#25「ある回収屋」
俺は、とあるトシの回収屋だ。
と言ってもついこの間始めたばっかりのペーペーさ。
俺らのトシは、無限に広いソラに浮いている巨大な宇宙船だ。
もう何百年もその状態でいる。もちろん俺が生まれた時から変化は無い。
ソラは無限に広く、重力の上下はあるが何処までもソラだ。宇宙も、地面も何も無い。そして俺らのトシは辛うじて空間に静止は出来ているが、移動もジャンプも出来はしない。水は時折降る雨やリサイクルで、食料は農業プラントで…と自給自足が何とか成り立ってはいる。
それでも、だ。足りないモノは着実にある。例えばトシを構成する資材や部品だ。どうしたってメンテは必要になってくるし、時折周辺に現れるテキーーー『ヒュー』と呼ばれているがーーとの戦闘などで失われる小型のフネや航空機の補充だって必要だ。
それら必要な物資を調達してくるのが、俺らの仕事って訳だ。
実はトシの遙か下のとある宙域に、まるでサルガッソーの様に壊れた飛行機やフネが密集して浮いている場所がある。トシの殆どのヒト達には秘密だ。
決して安全な場所じゃあない。常にあるとは限らないし場所もその時ごとにマチマチ、作業中に空間ごと消えちまうこともある。だから給料はそれなりに高いんだぜ。
もちろん機密だから、俺ら作業員は外部の人間との接触は限られている。常に寮生活だし、トシの繁華街に出られるのは月に数回、それも監視付きだ。まぁ俺は元々友達もいないし、両親は『ヒュー』との戦いで死んで天涯孤独だから特に苦にしてなけどな。
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その日、俺は珍しくトシのカフェにいた。
久しぶりの一般人の世界だったけど、話したい知り合いもいないし特に趣味もない。
黙ってボーっとしていると、まるで世界に俺しかいないような気分になるんだ。
ま、仕方ないけどな。
「……?」
その時俺はカフェの前を歩く一人の女性に目を留めた。
物静かそうだが凛とした佇まいの女性で、宙に浮いた角張った球体型のロボットを連れている。
彼女は時折ロボットと目を合わせては微笑んでいた。口は動いていないが、おそらく二人の間には意志疎通が出来ているのだな、と思った。
で気づいたら、いつの間にか俺はそのロボットに嫉妬してたんだ。
何故かって?
そりゃああれだろ、一目惚れってやつさ。
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次の日、作業に出る直前でそれは中止になった。
偵察に出たフネが、例の宙域を特定出来なかったからだ。
そんなことはよくある。
暇になったが寮から出ることは許されてない。
部屋でボウッとしていると、昨日の彼女のことばかりが頭に浮かぶ。
ああ、こんな気持ちは初めてだ。
彼女と話がしたい。
あの細い腰を抱き締めたい。
そんな気持ちって、あるだろう?
結局俺は規則を破って寮を抜け出し、彼女に会いに行った。
と言っても探す当てなんて無かったから、昨日のカフェから彼女が歩いていった方向へと何となく歩いていったんだ。
しばらく繁華街を彷徨ったところで、俺はポリスに捕まった。
上層部から捜索願が出ていた様だ。
ポリスに連れて行かれる途中で、俺は視界の端に彼女が連れていた角張った丸のロボットを捉えた。
「あのさあ!」
俺はそのロボットに向けて叫んだ。ロボットは耳?みたいに見えるセンサーをピクッとさせた。
「彼女の名前、教えてくれよ!会いたいんだ!」
ロボットの丸く角張った筐体が傾いた。まるで首を傾げるみたいに。
「嘘だと思うかもしれないけど、運命だって思うんだ!」
「おい、ふざけるな」
ポリスに制されたけど、どうでも良かった。
ロボットはやがて見えなくなったけど、とにかく、少しは繋がれたんだ。
とりあえず俺はそれで満足だった。
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数日拘束されてこっぴどく叱られた後、俺は作業に出た。
トシのヒト達から死角になるように発艦したフネで現場に向かう途中、エマージェンシーコールが鳴り響いた。
「『ヒュー』だ!」
窓の外を見ると、巨大な円柱が雲の向こうから姿を現したところだった。
「回避!」
フネが急速にターンした。
俺たちは揺れの中、それぞれ側のものに掴まった。
「味方だ!」
誰かが叫んで窓を振り返ると、トシから来た戦闘機が数機、円柱の方へと向かっていった。
