#27「ある追撃者」
『ヒュー』がある世界を滅ぼした。
ヒト達を連れ去った。
記憶を、奪っていった。
そんな、知る人ぞ知る都市伝説がある。
多くのヒトはその存在すら知らないだろう。
だが、それは決して伝説なんかじゃない。
『ヒュー』は、確実に存在する。
俺の仲間も、あれに触れて、消えていった。
だから俺はそれをーーーあの奇妙な緑色の光『ヒュー』を、追い続けている。
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俺は追撃者だ。
どうしてこうなったのかは遠い昔のことで記憶は定かではない。
昔は大勢仲間がいた気がする。
彼らは皆、いなくなった。
あの緑色の不思議な光ーーー『ヒュー』のせいで。
それだけは覚えている。
俺の体は、再生手術を繰り返すことで維持されている。
元は軍人で、戦闘用に調整された体だったらしい。
お陰で少々のことでは死にはしない。
ただ、大分ガタはきている。
いつまでこうしていられるのかは分からない。
俺は今、メンテナンスのカプセルの中で眠りにつくまでの間独りで考えている。
このフネもカプセルも、長い間使い込んだモノだ。
『ヒュー』を追うためにカスタマイズを繰り返し、ジャンプも限りなく行ってきた。
あの謎の光『ヒュー』を追い続け、ようやく『ヒュー』の本体は巨大な円柱の形を取ることが多いということを突き止めた。
俺のフネは神出鬼没のそれを、ずっと追っている。
航行はほぼAIが行なっていて、その間俺は体のメンテナンスに時間を費やす。
こうした追撃を、俺はもう数百年続けている。
もはや自分が何者なのかも分からなくなりつつあるが、それでも追撃を止めることはない。
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ウィーッ。
アラートが鳴り俺は目を覚ました。
前回の眠りから数年が経っている様だ。
『ヒュー』が次の知的生命体に出会う前に、追いつけただろうか。
カプセルを出た俺は体の各所をチェックした。
よし、問題ない。
素早くマップを開いて現在地を確認した。
見たこともない辺境の星系だった。
知的生命体のいる惑星はーーー近辺には見当たらなかった。
空気のある小天体が僅かにあるだけだ。
そして『ヒュー』は……いた!
長さが数十キロはあろうかという巨大な円柱が、ソラに浮いていた。
俺はブリッジに陣取り、フネに戦闘態勢を取らせた。
ここまで『ヒュー』に肉薄するのは数十年ぶりだった。
こいつに通常兵器はほぼ通用しない。
光子弾を撃ち込んだが軽傷だった。
『ヒュー』の外壁は堅い岩盤の様でいて再生能力もある、厄介な代物だ。
近づきすぎてもヤバい。
あれが放つ緑色の光に触れると、俺が俺で無くなる。
記憶が無くなったり気が触れたり存在が消えたりする仲間を、俺は見たことがある。
「く……」
距離を取りつつ手頃な隕石塊に重力制御を効かせ、『ヒュー』へとぶつけていく。
スピード自体は大したことはないので当てるのは容易だ。
だがーーーしぶとい!
重力弾に長距離ビーム。
こちらの最大火力での攻撃は、円柱自体を破壊するまでには至らない。
ーーー届かない。
まだ、俺の力ではーーー。
俺は拳を握り締めた。
何の為に、俺は今までーーーー。
「!!」
『ヒュー』の円柱がビュワッと空間ごと消え、次の瞬間、俺のフネの眼前へと現れた。
一瞬、対応が遅れた。
「くっ!!!」
回避、は間に合わなかった。
フネは円柱の外壁に激突し、ブリッジは大破した。
俺はソラへと投げ出された。
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「………!」
俺は、目を覚ました。
何も無い黒い空間に、俺は浮いていた。
俺は焦った。
既に、俺は『ヒュー』に取り込まれてしまったのか?
俺は自分の体を見た。
戦闘に入った時と同じ、くたびれた戦闘用の体だった。
一応、記憶はある。
俺は『ヒュー』を追う者。
追撃者だ。
ならばーーー俺はもう、死んだのか?
ーーー届かなかった。
だが、やるだけはやった。
俺は体の力を抜いた。
「!」
突然、黒い空間から緑色の光の塊が突き出てきた。
緑色?!『ヒュー』か?
