#14「あるロボット」
僕はロボット。
白い生体セラミック製で、角の取れた正十二面体の形をしている。
大きさはハンドボールくらい。
重力下では内蔵されている反重力装置で浮いて移動する。
流石に単体でジャンプまでは出来ないけど、各種センサーは散りばめられてるし小型のマニュピレーターも内蔵されてる。
普段は太陽光で充電して活動してるんだけど、今はソラに浮いていてしばらく恒星には出会ってない。
今、数週間は持つ筈のバッテリーが切れかけなんだ。
何故こんな状態になったのかは分からない。
いくら僕の中のメモリを確認してみても、その記録は無かったんだ。
気がついたら、真空のソラに浮いていた。
だから今僕は、なるべくバッテリーを使わない様機能を制限してる。
いつか、ヒトにーーーーいや、ヒトでなくてもーーー
誰か、話の出来る存在に、出会えたらいいな。
✳︎ ✳︎ ✳︎
何も出来ないので、僕はしばらくスリープしていた。
近くで何か反応があった時には復帰するけど、今の所それは大抵デブリだ。
ヒトならばがっかりするんだろうけど、僕はロボットだ。
淡々と次の作業に移る。
そしてそんな時ーーー再びスリープに入る前の一瞬、僕は考える。
僕は、誰が作ったんだろう。
ヒトではあると思う。
工業製品なのか、誰かの特注なのか。
でも、その記録もスッポリと僕の中から抜け落ちてる。
いつか、その理由が分かればいい。
そしてもし、同じ様な仲間がいるならーーー。
✳︎ ✳︎ ✳︎
”ーー!?”
僕は目覚めた。
センサーは、近づいてくる巨大な質量を持った物体を感知していた。
デブリや岩塊ではない。
僕は全身のセンサーをフル稼働させてその物体を認識した。
それは、数キロはある巨大な円柱型をした宇宙船らしきモノだった。
表面はゴツゴツとした岩肌の様だが、明らかにヒトの手が作り出したものだ。
中に生命反応は無いが、稼働はしている。
小さな僕は、ゆっくりとその巨体の質量に吸い寄せられていった。
何とかマニュピレーターでハッチを開け、中に入ることが出来た。
中は人工重力が働いていた。
薄暗いが間接照明は点いている。
とにかく、早く充電がしたい。
だけど、宇宙船にはありそうな壁のコネクター類が見当たらなかった。
途方にくれた僕はありったけのセンサーで情報を収集したけど、この物体がいつ何処で作られたのか、結局分からなかった。
新しい様で古い様で、僕の中にある僅かな記録の中のヒトたちとは違う何かが作った風にも見えた。
僕はゆっくりと奥の方へと進んでいった。
少し開けた場所に出た。
そのフロアは巨大な螺旋状の廊下へと続いていて、その両側には部屋が無数にあった。
おかしな話だが、先は全く認識出来なかった。本当に無限に廊下が続いている様に見えた。
僕はその部屋の一つに近づいていった。
目の前で、ドアは自動で開いた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
”!?”
僕は、とあるホシの上にいた。
夜の面で、星空が綺麗だった。
直径が数十キロ程度の小さなホシであることは瞬時に分かった。
僕が知っている星図の中には無いホシだった。
そしてこのサイズのホシではあり得ないことだが、普通に空気と重力があった。
ーー何なんだ此処は??
さっきまであの巨大な円柱型の宇宙船内にいた筈なのにーー?
メモリを辿ってみたが、何故か時間が連続していなかった。
ソラで最初に目覚めた時の様に、それまでの記録がすっぽりと抜け落ちていた。
だが、ーーー僕はあの円柱の中にいたことだけは確かに覚えていた。
まるでヒトの微かな記憶の様に。
僕は、一体何が起きているのか分からずコンフリクト寸前だった。
「ニャ」
”!!”
