙されたのだろうか。
「今日はもう、休んで」
ファイは濡れたタオルを額に乗せてくれた。
「ああ……」
俺は目を閉じた。
やがて意識が遠のいていった。
その一瞬、まぶたの裏にあのイメージが蘇った。
そして微かに声がした。
「ここじゃない何処かへ行くなら、私も一緒に」
呟く様に聞こえたそれは、ファイの言葉だったろうか。
✳︎ ✳︎ ✳︎
次の日起きると、仲間の姿が無かった。
まだ少しふらつく体を無理やり起こして、俺はモリの中を探した。
残っていたチビ達以外は皆、ムラに出て行った様だった。
チビの一人が言った。
「おばあさんを探すって言ってたよ」
「……!?」
シールの端末をくれたあの老婆か?
まさか俺の為に?!
俺は左手甲の端末を触った。仲間の位置情報はお互い分かる様に設定してあるはずだ。
まだ痛みはあるがマップ機能はまだ生きていた。
「これはーー?」
その表示は、ムラの反対側の外れにファイを含め皆が集まっていることを示していた。
何故だーーそこに、あの老婆がいるのか?
いやーーーもしかして捕まっている?
俺はチビ達に隠れている様、そしてもし俺たちが戻らなかったらムラに助けを求める様言
い含めてから、ふらつく体にムチ打ってムラへと急いだ。
ムラの外れに着くと、そこに見慣れないテンプルが建っていた。
仲間たちの表示はその中だ。
だが不思議なことにファイの反応だけが無かった。
どういうことだ?
既に夕闇が迫っていた。
辺りに人影は見えない。
「…………」
俺は入り口のドアに手をかけた。鍵はかかっていなかった。
中は薄暗かった。
テンプルはまるでハリボテの様な簡素な造りだった。
俺は警戒しながら中へと進んだ。
端末の仲間たちの表示は、相変わらず奥に留まっている。
”ようやく来たね”
「!!」
突然、脳内に声がして俺は飛び上がった。
振り向くと白衣の男がいて、その拳が目の前に飛んできた。
「…………」
俺は痛みで目を覚ました。
殴られた頬もそうだが、それよりも左手の甲の端末が激しく痛む。
「……?」
うっすらと目を開けた。
俺は何かの台に寝かされていた。
左手甲には何かのスキャナーらしきものが括り付けられていた。
そして驚いたことに俺は体が動かせなかった。
筋弛緩剤でも打たれているかの様に、意識はあるがその指示は肢体には届いていない。
「………」
細めにしか開かない眼で様子を伺うと、周りには些末な端末を動かしている白衣の男とあ
の老婆がいた。
”目覚めたかい”
端末経由の声がした。先程俺に呼びかけたのと同じ声だ。
おそらく俺にシール状の端末をくれた目の前の老婆のものだろう。
そして、彼女の口は全く動いていなかった。こちらへの音声は端末を耳に当てている訳で
はないのに、俺の脳内に響いていた。彼女が扱っているのは俺のよりも上位機種なのだろう
か、それとも俺たちのが機能を制限されていたのかーーーとにかく、完全に脳内同士だけで
の通信が成立していた。
”う…お前は?仲間はどうした”
話せないので仕方なく端末経由で答えた。
”あいつらは大して役に立たなかったよ。お前はどうかな?”
”?!どういうことだ!”
老婆の声は冷たく、俺の脳内に響いた。
”お前は何か、見ただろう”
”?!”
何だーー何を言っているのだ?
まさかあのーータキを落ちる時に見たイメージのことか?
”それを、私に見せろ”
”何をーーグアッ!”
突然俺の左手甲がドス黒い光を放ち、全身に更なる激痛が走った。
”ああああーーーー!”
俺は叫んだが、勿論実際の声は出ていない。
”ぐああああーーーーーー!”
凄まじい激痛に意識が飛びかけた。
何だーーーこいつらは、俺に何をしようとしているのだ?!
”そうだーー見せてみろ”
朧げながら、端末を通しての感覚で分かった。
俺の左手に繋がれているスキャナーを通して、老婆は俺の中の何かを覗こうとしている。
見れば、その老婆の端末も、同じ様なドス黒い光を放っている。
くそーーーふざけるな!!
だが痛みで今にも意識が飛びそうだった。
”ああーーーー!”
どうにか出来ないかーーーどうにか!
