#18「あるシナリオライター」
私は、シナリオライターだ。
だった、と言うべきかもしれない。
歳老いた私は第一線から退いて、辺境で静かに暮らしている。
歳を取ってから得た伴侶は数年前に亡くした。
元々それを望む気性でも年齢でも無かったので子供はいない。
今ではネットで時折小説などを書きながら細々と暮らしている。
僅かながら年金もあるし、蓄えもある。
一人なら何とか生きていけるのだ。
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今日は珍しく客が来ていた。
四十過ぎの頭の薄くなった自称ジャーナリストだった。
今時メールで良いだろうにわざわざ私に会いに来た彼が言うには、私が書いて来た物語の中にその後現実になっているものがいくつかある、とのことだった。
私は眉唾だなと思いながら話を聞いた。
私が書いて来たシナリオは主にTV映画用で、多数のプロデューサーやディレクターやスポンサーたちの意見を取り入れながら書いたものだ。実現の可能性が全くないものではないだろうが、それにしても偶然と言うには些か過ぎたものではあった。
私は内容を確認していった。
建築家の失踪話、ソラに浮いている巨大な謎の円柱に触れて消息を絶った貨物船の話。辺境のトシで誰かとコンタクトを取っていたものの消えた男の話。辺境のホシに、瞬間移動的に行ったことがあるというヒトたちの話。
それらがここ数年で、現実に起こったものだと言う。
信じがたいことだった。
他にも実現した事象やその手がかりが見つかれば連絡すると言って、その自称ジャーナリストは帰っていった。
彼はこれを発表して表舞台へ、などと考えているのが見え見えだったので、私ははっきりとしたことが分かるまで発表は控えるようにと言い含めておいた。
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彼が帰ってからも、私は半信半疑だった。
書いているうちに物語が降りてくる、と言った類の話はよくある。私も第一線でバリバリと仕事をこなしていた時にはそんな感覚に陥ることもよくあった。
だからと言って、それは予言や予知能力などとは全く違うものだ。
ならば、誰かがそれを現実に起こそうと暗躍していると言うことか?
だとしたら何の為に?
私や私の作品など一部のマニア以外にはとうに忘れられている存在だろうに。
そんなことに一体何の意味があるのか。
ーーとすると、やはりそこには何らかの理由があると言うことか?
あるいは私が実は何らかの啓示を受けて書いていたとかーーーいやいや。
それはある種の宗教家などがよく陥る考え方だろう。
ーーなどとその日はずっと考えていて、結局私は一睡も出来なかった。
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調べるだけ調べたが、個人では限界があった。
といって業者に頼む程のことでも無い。
例え現段階で発表したところで、あの自称ジャーナリストが一笑に付されるだけではないのか?
今更私の身辺が無駄に騒がしくなるのも望ましくはないし。
そう考えて、私はしばらくそのことを考えるのを止めた。
それはそれとして、私はまた新しい物語を書き始めようとしていた。
当たり障りのない小話ではなく、もっと壮大な何かを。
久々に奥底に眠っていた私のモノ創りの部分が刺激された様だった。
今は何の制約も締め切りも無い。
だからそれが私の中で形になるのを、私は待っていた。
思いついた断片は細かく書き留めるし、綺麗な風景や使いたい場所などは積極的に集めていく。
そうして何かが繋がっていくのを、私は高揚感と共に眺めていた。
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それは、壮大なスペースオペラになる筈だった。
だがその作業は遅々として進まない。
細部は沢山存在している。だが物語の柱となる何かが、決定的に欠けていた。
私が老いたからなのか、才能が枯渇したからなのか、それともやはり私は指示なり何らかの啓示なりが無ければ何も書けないタイプのライターだったからなのか。
そういう焦燥感と共に、私は日々を過ごしていった。
そんな時、あの自称ジャーナリストが消息を絶ったという情報が流れてきた。
ネットで調べて見ると、彼は意外とちゃんとしたジャーナリストだった。
彼もまた中央を追われて日陰の身ではあるが細々と、だが着実にその時ごとのテーマを掘り下げるタイプの仕事をしていたのだ。
私は一人で過ごす時間が長かったので、人を見る目が錆び付いていたのかも知れない。
目にした彼の仕事ぶりは賞賛に値するものだった。
だがその彼が、何も痕跡を残さずに消えた。
それは、もしかして私に関わったせいなのか?
やはり何かの強大な力が、働いているというのか?