俺たちのトシはずっと、あの巨大な円柱『ヒュー』と戦いを繰り広げている。
その存在が何なのか、誰も知らない。
それを操っているのはヒトなのか、知らない宇宙人なのか、それとも意思など無いのか。
とにかく俺らが生まれるよりもずっと前からトシの周りに襲来し、時にトシの機能を麻痺させる存在だ。
あれに対抗する術は、今のところトシには無い。
ドゥッ。
突如戦闘機は二機とも見えない壁にぶつかった様に爆発した。
「ダメか…」
「………」
遠ざかる円柱を見ながら、俺たちのフネは作業エリアへと向かっていった。
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フネの残骸が集まっている宙域に、俺たちは到着した。
俺たちは空間の端に着けたフネのデッキに集合した。
俺は作業用の宇宙服のゴーグル越しに、浮いている残骸たちを眺めた。
いつの時代のモノか。いや、時代どころか俺たちとは違うホシのモノもありそうな、フネたちのなれの果て。
いつ見ても不思議な光景だ。
トシからヒトが落ちた場合は、何処までも無限に落ちる。
だがこの空間の中だけは重力が働かず、全てが浮いている。周りは水面の様なバリアで覆われていて、そこをくぐれば無重力で空気も無い空間が広がっているんだ。どんな理屈でそうなっているのかは、誰も知らない。
俺は手を伸ばした。垂直に立った水面のような揺らぎに手が触れ、そして中へと入っていく。特に感触は無い。
くぐり抜けると、そこはガレキや残骸が浮いた数十キロ四方の空間だ。俺たち作業員はフネからのガイドロープを付けたまま散らばっていった。
この空間は不安定なので、数名ずつしか作業は出来ない。使えそうな物資を探してアンカーを付け、命綱が繋がった入り口方向へと持って行く。無重力なので押すこと自体は大して難しくないが、持ち帰るフネのサイズもあるし物資同士がぶつかることもある、油断は出来ない職場だ。
俺はこれでも身軽な方さ。手早く作業を済ませ、また次の残骸へと向かう。もう慣れたもんさ。
「気を付けろ!」
ボスが通信越しに怒鳴った。
「!?」
振り返ると、空間の壁から妙なモノが現れて来ていた。
それは卵を平たくつぶしたような流線型の形をした、緑色に光る巨大な物体だった。
「なんだありゃ」
「ヤバくないか?!」
その先が、別の作業員が運ぼうとしていた小型船にぶつかった。
「危ない!」
「回避!」
「作業中止だ!」
「退避しろ!」
通信が混乱する中、弾き飛ばされた小型船の残骸が俺の方へと向かってきた。
ヤバい、と俺は近くの残骸を蹴って交わしたが、入り口とは反対方向へと向かわざるを得なかった。俺の近くの破片にぶつかった小型船の残骸は、入り口方向へと突き進み、俺のガイドロープを引きちぎった。
「!!」
支えを失った俺は更に奥の方へと流されていった。
簡易スラスターを吹かそうとしたが先程交わしたときに破片がプロペラントか何処かを掠めたらしく作動しない。
俺は為す術なく宙域の真ん中の方へと、飛ばされていった。
そしてそこには、あの緑色に光る巨大な物体があった。
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俺は、動けなかった。
その卵を平たくつぶした様な形をした光る十数キロサイズの物体は、静かに俺の真下にあった。
通信はノイズまみれでほぼ聞こえないが、境界の向こうは相当混乱している様だ。
空間の水面の様な境界は不規則に色を変え、不安定さを増している。
多分、崩壊ーーーこの空間が、消えて無くなる前兆だった。
このまま消えれば、おそらく俺の存在も消える。
でも、今のところ何も出来ることは無かった。
焦ったってしょうがない。
元々、この仕事を始める時から死は覚悟している。
心残りがあるとしたらーーー出来ればあの女性と、コトに及びたかったなーーー位のものだ。
巨大な、そして何処か優しい緑色の光は、俺を包み込んでいるかの様だった。
俺はそれを眺めているしかなかった。
「……!」
ふと俺は気づいた。
先端部分に、誰かが立っている?
俺は目を凝らした。
光の中で見えにくいが……少女のように見える。
俺の体は、ゆっくりとそっちに近づいていった。
「………あれは……!」
おかしいのは分かっているさ。
でも、俺の目にはーーーそれが、こないだ一目惚れした彼女に見えたんだ。
もちろん、年齢は違うし髪の色だって違うさ。
だけどその顔立ちとか全身の佇まいっていうかーーーそれが、正に彼女だったんだ。
運命なんだから、それ位分かるだろう?