俺は激痛の中、意識で端末を操作しようと試みた。
だが端末にも凄まじい負荷がかかっているのだろう、思い通りに操作は出来なかった。
周りのマップデータが少し脳内に流れ込んだだけだった。
”くそーーーくそーーーー!!!”
その時一瞬、何かが見えた。
俺はそれへと意識を集中させた。
脳内へと、断片的なイメージが流れ込んでくる。
”!?!”
それはーーーこのテンプルの隅に打ち捨てられた、仲間の、死体。
”あぁーーーー”
皆左手を切り取られている。
そのシール状の端末が貼られた左手は回収され、何処かへ運ばれようとしている。
俺たちはーーー俺たちは、使い捨てなのか!?
”クーーーーー!”
ファイはーーーファイは!?
俺は霞む意識の中で彼女の姿を探した。
だが、何処にも彼女はいなかった。
この最悪な世界で、俺にとって唯一大事なもの。
彼女はーーーー!?
”ああああああああああああ!!!”
俺は叫んだ。
その時、俺の左手から先程までのドス黒いものとは違う、緑色の澄んだ光がほとばしった。
”何だ、これは!!”
老婆の狼狽えた声が聞こえた。
俺は叫び続けた。
”ああああああああああ!”
✳︎ ✳︎ ✳︎
それは、何の光だったのか。
その瞬間、俺の中に幾多のイメージが流れ込んできた。
それは、タキから落ちた時に見た少年のイメージだけではなかった。
その場にいた数人の恐怖やその背後にあるものも、あの端末を通して俺に入ってきた。
老婆はーーー首都星の科学者だった。
権力闘争に敗れ学会を追われた彼女は、あのシール状の端末を開発してそれを手土産に首
都星へと返り咲こうとしていた。
その目論見は成功しつつあったが、その開発は思わぬ副産物も生んだ。
それは、別世界への扉を開くものでもあったのだ。
端末を通して脳内のある部分と接触した時、ある特定の被験者の意識は一瞬、別世界へと
繋がる。
やがてその研究に老婆は取り憑かれていった。
彼女の息子もその研究に協力していたが、ある日被験者として別世界と繋がった時に彼の
意識は消えた。
彼女は息子の意識はまだ別世界の何処かにあると信じていた。
開発はやがて息子の意識の捜索へと目的が変わり、彼女の実験は異世界への扉を開くこと、
そしてそれが可能なヒトを探すことになっていった。
勿論違法な実験ではあったが、彼女は息子を探すためなら何も厭わなかった。
無数の人命が失われていった。
そのことに彼女も気がついていたが、止めようがなかった。
そして、このムラで。
俺がタキを落ちる際に見ていたのは、あれは確かに別世界だったのだ。
あの瞬間だけ、俺は別世界と繋がっていた。
そしてそれはーーー、あの澄んだ緑色の光がもたらしたものだったのだ。
それを、俺は理解した。
俺と繋がっていた老婆もおそらくそれを知っただろう。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「…………!」
気がつくと、俺はタキの側にいた。
「ク……」
俺は、一体どうしたのだ?
あのテンプルからここへは、どうやって移動したのだ?
いやーーー前にタキから飛んだ時も?!同じ様な事が起きていたというのだろうか?
俺にはやはり何かが、起きている??
「つ……!」
左手甲が痛んだ。
見ると、あのシール状の端末は更に俺の皮膚と一体化して透明な部分はなくなり、まるで
何かの紋章の様になっていた。
「う……?」
いくら爪を立てても、もはやそれは剥がせなかった。
”それの名は『ファントム』だ”
「!?」
振り返ると、ボロボロになった老婆が足を引きずって来ていた。
その凄まじい邪気に、俺は後ずさった。
「く…来るな!」
”お前は、行けるんだろう?”
老婆は鬼気迫る表情で迫ってきた。その左手甲からはドス黒い光が漏れだしている。
”私も、連れて行け!”
俺は逃げようとしたが体が言うことを聞かなかった。
俺の左手の端末はーー『ファントム』とやらは、ずっと鈍い光を放って痛む。
”ファイはーーファイをどうした!”
せめて彼女だけはーーー俺は脳内で叫んだ。
”知らん!とにかく私を、息子のところへ連れて行けーー!”