後ろから動物の声がして、僕は体を回転させた。
ホシに微弱な生命反応があるのは分かっていたが、これはーーーネコ?
まん丸な目をしたネコはじっとこちらを観ている。
目の前に浮いている小さな正十二面体は、さぞ興味を引くことだろう。
差し当たって危険は無さそうだがーーーそれよりも、僕はネコの後ろに見えている巨大な塔が気になった。
ゴツゴツとした岩肌の様なその表面が、まるであの円柱が伸びて大地に突き刺さった様にも見えたからだ。
これはーーー中に何があるのか、確かめなければ。
「おーい、どうした?」
”!?”
塔の方からヒトの声がした。
僕の五角形の面の一つにあるレンズで寄って見ると、塔の二階のベランダ部分に筋肉質の男がいる。
気がつけば、またいつの間にか生命反応が増えていた。
僕としたことがそれを見逃した?それはとても珍しいことだった。
確かに、何かがおかしい。
何なのだろう?この奇妙なホシは。
だが良かった、これは何か話が聞けるかもーーーそう思った瞬間、僕の意識はプツンと途切れた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
スリープから目覚めると、僕はあの円柱の中にいた。
無限に続く螺旋階段と無数のドアが、目の前にあった。
まるで瞬間移動でもしたかの様に。
どうやらバッテリーが本当にヤバいみたいだ。
さっきから僕の挙動はかなりおかしい。
早く太陽なり充電器なりの側に行かないとーーーー僕は目覚めなくなる。
ヒトでいう死、とは少し違うかもしれない。
でもそれは、再び電源に近づけてくれる誰かがいない場合、ほぼ同義だ。
僕は機能を制限して円柱内部の生命反応だけを追った。
だが……やはりここには、誰もいない。
反重力装置も切って、僕は冷たい床に降りて只の正十二面体になった。
それにしても、ここは何なのだろう。
誰もいない、無人の宇宙船。
でも、明らかにヒトが使う様設計されたものだ。
中にはリビングスペースやトイレスペースなども見て取れる。
だがーーー誰もいない。
何故だ?
この円柱は、一体何なのだ?
誰が、何の為に作ったのだ?
それはまるで僕と同じ様に、起源が分からない謎の存在ーーー。
僕はスリープ前の一瞬、またそんなことを考えていた。
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スリープが解けた。
何かを探知したのだ。
何かが、僕をつついている。
僕のカメラが何かを捉えた。
ずんぐりとした湿った毛並みの生物ーーーービーバー?
僕は機能を復活させて、浮き上がった。
そこは南国風のシマの、砂浜だった。
小さくて水に覆われたホシの、唯一の陸地。
やはり星図には無いホシだった。
”………?”
そこは太陽が照りつける場所だった。
良かった、ともあれこれで充電は出来るーーーーそうして僕は目の前の動物を改めてじっくり見返した。
何故ビーバーなんだ?
僕の所有している知識ではその生息地域とこの南国のシマは一致しなかった。
ビーバーは、僕の方をじっと見つめて首を傾げている。
あれ、この状況は何か既に体験した様なーーー
「ビー、何か見つけたの?」
女性の声がした。
またしても、生命反応が急に現れた。
やはり僕の機能は正常じゃない。
そして更に異常なことが起きた。
目の前のビーバーは振り向いて彼女に言葉を投げかけたのだ。
「何か、ヘンなモノが浮いてるよ」
”!?”
僕の意識は、そこでまた途切れた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
スリープから覚めると、そこはヒトが使うランドリーマシンが無数に並んだ、不思議な空間だった。
どうやらあの巨大な円柱の中みたいだけれど。
”………”
さっきのは、何だったのだろう。
南のシマに、言葉を話すビーバー。
そして、また瞬間移動ーーーというかもはや時空を移動?したかの様な僕。
理解出来ないことだらけだった。
僕は辺りを見回した。
あの廊下と同じ様に、何処までもランドリーマシンの列が連なっている。
何故こんな数の洗濯機が必要なんだろうか。
以前はそれだけのヒトがいたということだろうか。
先程のシマで太陽を浴びて少しだけバッテリーが復活していたので、僕は改めてこの場所をスキャンしてみた。
確かに円柱内の一スペースだった。なのに、無限に空間が続いている不条理。
相変わらず生命反応は無い。
だけど、確かにこの巨大な円柱は動いている。
そういえば、ランドリーマシンがあるってことは、電源があるってことじゃないか?