じわりとした不安が、私を包み込んでいった。
私はとりあえずネットに繋がるものを外して、一人で旅に出ることにした。
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私は小さな旅客船に乗り込み、更に辺境のホシへと向かっていた。
小さなスタンドアローンの端末を持ち歩き、書くことだけは止めなかった。
不安は常にある。
もしもその道のプロが探したなら、私の足取りなどすぐに見つかってしまうことだろう。
だが、もしそうなったとしても既に十分生きたのではないか、という思いも同時にあった。
今書いているこれも、完成してもしなくてもいい。
ただ書いているだけで、少なくとも私は生きている。
それだけで良いではないか。
今はそう思えた。
旅は概ね快適だった。
周りは物静かな老人ばかり。木は森に隠せ、というやつだ。
何人か私に声をかけてきたヒトもいるが、お茶をする程度にとどめておいた。
何かを思いついた時に、すぐにそれを書き留められる環境が、今は欲しかった。
そうして数週間が経った。
「あれは何だ?」
誰かの声がした。
私はうたた寝から目覚めた。
辺りのヒトたちが窓の方へと集まっていった。
私はその後ろからそれを見た。
体がゾッとするのが分かった。
それはドス黒いガスのようなモヤモヤだった。
それが、旅客船の後方から迫りつつある。
「おいーーーまずいんじゃないか?」
誰かが言い、群衆はザワつき始めた。
私はそこから離れ、自室に閉じこもった。
思い出したのだ。
あのモヤモヤは、邪悪な意思が集まった存在。
今の私と同じ様に宇宙船に乗っていてあのモヤモヤに襲われた男女が、とあるホシに不時着する。そこには孤独に暮らしていた青年がネコと共にいて、3人は奇妙な共同生活を始めていくーーーという話を、私は確かに書いたことがある。
そして今私が書こうとしているアイデアの断片たちは、思い返せばその続編ともいうべきものだった。
ホシではなく、不思議なシマや不思議な空間に囚われたマチ。空中に浮かんだトシ。
それらのきっかけとなった最初の話が、今現実になろうとしている?
そんなことが本当にあるのだろうか??
あぁ、あれを思い付いたきっかけは何だったかーーー
体がガクガクと震えた。
私は毛布を頭まで被り、自身をしっかりと抱きしめていた。
やがて、フネが揺れた。
恐らくあのモヤモヤが、取り付いたのだろう。
非常ベルが鳴り、照明が点滅した。
もはや、最後だろうか。
一体何故、こんなことにーーーー
キンッッ。
その時、硬くて澄んだ金属が触れ合ったかの様な音がした。
「!!」
脳内に響く、独特な感触。
私は確かに、その音を聞いたことがある。
そしてーーーー。
キンッッ。
またその音がした。
何かのスイッチが入った。
そんな気がした。
キンッッッ。
「あぁーーーー!」
次の瞬間、私の中に、無数の言葉が溢れてきた。
そうだーーー私はかつて、こうして書いていたのだ。
「お前は、何も分かっていない!」
「ここに来る人は、モノは、結局俺の好みなのか?」
「だからもう会えない!」
「逃げているのか?」
「解放へ?自由へ?」
「それとも進んでいるのか?」
「自分の中を流れるんじゃない。自分から出すんだ。」
「誰かに観られてる気がします」
「でも、お前は認めてる」
「3人のヒトに3人の『ヒュー』」
「そして、3人が一緒になったら・・・・」
「『ヒュー』に届くんだ」
「全ての『ファントム』は、『ヒュー』に通ずる」
脳内に響く、無数の声ーーそれは叫びにも近かった。
私は毛布の中で端末を取り出した。
ああ、もどかしい。
そのセリフの全てに、意味があった。
シチュエイションがあった。
様々なキャラクターがいた。
それはもう、物語なのか何処かの世界で実際にあったことなのか分かりはしない。
『ヒュー』とは?『ファントム』とは?
それも今の私には何故か分かっていた。
私はキーボードで入力し続けていた。
だが追いつかない。
無限に湧き出てくる言葉や状況がーーーーー
思考の全てをそのまま文字に出来たら、どんなにいいだろう。
ーーーいや、そんなものはもう必要ないのかも知れない。
心の奥底では、分かっていた。
文字などでは、表現しきれない。
この大きさは。
フネが大きく揺れた。
壁が壊れる音がして、私は外へと吸い出されていった。
それでも端末は離さなかった。
「!!」
一瞬私の周りで何かの緑色の光が点滅し、私は無数のフラッシュを見た。
海のホシに浮かぶ、小さなシマ。
閉鎖空間のマチ。
永遠のソラの中のトシ。
ソラを駆ける、巨大な円柱たち。
その円柱と、何かが戦っている。
あれは、何処かの世界の戦艦だろうか。
そしてーーーその全てを見た物書きが、そういう世界に触れて、世間的には消息を断つ。
「あぁ……」
それは全て、私が今まで描いてきた話そのものだった。
何処かの世界で起こったことを私は描き、そしてそれはまた形を変えながら別の世界で起こっていく。
この無限のループ。
「……………」
これを知れただけで、私は満足だった。
ーーー面白い。
と思っている自分の状況すらいつか形にしようと、私は最後の瞬間まで小狡く考えていた。
だって私はシナリオライター。
物語を描きだすモノなのだから。
( 終わり )