老婆は俺の首に手をかけ締め上げた。
「ぐ…」
老女とは思えない凄まじい力だった。
「くそ……」
霞む意識の中で、俺は必死に考えていた。
ファイは、どうしたのだろう?
俺は、彼女に何をしてあげられるだろう?
俺はーーー!
”お前など、知らない!!!”
俺は最後の力を振り絞って、タキから飛んだ。
一緒に宙へと踊った老婆は狼狽えて叫んだ。
”!?お前!こんな死に方はイヤだろ!”
俺は叫び返した。
”こんな生き方の方がイヤだ!”
俺達はタキ壺へと落下していた。
俺は足をバタバタさせて、夢中で空を蹴った。
運良く老婆に当たり、彼女は何かを叫びながら落ちていった。
”………?”
おかしい。
俺は思った。
一緒に落ちている筈なのに、老婆の姿は先に落ちて見えなくなった。
そしてーーー俺は確かに落下している感覚はあるが、どれだけ落ちてもタキ壺の水面はや
ってこなかった。
”………”
気がつけば側を流れていたタキの水流も消えていた。
いつの間にか俺は、あの老婆が言う様に、本当に別世界に来てしまったのだろうか。
”………?”
俺は左手の甲を見つめた。
既に俺の手と一体化して紋章のようになってしまったそれは、もう痛みを発してはいない。
その時、そこからさっき見た澄んだ緑色の光が再び溢れ出した。
キィーーーーーーン!
”ああ……!”
その緑色の光は優しく、俺を包んだ。
間違いなく、この光がさっき、俺をテンプルからタキの上へと飛ばして助けてくれたのだ。
それだけは分かった。
理由は分からない。
それと同じ理屈で、俺は別世界へと行けるというのだろうか。
だが本当に、俺に別世界に行く力があるのか?
それは俺の能力なんかじゃなくて、この光がたまたま、俺を選んだだけではないのか?
そう俺は思った。
ならばーーーならば!
”ファイを!”
自然に、俺は叫んでいた。
”ファイを、助けてくれ!”
”お願いだ!”
今の俺には、それしか出来なかった。
それ以外のことは、もうどうでも良かった。
キィーーーーン!
左手の甲の光が少し瞬いた。
俺はそれを、あの光が答えてくれたのだと思った。
”…………”
俺は力を抜いた。
もうーーーもういい。
俺は落下しながら仰向けになった。
上空は星空だった筈だが、今はもう夜なのか昼なのかすら分からない。
俺は目を閉じた。
” ”
”?!”
誰かの声が聞こえた様な気がした。
俺は目を見開いた。
”ーーーーーーーーーー!!”
そこには何も無かった。
いやーーー俺の周りの空間には何も無いが、無数のイメージが浮かんでは消えていき、そ
してその幾つかは俺の中へと飛び込んできた。
”??!!”
最初に感じたそれは恐らく、最初にタキを落ちる時に見たものだ。
それは二人の子供。
ある世界のある道路で、手を繋いで歩いていて車に轢かれた兄妹がいた。
その子は妹を失い、自身も別世界へと消えた。
次の世界で、その子は赤ん坊だった。
また次の世界では、隔絶されたマチで孤児たちの中にいた。
そのまた次はーーーそれは永遠に続いていく。
何だーーー何なのだ??
” ”
また、誰かの声がした。
誰なのかは分からないーーーでも、何となく俺は分かった。
さっき見た彼らはーーーー俺でもある。
そして一緒に事故にあった妹らしき存在はーーーファイだ。
彼女も、何処かの世界に行ったのだ。
今でも彼女は、別世界で生きている。
さっき聞こえた誰かの声は、恐らく別世界にいるファイだったのだろう。
「私を置いて、何処かへ行かないでよ」
「ここじゃない何処かへ行くなら、私も一緒に」
彼女は、俺にそう言っていたのに。
胸がチクリと痛んだ。
ごめんよーーー一緒に行けなくて。
”……………”
俺は、世界の仕組みが少しだけ分かった様な気がした。
俺は漲る様な高揚感の中にいた。
俺は、俺のことはいい。
彼女が何処かで無事であるなら。
俺はこの先どの世界に行っても、何とかして生きているだろう。
そして、彼女を探し続けることだろう。
”ファイ……”
心の中で、小さく呟いた言葉は、虚空へと消えていった。
そうして俺は、何処までも落ちていった。
( 終わり )