そう考えてしばらく探してみたが、結局見つからなかった。
どうやらこの場所は休眠中の様だし、エネルギーは無線の状態で送られてくるタイプらしかった。
そしてようやく分かったが、この円柱のエネルギー源は太陽光による一種の外燃機関だった。
あの異様にゴツゴツとした外壁は、そんな機能も有しているのだった。
ゴウンッ。
”!?”
近くのランドリーマシンの一つが、突如動き出した。
……何だろう?
僕は用心しながら、それに近づいていった。
そして斜め型の回転しているドラムに近寄って、中を覗き込んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
”!?”
また時空が飛んだ。
そんな気がした。
僕は、水中に浮かんでいた。
僕の体は宇宙空間でも大丈夫なので勿論水中でも故障はしないけどーーー此処は?
スキャンした結果、僕がいるのは海底に沈んだ巨大なイモムシ状の宇宙船の中だった。
難破船の様に、中央の上部には大きな亀裂が入っていた。でもそこを起点にマチが作られ、数千人のヒトたちが生活していた。
そう、彼らはーーー水中生活をしているのだった!
そしてマチの外は、ぐるりと何かのフィールドが取り囲んでいて完全な閉鎖空間になっていた。
何だ、此処は??
コンコン。
誰かが僕をつついた。
またかーーー今度は?
僕はぐるりとメインレンズのある面を後ろに向けた。
また動物だ。これはーーーカワウソ、だろうか。
水中生活に適した体を持つ動物が、僕の周りをゆったりと泳いでいた。
「何だ、お前」
”!!”
この動物も、何故か言葉を話せるのだった。
何なんだ、この世界は?
いやーー少し観察して気づいたが、このマチの住民もどうやらこの水中生活をずっと続けていた訳ではなさそうだった。少し前までは普通に空気中で生活していたと思しき設備が多々見受けられた。
皆困惑しながらも水中生活に慣れようとしている様子だった。
どういうことだ?
突然、普通の世界が水中へと変化したとでもいうのか??
「ワウ、無事か?」
後ろからヒトの声がした。
水中で少しくぐもってはいるが、再生技術で作られた男性の声だ。
今度こそ何か状況を聞きたいものだがーーー
僕はその男の方へ目をやった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
”!!”
僕は目を覚ました。
そこは、もはや見慣れた永遠に続く廊下だった。
ーーーまただ。
また、飛んだ。
いい加減うんざりだ。
一体誰が、何の為に僕にこんな経験をさせるのか?
そこまで思ってーーー僕はハッとした。
うんざり?
思った?
ハッとした?
何故僕は、そんなヒトみたいなことをーーーー?
キンッッ。
何処かで、何か音がした。
✳︎ ✳︎ ✳︎
気がついたら、僕はとあるトシにいた。
水中じゃない。
だけど巨大なイモムシ状の宇宙船を基礎にしたトシという点では、先程のマチと似ていた。
だが今回のトシには亀裂は無く、トシ自体が空中に浮いていた。
”………”
どうやら宇宙船の反重力装置だけは動いていて、他のジャンプドライブや航行に必要な部分が欠損している様だ。この浮いた状態でおそらく数百年が経っている。
そしてこのトシが浮いている場所はーーー何だ?
ホシの上じゃない。
宇宙空間でもない。
ただのソラーーーどこまでも続く、空気のある空間だった。
そんなことがあるだろうか?
僕のセンサーがどうにかなっているのだろうか。
”……?”
