#17「あるカイトライダー」
俺はカイトライダー。
カイトボーディングを極めた男だ。
カイトボーディングって知ってるかい?
手に持ったコントロールバーに繋がった小さな凧の様な帆で風を受けて海上を疾走するサーフィンの様なスポーツさ。
俺はこれで数々の大会を圧倒的な強さで制してる、その道のプロさ。
風がなきゃ出来ないのがネックだけど、ハマった時の爽快感ったら無いぜ。
もう三度の飯よりも、ってやつさ。
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ところで今日、俺は不思議な体験をした。
聞いてくれるかい?
俺はいつもの様に海に出てた。
風が少し強くて、いつの間にか沖合に出ちまってた。
まぁ浜じゃ仲間が待ってるし、連絡も出来るからそんなに気にしてなかった。
でも突然、大きな波が襲いかかってきたんだ。
どういうことだ?そんな情報は無かった筈ーーー
だが俺は冷静だった。
風向きはちと逆気味だったが、それをジグザグにエグりつつ波の方向にボードのノーズを向けた。
よーし!ぴったりアジャストだ。
後は波をジャンプして乗り切るだけ。
焦って飛び出したら負けだ。
まだだ、まだ溜めてーーー今だ!
俺は風を掴んで、完璧なテイクオフを決めた。
太陽が一瞬目に入って、視界が緑色に滲んだ様な気がしたよ。
次の瞬間、俺は雪の上に着地した。
「!?」
いや、驚いたよ!
さっきまで海の上だったのに、雪山だぜ?
おまけに装備もいつの間にか変わっちまってた。
俺の足に付いてるボードは完全なスノーボードで、目にはゴーグル、体にはちゃんとスノーボード用のウェアを着てるじゃねえか。
一体全体どうなっちまってるんだ?
仲間に連絡を取ろうにも、あいにくそっちの装備は消えちまってた。どっちにしろ電波なんて入らなそうな場所だけどな。
ただ、俺の手には今までと同じカイトのコントロールバーが握られてた。風もある。
落ち着きを取り戻した俺は、滑りながら辺りを見回したよ。
辺り一面の雪山だ。急斜面って程じゃなく、まるで砂漠みたいにゆるやかなコブがずっと続いてる。いい具合のパウダーだ。
横ノリスポーツってのは大体原理は同じだ。
極めたやつは、大体出来るもんなんだぜ?
俺はまるで夢見心地で、ゆるやかに滑っていったよ。
完璧なランだった。
ずっとこうしてたいと思ったよ。
そしたら、目の前にいきなり崖が現れたんだ。あまりに急でブレーキや方向転換は間に合わなかった。
俺は下の見えない崖から、ジャンプするしかなかったよ。
「ーーーー!」
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パフッ。
そしたら、俺は柔らかいモノの上に着地したんだ。
「………?」
目を開けてビックリしたよ。
俺は雲の上を滑ってた。
嘘だと思うだろう?ホントなんだよ。
そりゃあ思ったさ、俺はもう死んでるんじゃないかって。
タダの浮遊霊が見ている夢なんじゃないかって。
でもさ、分かるんだな。
長年滑ってると感じる、足下とコントロールバーから伝わってくる独特の感覚さ。
俺は今、間違いなく生きて滑ってる!ってさ。
だから俺は、滑ってやった。
たまには雲面?を蹴ってムーンサルトを決めてみたり。
思い切り楽しんださ。
最高だったぜ!
「………?」
風を切って進んでいると、そのうち妙な音が聞こえてきた。
ーーー何だ?
ズバッ!
小さめの航空機みたいな何かが、俺の前方の雲から飛び出して、俺の横をパスしていった。
ほら、やっぱり天国じゃなかったろう?
いるんだよ、誰かが。
俺は後ろを振り返った。
「!!」
そしたら、とんでもないモノが見えたんだよ。
直径が数キロ以上はありそうな、でっかい円柱が、ソラに浮いてた。
何だありゃ?
さっきパスして行ったのは飛行機型のドローンだろうか、数メートルの大きさだったそれは、その円柱に近づくにつれて点になっていった。
その時、雷がそれに落ちた。
「!」
ドローンは燃え落ちていったよ。
何か、やばい感じがした。
自然の雷じゃない気がした。
俺はターンしてあの円柱が何なのか確かめて見たい気持ちもあったけど、ヤメておいた。
海でもそうだ。
天候が少しでもヤバそうなら、死ぬ前に帰るべきだ。
幸いあの円柱はやがて雲の向こう側へと消えていった。
何だったんだ、あいつは?
そしてこのソラはーーーこの世界は、何なんだ?
俺は雲の上を滑った。
当てもなく。
どれだけ滑っても、先は見えない。
雲が切れたらどうすんだ?って考えもよぎったけど、今の所雲は目の前に無限に続いている。
風も、今の所心地よく吹いてる。
「ーーーあれは?」
その時、俺の目に何か物体が見えた。
気球?
飛行船?
ずんぐりとした芋虫の様なそれはーーー空中に浮いた宇宙船か何かか?
かなり大きい。
俺は混乱したよ。
完全なオーバーテクノロジーだ。そんなこと言ったらさっきの円柱だってそうだけど……
やっぱり俺は死んでんのか?なんて思っちまったよ。
それでも俺はそいつを観察した。昔から目はいいんだ。
あれはーーー多分、トシだ。
空中に浮かんだトシーーーーそこには、恐らくヒトがいる!
ひょっとしたら宇宙人かもシンないけど、とりあえずそこに行ってみるかーーーー
俺はカイトをそちらへ向けた。
だが突如、強い横風が俺を襲った。
「くっ!」
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俺は必死にコントロールバーを操った。
飛ばされる。
暴れるボードを何とか押さえつけながら、俺は振り返った。
……ダメか。
あのトシには、辿りつけそうになかった。
何だーーーあれは。
俺は、何を見たのだ?
分かんなかったよ。
でも、今はそれどころじゃあない。
強風の中、俺はカイトボーディングに集中した。
結果的に、滑ってはいるが緩やかに上昇していく形になった。
俺は、何処までいくんだろう。
このまま、宇宙まで行くのか?
なあんて考えてもみたけど、とにかく今はボードのバランスを崩さないことが肝心だ。
要はバランスだ。
人生も、カイトボードも。
欲張っちゃあいけないのさ。
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どうだい?俺の話は。
信じるかい?
不思議すぎて、もし俺だったら聞いても信じないだろうよ。
そこからどう帰ってきたかって?
実は帰ってないんだ。
俺は、まだソラを登ってる。
もはや雲もないけれど、何故か緩やかな風を受けて、進んでる。
ボードの下には、何か緑色の光の粉が舞ってて、その上を滑っているよ。
どうやらこのソラは無限に続いているみたいだ。
何処まで行ってもホシは見えない。
一体俺はどうしちゃったんだ?
でも、俺は今幸せだ。
だって、これだけ気持ちよく滑っていられるんだぜ?
澄み切った青の空の中を。
最高だろ?
( 終わり )




