#24「あるジャーナリスト」
あるジャーナリストがいた。
真面目でコツコツと事象を掘り下げるタイプだった彼はトシで華々しい活躍を遂げたが、何処か満たされない思いも同時に抱いていた。
社内の政争に巻き込まれた彼は、彼にライバル心を抱いていた複数の奸計にハマり出世の道を閉ざされた。
彼は最前線を退き、フリーとなって地方で細々と活動を始めた。
元来、人を押しのけたりする仕事は性に合わなかった。
自分の仕事は歴史の隅に埋もれそうな出来事を、形にしてヒト達に見せること。
そう思っていた。
ジャーナリストは早くに親を亡くして独り身だったので、何処までも自由に行動出来た。
ホシを渡ることも厭わなかった。
彼はそうして初老に近づいていった。
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ある頃から、ジャーナリストには気になるテーマがあった。
謎の緑色の光『ヒュー』。
最初は些細な都市伝説の類だと思っていた、謎の存在の話だった。
それは、今ではマチに普通に普及している生体認証装置『ファントム』の開発の黎明期にも関わっているという。
またある辺境ではそれが一つの世界を滅ぼした、という逸話もある。
ある時は謎の光で、ある時は巨大な円柱の姿をしている時もあるという。
著名な建築家がその原型を作り、本人と共に虚空に消えた、という話もあった。
それに触れて、行方不明になったと思われる人も少なからずいる。
ヒトに進化を促す神の様な存在なのか。
それとも秘密結社の様な組織が操っている何かなのか?
だがどれも証拠は無かった。
ジャーナリストは注意深くその周辺を探り続けた。
他の仕事も黙々とこなしていく中、それは喉に引っかかった小骨の様に、ジャーナリストの奥底で存在し続けていた。
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ある時、ジャーナリストは先の建築家の話や謎の光が文明を滅ぼした、という話をSFとして描いた作品が存在することに気が付いた。
それはTVドラマだったり映画だったり演劇だったりと多岐に渡っていたが、その全ての脚本に、ある一人の女性シナリオライターが関わっていたということを調べ上げた。
既に引退して隠居の身だというその老女に、彼は会うことにした。
はやる気持ちを抑えながら、ジャーナリストは彼女の元へと向かった。
彼女は何の為にそれらを書いてきたのか?
巨大な組織の何かの記録の為か?
何かの啓示?
それとも彼女自身が何かを引き起こして来た張本人であるとか?
ジャーナリストは興奮を抑えきれなかった。
だが、会ってみると等の彼女は何も知らない様子だった。
先の事件や逸話のことは何も知らずに書いていたのだという。
ニュースか何かで聞いて着想を得たりすることはあるが、一々覚えてはいないのだ、と。
勿論TVドラマなどはプロデューサーやスポンサーや時には原作者サイドの意見も反映せねばならないので、全てを自分一人でゼロから考えた訳ではない、とも言っていた。
ひょっとして全てを敢えて隠しているのか?とも思ったが、彼女の質素で孤独な様子からは何も感じ取れなかった。
これだけのことが偶然起きるなどということがあるだろうか。
だがその場ではそれ以上何もしようがなかった。
ジャーナリストは、失意のまま仕事場へと戻っていった。
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程なくして、ジャーナリストはその女性ライターが失踪したという話を耳にした。
何故だ?
もしかして、自分が訪ねたからなのか?
触れてはいけない何かに、自分が触れたせいだろうか?
だとしたらーーー自分も、いずれ??
不安に思いながらも、ジャーナリストは女性ライターの行方を探した。
彼女は自分で辺境のホシへの旅行を計画していた様だ。
そしてそのフネがロストした。
何か黒い霧の様な物体に襲われたのだ、という未確認情報もあった。
それはーーー自分が調べている『ヒュー』の光と何か関わりがあるのだろうか?
得体の知れないドス黒い何かがまとわり付いている様な気配がしてならなかった。
ジャーナリストは彼女の家を訪ね、捜査をしていたポリスから話を聞いた。
彼女と会った部屋も見せてもらったが、特に手がかりは無かった。
ジャーナリストは、彼女が向かった航路をトレースしていった。
小型のフネをチャーターしてフネが消息を絶った地点へと向かう中、ジャーナリストは手に入れた彼女の原稿を読みふけっていた。
彼女が最近仕事としてではなく、趣味でネットに上げていたものを発見していたのだった。
それは、辺境の小さなホシに住んでいる不思議な青年の話や、孤独なシマに住む少女の話や、とある空間に囚われたマチの話など、いわゆるスペースオペラの類だった。そしてそのどれもに、謎の光『ヒュー』と思われる存在が登場していた。
しかも、その小さなホシの話の冒頭は、辺境へ向かうフネが謎の存在に襲われて不時着するところから始まっていた。それと同じことが、あのシナリオライターにも起こったということはないだろうか?