俺は再び身構えた。
その光の塊は何かの膜を通り抜けてきたかの様にその姿を現した。
直径数キロサイズの卵を平たく潰した様な流線形のそれは、俺の側に浮いていた。
『同じなの?』
誰かの声がした。
女性のモノの様に聞こえた。
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その瞬間、黒の空間は白に変わり、俺の中に様々なビジョンが流れ込んできた。
「あぁーーーー!」
その凄まじい氾流に、俺は翻弄された。
その中に、俺は何処かで見覚えのある風景を見た。
何処かのホシで戦っている兵士。孤独なスナイパーの様だ。
また何処かの辺境で、青年やネコや女性と暮らしている男。その体は再生技術で出来ている。
「……!?」
何処かの閉鎖されたマチで、その場所を守ろうと闘う男。
何だーーー?
それらの男の顔は、まるでーーー。
「……!」
俺の脳裏に、ある仮説が浮かんだ。
そうだーーーこれらは、全て忘れてしまった、俺の記憶ではないのか?
無数の別世界での、俺の姿か?
何故かそう思った。
それは確信に近い感覚だった。
俺のモノと思われるビジョンは他にも無数に存在しーーーある時、俺はジャーナリストだった。
緑色の光『ヒュー』に触れ、自分の未来を悟った。
それはーーー『ヒュー』の追撃者になること。
「!!」
今の自分は、それそのものではないか。
ーーーこうなることは、決まっていたのか?
ならばーーー、俺のやるべきことは何なのだ?
✳︎ ✳︎ ✳︎
『同じなの?』
また、誰かの声が聞こえた。
いや、耳というよりは脳内に響く様な声だった。
誰だーーーーー?
確かに側に、誰かがいる。
それはーーー『ヒュー』か?
何かが違う気がした。
俺は辺りを見回した。
誰もいない。
この白い空間で、俺は独りで浮いていた。
何だーーー俺が、何と、同じだというのだ??
後少しで、何かに届きそうな気がした。
それは、近くて遠い、でもすぐ側でーーーー!
キンッッ。
硬い金属同士がぶつかった様な、妙な音がした。
「!!」
その時、俺の視界は白いまま、急速にスピードを上げて何処かへと突き進んでいった。
「く……」
不思議なことに何の風圧も受けなかった。
だが猛速で進んでいる感覚はある。
気がつけば俺の体は既に存在せず、意識だけが不思議な空間を飛んでいた。
そしてーーー俺は未知の膜を幾つも通り抜けていった。
「………」
そこにいたのは、少女だった。
褐色の肌に黒髪の、凛とした瞳を持つ少女。
俺は彼女を知っていた。
「……!」
その瞳の中に、俺は無数の記憶を見た。
彼女も、俺の様に記憶を幾つも宿している。
その中の幾つかは、俺ともクロスしていた。
そしてーーー最後に、ここへ来たのだ、と彼女の意識は語った。
何だ、ここはーーー彼女は一体?
ただ、この全てに、あの光『ヒュー』が関わっている。
それだけは間違いなかった。
彼女がゆっくりと手を伸ばした。
俺の意識は、それに触れた。
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急速に視界が開けた。
周りは、ソラだ。
どうやら俺は、彼女とーーそしてこの光る物体ーーとある世界の戦艦と、同化したらしい。
今では、『ヒュー』を取りまく世界のシステムが、何となく理解出来ている。
あれは、ヒト達の記憶を無限に集めていく装置らしい。
俺が思っていた、世界を滅ぼす様なモノではなかった。
あれに意思があるのかは分からない。
ただ、時折彼女や俺の様に、そこから漏れ出ていく存在がある様だ。
消えていった俺の仲間たちも、あるいはそういうことだったのかもしれない。
そのこぼれ落ちた記憶たちを掬い取っていく存在が、この光の戦艦。
何処から生まれたのかは、誰も知らない。
今は俺もその一部だ。
そして、この戦艦は『ヒュー』を追っていく存在だ。
何の為に『ヒュー』を追うのか?
それはーーー惹かれている存在だからーーー本来一緒にあるべきモノだから、だろうか。
俺も彼女も、その他の記憶たちも知っている。
向こう側はそうではないのかもしれない。
恐らく『ヒュー』に意思など無いのだから。
だがこちらはーーーいつか出会うべきものなのだと、分かっている。
まるで片思いの様だ。
いつかちゃんと出会った時には、『ヒュー』と同化するのか、それともーーー。
現時点では誰にも分かりはしない。
それがいつになるのかは分からないが、俺たちは『ヒュー』を追い続ける。
追撃者のままで、在り続ける。
( 終 わ り )