「ねえ!」
ダメ元で俺は呼びかけてみた。
宇宙服だしあっちには大した通信機などなさそうだけど、いいんだ。
「俺のこと分かる?」
彼女は、目線の端で少しだけ反応したみたいだ。
聞こえてる?
「こないだ俺が声かけたの、キミかなぁ?」
自分でもヘンな言い方なのはわかってるさ。
でもいいさ。
「話が、したいんだ!」
俺は吸い寄せられるように、彼女の方へと流れていった。
境界の向こうからは、ボスたちの通信が雑音だらけで聞こえてきてる。
境界の色も徐々にドス黒くなってきている。
多分、俺助からないんじゃないかな。
彼女が、こちらに手を伸ばした様に見えた。
まだ触れるには遠い。
それでも俺は手を伸ばした。
キンッッ。
その時、俺はまるで堅い金属と金属がぶつかった様な不思議な音を聞いたんだ。
「!!」
その瞬間、俺の体内におびただしい数の緑色の光の粉が流れ込んできた。
俺はそれに押し流されてーーーと言うよりも、それらは俺の中を通過していったんだ。
その時、俺は見たーーー感じたんだ。
知らないヒトたちの無数の人生や経験、こことは違うトシやマチやホシやシマ、そしてそこでの出来事たち。
そのフラッシュというか、ビジョンは俺の中を駆け抜けていった。
この光は、誰かの記憶や経験が、形になったものなんだろうか。
そしてその中に、色んな姿で、必ず彼女はいた。
「……!」
俺はその時ごとの彼女の姿に見とれた。
その全てが、俺が好きになった彼女だった。
不思議なことに、俺の視線は気づけば彼女の見ている世界と同じになっていた。
その視線はいつしかこの巨大な緑色の光の塊と同化してーーー何故か分かったんだけど、これは未知の世界の戦艦だったんだ。
そしてその先には、俺たちが戦っていた巨大な円柱ーー『ヒュー』があった。
俺の視界は更にそこからギュインとその円柱の中へと飛びーーー驚いたことにそれも俺が見ている様な無限の記憶の集合体だったがーーーそれから、俺たちのトシへと意識は飛んだ。
そしてその中にいる、俺が一目惚れした、あの角張った丸の形をしたロボットを連れた女性へとすごい早さで近づいていってーーーその中へと、飛び込んだ。
「……!?」
そこは真っ白な世界でーーー一体、俺はどうなったんだ?
彼女は、何だったんだ?
「…………」
でも何だか、俺はこの世界の成り立ちを、少しだけ分かった様な気がした。
俺はそれに、確実に触れたんだ。
ホントだよ!
✳︎ ✳︎ ✳︎
「?!」
トシのカフェで、ファイーー正十二面体の形をしたロボットを連れた女性は何かに反応した。
”ファイ、どうした?”
ファイは生まれつき言葉が話せず、最近出会ったロボットーーレドとだけ生体端末を通して会話が出来る。
そしてレドと繋がった時に特別な何かが起きると、あの巨大な円柱『ヒュー』と感応することがあるのだった。
”なんか、感じた”
”僕も”
それが何なのかーーー多分、『ヒュー』に繋がる何かではあるのだろう。
二人はそう感じていた。
”そう言えばさ”
レドが無音声で話しかけた。
”こないだ、ナンパされかけたよ”
”え?”
”正確にはファイの名前とか、聞かれそうになった”
”誰に”
”さあ……そんなに悪いやつじゃなさそうだったけど”
”教えてないよね”
”うん、教える前に連れてかれたから”
”?……そう”
ファイはそれ以上聞かなかった。
レドは、先程の不思議な感覚の時に、その彼と一瞬接触したような気がしたが黙っていた。
おそらく彼は消えたのだ、ということも何となく分かってはいた。
ひょっとしたらファイも、同じ感覚はあったのかもしれない。
何故そんなことが分かるのかは分からない。
でも、それはこの不思議な女性と繋がることによって起こることなのだ、ということだけはレドは理解していた。
自分が何者で、何故このトシにいるのか、彼は知らない。
それを理解するまでは彼女と一緒にいるべきだ、とレドは思っていた。
”いい天気ね”
ファイは空を見上げて気持ち良さそうに目を閉じた。
”そうだね”
ずっとこうだといい、と思いながらレドはセンサーをピクリとさせた。
(終わり)




