表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/36

#36「ある円柱」


 虚空に、巨大な円柱が浮かんでいた。

 ゴツゴツとした岩の塊の様で、長さは数キロもあった。

 円柱は自身では動けず、何かの力によって移動していた。

 元は無数にソラに浮いているものだった。

 かつては群れで動いていたが、やがてその円柱だけは何かのきっかけで朽ち始め、ロストして今は単独だった。


 円柱は、自分が何物なのか知らなかった。

 ただ、自分の中に、無数の記憶が存在していることは朧げながら知っていた。

 元は、ヒトが作ったモノだと思う。

 そこに人智を超えた何かが干渉して、今の形が出来上がった。

 それはとてもとても古い記憶だ。

 そこから、いろんな現象、想い、記憶を集め続けた。

 目的は分からない。

 ただ、集めることが円柱の存在意義だった。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


 円柱は知っている。

 かつて、ソラを翔る巨大なクジラがいたことを。

 巨大なヒーローや、自分を追ってきた光る船体を持つフネや、その中にいた円柱を追い続けたヒトの存在を。

 自分に触れ、消えてしまうことになった多くのヒト達を。

 それらは、全て円柱の中にあった。

 並行した無数の世界の中で、時として円柱はヒトと関わってきた。


 そして円柱は今、不思議な空間に囚われていた。

 きっかけは何だったかーーー虚空に浮かんでいた時に、ドス黒いモヤモヤに取り込まれた様な気がする。

 その後気がついたら、この不思議な空間にいた。


 どこまでも続く青空。

 だがホシの上ではない。

 重力はあるが、上も下も無限に青空が広がっている。

 無限の広さはあるが、それ以外の何処にも行けない。

 その空間に、円柱はただ浮いていた。

 脱出方法も分かりはしない。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


 その空間には他に、十数キロサイズのトシ型のフネが浮いていた。

 円柱と同じく、何とか空間に浮遊は出来ているものの、この空間から出ることは出来なさそうだった。

 そこには、コミュニティが保てる規模のヒト達がいることは検知出来ていた。

 だが、彼らとの関わりはーーーー複雑だった。

 円柱に、どうこうしようという意思は無い。

 だが時に円柱は、そのフネに近づいてしまっていることがあった。

 フネのヒト達は、円柱に敵対的な反応を示した。

 安易に円柱に触れれば大変なことになる。それは間違いではない。

 だが円柱に、攻撃する意思は無いのだ。

 それでも、フネから飛び立った飛行体が近づけば、ゴツゴツとした円柱の外壁が、自動的に反応してしまう。

 撃墜してしまったことも何度もある。

 故に、更に関係は悪くなっていく。

 それはどうしようもなかった。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


 円柱はやがて、フネの中に特別な何かを感じるようになった。

 大勢いる中にたった一人の特別なヒトと、側にいる何か。

 それはフネのヒト達が持っている、生体的なコミニュケーションツールを通して、伝わってきた。

 何故自分がそれに接続出来るのかは知らないが、そのたった一人は、他のヒトとは違う何か特殊な波長を持っていた。

 円柱はそれに興味を持った。

 だが、だからといって円柱に何かが出来るわけではない。

 いつもの様にフネに近づいてしまった時に、そっと様子を探る位だった。


 その日、円柱は船の斜め上方にいた。

 またフネから出てきた飛行体を撃墜していまい、その残骸がフネに落ちたりしていた。

 円柱は、その甲板の上にいるヒト達の中に、立ちつくしたままこちらを睨みつけている女性を見つけた。

 すぐに分かった。

 彼女が、円柱がずっと気になっている特別なヒトだった。

 側には、正二十面体型のドローンが浮いていた。

 彼らは二人で一人の様で、じっとこちらを見ていた。

 その独特な波動は、円柱の中の古い記憶をノックしていた。

 その怒り。ともすればドス黒い何かを思わせる、だがそれを押さえ込んでの凛とした佇まい。


 そうだ、彼女はーーーーずっと怒っている。

 怒りを、自身の中に溜め込んでいる。

 うまくいかない怒り。自身の思い通りにならない怒り。

 環境や外圧に、押し流されるしかない怒り。

 それはーーーあのドス黒いモヤモヤと同じ種類のモノだ。

 そして、幾多の世界で、彼女はそれにさらされていた。


 そうーーー彼女とは、ずっと出会っていた。

 世界から溢れ落ちてきたような存在。

 それはまるで今の円柱の様だった。

 時にドス黒い何かに囚われ、なす術もなく破滅してしまうこともあった。

 だが、彼女は同時にそれを突き破る何かをも同時に持っていた。

 そして、彼女がいる世界には、その側に見守る何かが、彼女を飛ばせる存在が常にいたのだ。

 今のあのドローンの様に。


 円柱は、何かが変わるのを感じていた。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


 そうだーーーー全ては繋がっている。

 全ての世界で、こぼれ落ちた何かは、全て繋がっているのだ。

 円柱も含めて。


 彼女の意識が、例の生体ツールを通して一瞬で円柱の中に流れ込んできた。

「!!」

 円柱の中にある無数の小さな緑色の記憶の光と、そこからこぼれ落ちた光がやがて光を失ってドス黒い何かに変わっていく瞬間が見えた。

 そして、それらが集まって、あのモヤモヤを形作っていくのを。

「………!」

 そうだ。

 自分がロストした時も、あのドス黒いモヤモヤは、円柱自身の中から出てきたのではなかったか??


「…………」

 円柱と彼女とドローンは、不思議な黒い空間にいた。

 遠くで、小さな緑色の光が瞬いている。

 だが、この場所はそこからとても遠い。

 ここには、彼らしかいなかった。

 それは、あの生体コミュニケーションツールの、奥の奥。

 あの小さな緑色の光がヒトにもたらした、世界の一つ。


 円柱は彼女とドローンを見つめた。


 先程見た、光とドス黒いモヤモヤのイメージはまだ自身の中に残っている。

 自分も彼女も、同じなのだ。

 どちらにも転びそうでどちらでもない、ギリギリの状態を保っている。

 その切なさの全てを、円柱は知っている。

 その記憶を、ずっと集め続けていたのだから。


 キンッッッ。


 何処かで聞いた、音がした。


 円柱は、何かが出来ると思った。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


「…………!」

 円柱は気がついた。

 円柱は、既に知っていた。

 自分があの浮遊したままのトシ型のフネの一部と同化すれば、それはこの閉鎖空間を飛び出す為の力になる筈だ。

 円柱の中にある、あの光るフネの記憶が、役に立つことだろう。

 そう思えば、全てはこの為にあったのかもしれない。

 あの特別な女性とドローンは、この世界では、自分と浮遊したフネを繋ぐ重要な役目を果たす為にいるのだ。

 次の世界へと飛ぶ。

 彼らと共に。

 それは、記憶を集めること以外で初めて自身に与えられた使命に思えた。

 円柱は、自身の中の小さな緑色の光たちーーー幾多の世界で『ヒュー』と呼ばれたその光たちが、大きく瞬くのを感じた。


              ( 終 わ り )


一応、今回で一区切りです。

また何かあったら何か書くかもしれません。

その時はよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