「これはーーーー」
どう考えるべきだろうか。
彼女はやはり『ヒュー』に関わりがあるというのか。
本人に自覚は無いのかもしれないが。
天啓、とも言うべき何かなのかもしれない。
恐らく彼女は知らずにその何かに触れてしまっていたのだ。
「…………」
ジャーナリストは、考え込んだ。
自分はそれに、触れられるのだろうか。
それは暴くに値する、何かなのだろうか。
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ウィーーーッ。
「!?」
警報が鳴った。
フネが揺れた。
「旦那、ヤバイ!」
チャーターしたフネの船長が怯えた声を上げた。
窓の外を見ると、巨大な円盤型の光が見えた。
卵を潰した様な、滑らかな形をした数十キロサイズの物体だ。
それが緑色の光を放ち、ゆっくりとこちらへと近づいて来ていた。
船長によると、近づいてくるまで全く反応が無かったのだという。
気がつけば、そこにいたのだ、と。
こちらからの呼びかけや救急信号なども勿論返信が無い。
電波や通信など、およそヒトの手が作り出したらしき形跡は全く計測出来なかった。
「まさかーーー」
これが、『ヒュー』なのか?
自分が調べてきた円柱や光とは違う様だがーーーその緑色の光は、確かにヒトが発するモノとはとても思えなかった。
その巨大な重力に、ジャーナリストたちが乗る小型のフネは引き寄せられつつあった。
ジャーナリストは、その不思議な光から目を離せなかった。
もしこの光の円盤が『ヒュー』であるならばーーーー自分を追ってきたというのか?
同じ様に、あの老女のシナリオライターもこの世から消し去ったのか?
いやーーー彼女が描いてきた物語がもし真実ならば、それは終わりではなく、
別世界への扉でもあるのかもしれない。
自分もこの光に触れれば、彼女が書いた様な『ヒュー』を巡る冒険の旅に出られるのかもしれない。
とにかくその先を知りたい。
何故なら自分は、ジャーナリストなのだから。
キンッッ。
硬い金属と金属がぶつかった様な音がした。
それは左手甲にある生体認証装置『ファントム』を通して、聞こえて来た様な気がした。
「………!?」
何かの予感がした。
呼びかけられたのだ。
そう思った。
ジャーナリストは、読みかけの老女のテキストデータに目をやった。
中に、何かがあるような気がした。
巨大な緑色の光の円盤は近づきつつある。
だが、ジャーナリストの中から、突き上げる何かがあった。
彼は急いでデータを洗っていった。
クジラの話ーーー
ピアノの話ーーー
病人の話ーーー
そして、彼は見つけた。
老女が書いていた物語群の中に、『ヒュー』だと思われる存在を追い続ける、追撃者の話があった。
そして、彼の前職はジャーナリストだった。
「ーーーーー!」
何かが繋がった様な気がした。
これは、自分のことだろうか。
いやーーーー既に、確信に近い何かが彼の中にあった。
益々光は近づいてくる。
船長の悲鳴が遠くで聞こえていた。
ジャーナリストは顔を上げた。
これが、『ヒュー』の力なのか。
およそヒトの為せる技ではない。
ならばーーー何だ?
彼は立ち上がった。
それを、自分は知りたい。
その為にーーーー追い続けよう。
ジャーナリストは心に決めた。
近づいてくる光を、彼は両手を広げて迎えた。
そして思った。
彼女が書いたジャーナリストから追撃者になったヒトの物語は、どうやって終わりを迎えるのだろうか。
現時点ではまだ続いている様だったがーーー
それは、これから自分が紡いでいくことと、重なっていくのだろう。
いつか、彼女が書いた物語を、読むことがあるだろうか。
ーーーー登場人物が、自分の物語を?
彼はその不可思議さに微笑んだ。
まあいい。
いつか、何処かの世界で彼女に会うことも、あるかも知れない。
そんな未来を、自分は追い、そして記録し続けることだろう。
彼は目を閉じた。
まばゆい緑色の光は、彼を飲み込んでいった。
( 終 わ り )




