#35「ある絵本」
あるところに、絵本があった。
各世界で、それは同時多発的に存在していた。
誰が書いたものかは分からない。
形もその時々によって変わる。分厚い羊皮紙に包まれた書物である時もあった。メモ用紙程度の何かに走り書きのような状態の時もあった。
ただ、大抵の場合その内容は色んな世界で生きているヒトの話であることが多かった。
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物語の環境も変わる。
絵本ごとに、ではない。
話の中で、主人公たちがいる環境が変わるのだ。
ある時は草地、ある時は険しい山岳地帯、またある時は凍りついた氷原、そこから一晩明けると灼熱の砂漠、という風に、内容も刻々と変わる。
時には話自体も、登場人物すら変わったりもする。
絵柄も同様だ。
同じ絵本が、一夜明けると様相が変わっていたりする。
ほのぼのとした花畑風のイメージだった絵が、荒々しくドス黒いモノになったりもする。
何故そうなるのかは、誰も知らない。
絵本自体に意思がある訳でもない。
それに関わることになったヒトはごく少数だ。
触れても、大抵は気付かずに通り過ぎるだろう。
気付くのは、閉鎖状況にあるヒトか孤独な立場にあるヒトであることが多い様だった。
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その日、草地に落ちていた絵本を男が拾った。
彼は絶海の孤島で、一人で何とか暮らしていた。
男は言葉は話せなかった。
男は絵本をめくった。
そこに書かれてある文字は読めなかったが、男は絵を見て微笑んだ。
男と同じく、孤独な青年とネコの不思議な話だった。
青年たちが暮らす小さなホシには無限に高い塔があり、青年とネコがそこを登り始めて迷子になるところで絵本は終わっていた。
その後には数枚の余白が付いていた。
「………」
男は、その続きを何とか作り出せないかと考えた。
何日も考えたが、いい結末が思い浮かばなかった。
もし自分がその状況になったら、どうなるだろう?
どうしたら、彼らを助けられるのか?
幾ら考えても、良さそうなアイデアは出てこなかった。
そうして時間が過ぎていき、次第に男は病んでいった。
側に、絵本のネコの様な存在はいなかったのだ。
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絵本も見ないで歩き回ることも多くなっていたある日、久しぶりに絵本を手に取ると、内容が変わっていた。
ソラを股にかける、殺し屋たちの話だった。元の青年とネコの姿はカケラもなかった。外装も絵柄も、硬くて黒っぽい陰鬱なものに変わり果てていた。
男は恐れ、絵本を放り出した。
何がどうなったのか分からない。自分が救おうとしていた青年とネコは、どこへ行ったのだ?
「………!」
男は思った。
これは、俺の心の中だ。
この絵本は、それを映し出しているのだ。
あのネコは、俺が望んだモノだ。
無限の塔は、俺のこの状況だ。
絵本の続きはーーー俺自身のこの状況の解決方法だ。
だが、それは今俺には知りようが無い。
今の自分には、無いのだから。
そうして捻れた俺の様相を、この絵本は形にしたのだ。
ならばーーーーーーー!
キンッッ。
硬い金属同士がぶつかった様な音が聞こえた。
一瞬、絵本がフワッと光った気がした。
それは何かの啓示の様に、男を震わせた。
「!………!」
突き抜けていった幾多の緑色の光が、ソラのあちこちの風景をフラッシュのように見せていた。
その多くは彼の様に閉鎖環境下にあるヒト達の姿だった。
「ああ………」
その全ては、小さな緑色の光一つ一つに込められ、それぞれが集まり、繋がっていた。
暗い空間を照らすように、無限の光の粒たちが集い、巨大な柱の様になっていた。
その壮大な景色を、彼は俯瞰で眺めていた。
「………」
何日かしてから、男はまた絵本を開いた。
相変わらずドス黒い雰囲気のままだったが、内容はまた微妙に変わり、殺し屋たちはそれぞれ標的や自分が殺し屋だったことを忘れてソラを彷徨っていた。
「………!」
これだ、と男は思った。
光が見えた気がした。
彼らの一部を、あの青年とネコにしてしまえば良い。
男は構想を練り始めた。
長い時間が経った。
彼は孤独のまま息絶えたが、絵本はずっとそこにあった。
誰が描いたのか、本の中で自分を忘れた殺し屋たちは小さなホシで再会し、そこで小さなコミュニティを作っていた。
その中に、青年とネコの姿もあった。
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ーーーーという話が更に絵本になり、また何処かの世界に現れていた。
そうした事象が多次元的に存在し、それらが繋がっていく。
もしその全てを誰かが、外から見ていたなら。
何を思うだろうか?
そしてもし、その絵本が現れる時の、緑色の小さな光のカケラを目撃したなら?
ある世界では『ヒュー』と呼ばれているそれに、繋がったならーーー。
とある絶海の孤島で、男が佇んでいた。
側には小さなネコが寄り添っていた。
彼らはこの後立ち上がった時に、後ろにある絵本に気付くことだろう。
そして物語が、また始まる。
( 終 わ り )




