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#28「ある落下者」


 私は落ちてる。

 気が付いた時からずーっと、ソラの中を落ちてる。

 行き着く先は全く見えない。

 何処まで落ちるのか、全然分からない。

 多分このソラは、永遠に続いてるんだと思う。

 私は、落下し続けてる。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


 凄まじい風が常に吹き付けてる。

 私の長い黒髪は上方へと逆立ったまま。

 内臓が上がってくる様な独特の浮遊感はもう慣れた。

 何故かゴーグルはしてるので視界はクリアだ。


 私が何故落ちてるのか。

 別に自殺した訳じゃない。

 突き落とされたのでもない。

 ただ、飛んだのだと思う。


 思う、というのは記憶が定かではないから。

 気が付いたら、落ちてた。

 でも、自分の意思でこうなった、って確信は何故かあるんだ。

 この先どうなるか分からないけど、それは私が望んだ事。

 全て受け入れる覚悟は、ある。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


「!?」

 私は目を開けた。

 数秒か数分か、意識を失ってみたい。

 まあ、それが数日だろうと何も変わらないんだけど。

 私はただ、落ち続けてる。

 不思議だけど、水や食料が欲しいとは思わない。

 排泄感も無いし。

 私はとっくに、死んでるのかもしれない。


 その時、視界の隅で何かが見えた気がした。

「?!」

 私はそっちを向いて目を凝らした。

 青いソラに通過していくパキッとした白い雲グモの間を、小さな影が落ちてた。

 私よりも少し早いくらいの速度。

 ーーー誰?

 その小さな影は、青年くらいに見えた。


 私はそのヒトを、知ってる様な気がした。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


「!」

 突然何かの膜を通過した様な感覚があった。

 目には見えないが、確かに体を何かが通り過ぎてった。

 ーーー何だったの?

「!!」

 私は気がついてハッと顔を上げた。

 落ちてたあの影は??

 視界内には無かった。

「ーーーー!!」

 いや、それよりもーーー今までずっと青色にパキッとした白い雲が浮いてたソラがーーーいつの間にか薄暗い霧の空間に変わってた。

 何??

 さっきの、何かの膜を通り抜けた時に変わったの?

 私は風圧を受けながら体を操って四方を見た。

 どこまでも続く霧の空間。

 霧以外は、何も見えなかった。

 その中を、私は落ちてた。

 私は、焦った。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


「!!」

 また、膜を通過した様な感覚があった。

 そしてまたソラが変わった。

 今度は、ホシが無数に浮かぶ夜ーーいや、宇宙?

「わあ……」

 すごい速さで落ちてる筈なのに、周りはほぼ動かない宇宙。

 私は風を受けながら仰向けになった。

 はためく髪の向こうで、ホシたちが瞬いてる。

 スピード感のギャップが、逆に心地良かった。

 体の力を抜いて浮遊していると、何だか水に浮いてるみたい。

 私は、これを味わう為に、飛んだのかもしれない。

 ふと、そんなことを思ったんだ。


「……!」  

 また、見えない膜を通り抜けた。

 次のソラは……

 モヤモヤとした空間に無数の建物やフネの残骸が浮かぶ、サルガッソーの様な空間。

 何処かで見たことがある様な気がした。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


 さらにそこを抜けて私はーーー


「!!」

 またホシが瞬く宇宙だった。

 ただ、そこには巨大なスペースコロニー……いや、そのくらいのサイズのゴツゴツとした円柱が、無数に浮いてた。

 その中を、私は落ちてた。

 何ーーー何なの、ここは??

 私は風を受けたまま姿勢を変えながら、辺りを見回した。

 どっちを向いても、円柱だらけ。

 どれだけ落ちても、無数に円柱はあった。

 不思議な光景だった。

 ただ、奇妙な懐かしさも同時にあった。


「………!」

 私は気づいた。

 一緒に落ちていたあの彼(多分男だろう)は??

 余りに景色が変わるので忘れてた。

 私は目を凝らして探した。

 薄々感じてたことがあった。

 彼はーーーもしかしたら、私の大事な人かもしれないーーーー。


 いた!

 数百メートル先に、私と同じ方向に落ちている影。

 多分、前に見えてたのと同じ辺りだ。

「………」

 突然、嫌な感じがした。

 何だろうーーージワリと体を包む、不快感。

 やがて私は気づいた。

 彼の軌道の先にーーーー円柱がある!

 私の全身に鳥肌が立った。

 ダメだーーーそのままではーーー!

 私の視線の先で、彼のシルエットが円柱の先の面にぶつかって散った。

 私はゴーグルを覆い、絶叫した。


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


 私は恐る恐る目を開けた。

 涙の向こうに見えたのはーーーー

 そこは私がずっと落ちてたのと同じ様な、青いソラ。

 ただ、そこには二つの物体が浮いてた。

「………?」

 私の下方にあるその物体。

 目を凝らして見ると、それは宇宙船の様に巨大な、トシだった。

 全長が十数キロの、ずんぐりとしたイモムシ状のトシが二つ、空中に浮いてた。

「………」

 私は落ちながら、それを眺めてた。

 どこかで、見た様な気がする。

 でも今はーーーあのシルエットの彼はーーーどこ行った?

 この空間の何処にも、その影は見えなかった。

 ……消えちゃったの?

 やっぱり彼はさっきの世界でーーー

「………」

 何かがーーーいや、何かに確実に近づいてる気がした。

 それを見つけたら、何もかもが繋がって、全てが理解出来るのにーーー

 私は胸の辺りの服をグシャッと掴んだ。

 何で私は、こんな感覚に囚われてるの?

 落ちてる私の視界の中で、そのトシは水平になり、そして私の上の方へと移動してった。

 ああ、もどかしいーーーー


 キンッッ、


 硬い金属同士がぶつかった様な、奇妙な音が聴こえた。


 私は風を受けて落ちながら振り仰いだ。

「あぁ……!」

 浮いている二つのトシの間に、それらを繋ぐ細いブリッジが見えてた。


 知ってるーーー私は、あのブリッジを、知ってる。

 ある世界で、私はあのトシの、あのブリッジのタモトに住んでた。

 そして同じ様に隣のトシのブリッジのタモトに暮らしている彼の姿を、毎日の様に見てた。

 でも、ある時彼の姿は見えなくなった。

 私は彼の姿を探しに、ブリッジを渡ろうとしたんだ。

 そしてーーー私は、飛んだ。

 多分、彼と同じ様に。

 そこで、何があったんだっけ?


   ✳︎    ✳︎    ✳︎


 キィーーーーン! 


 何かが光る様な、音がした。


 繋がった、と思った。

 その時、私は全てが分かった気がした。


 それらは、全部自分だ。

 ブリッジのタモトの私も、

 向こう側の彼も。

 彼も同じ様に誰かをーーいや私を?探して、そしてブリッジから飛んだ。

 飛ぶ行為を、選択した。

 様々な別世界で、高いところから、飛んだ誰か。

 さっき遠くに見えていた彼も。

 それらは、全部私だ。

 無数の飛ぶ記憶を、繰り返してる。

 そしてそれは、あの無数の円柱と繋がってる。

 あれは、無限の記憶の集合体だ。

 今はこうして側を通過するだけだけど、いつかはあそこと、繋がるんだ。


「………」

 さっきの彼の様に、激突して死んだヒトもいるだろう。

 私も、いつかは、そうなるのかもしれない。

 でも、それは本当に死か?

 ようやく一緒になる、そういうことなんじゃないか?

 彼も、私も。

 みんな。


 何故か、恐怖は無かった。

 永遠に落ちるだけじゃない。

 その先があるんだ。

 それが分かっただけで。


 私は、飛び出した時の気分を思い出した。

 ただ、飛んだ。

 絶望して死ぬ為でもなく、自暴自棄になった為でもなく。

 むしろ生きる為に。

 その凜とした静かな高揚感を、私は思い出した。


 私は両手を広げ、再び空気抵抗に身を任せた。

 そして抗わずに、ただ落ち続けた。


                 ( 終 わ り )


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