とりあえず僕は周りにヘンな動物がいないことを確認してから、そっとトシのヒトたちを観察することにした。
僅か数千人のヒトたちは、このトシでの生活に慣れている様だ。
農業プラントやソーラーパネル、リサイクルシステムもあり、完全に自給自足が成り立っていた。
水は不足気味だが何故か時々雨も降る様だ。
ありきたりな共和制が敷かれ上層部もそう酷い施策は行なっていない模様。
何処までいっても何もない空間、というのが気になるものの、それ以外は至って普通のヒトのコミュニティだった。
ウィーーーーッ。
サイレンらしき音が一度鳴った。
僕の視界内のヒトたちはひとしきりソラを見上げた後、気にするでもなく元の生活に戻っていった。
何だろう?
トントン。
誰かが僕をつついた。
何だ、また何か動物がーーー振り向くと、一人の女性がいた。
”……?”
旧オリエンタル系の顔立ちの女性だった。
少しやつれているが鍛えた身体と、少し赤みがかった黒髪の下から見える瞳には意思の強そうな光が宿っている。
だが何処かに孤独と諦めも同時にまとっている。年は三十程度だろうか。
彼女は僕をじっと見つめていた。
スキャンして気がついたが、彼女の声帯は生まれつきなのか正常ではなかった。
話せないのだ。
幸い、このトシのヒトの左手甲には生体端末が備え付けられている。
このトシのネット環境用にも、そして相互通信などにも使えるものだ。
僕は自分をその環境へと繋いだ。訳もないことだ。
僕はそれを通して彼女に話しかけた。
”ハロー、聞こえるかい?”
彼女は少し驚いた様な顔をした。
”……あなたが、話しかけて?”
彼女の脳内から発される声は、僕の体に心地良く響いた。
ーーー心地良くだって?
まあいいか。
”僕はこのトシが初めてなんだけど、色々教えてくれるかい?”
彼女は少し目を見開いてから微笑んだ。
”ーーー私も、まだよくは知らないんだけどーーー知ってる範囲なら”
結構、対応力がある女性だな。パニックになってもおかしくないだろうに。
僕はそう思った。
その時、トシの下部から小型の飛翔体が数機、飛び立った。
”早速だけど、あれは何だい?”
彼女は見上げて言った。
”あぁーーー『ヒュー』が出たんだよ”
”『ヒュー』?”
何処かで聞いたことのある様な言葉だった。
その時、またしても僕のセンサーは、いつの間にかソラの彼方に現れていた巨大な物体を認識していた。
”ーーーー!”
それはーーー間違いなく、あの円柱だった。
それが十数本、離れたソラに浮かんでいる。
”その『ヒュー』っていうのはーーー何だい?”
僕は少しドキドキしながら聞いた。
”さぁーーーテキ、らしいよ”
”………”
何だ?
どういうことだろう?
確かにあれは僕がいたあの円柱と同じタイプのものの筈ーーーーそして、テキだって?
その時、音がした。
キンッ。
先程も聞こえたその音は、彼女の中から聞こえてきたような気がした。
彼女の手が、ゆっくりと僕に触れた。
”……!!”
その瞬間、僕の意識は彼女の左手甲の生体端末を通してより深く、彼女と繋がった。
何故か、彼女を通すと僕の体中のセンサーはずっと深くまで繋がってーーーー
それは僕にも、初めての体験だった。
僕自体にそんな機能がある訳じゃない。
この生体端末と、それを取り巻く環境が何かしているというのかーーーー?
”………”
彼女と繋がった僕は、彼女の存在をイメージで感じ取ることが出来た。
彼女は、このトシで生まれ育ったヒトではなかった。
ある時気がついたらこのトシにいたのだ。
僕と同じ様に。
それ以前の記憶は無い。
トシの上層部で調べられたが何処の誰なのか結局分からなかった。
タダでさえ話せない上に、自分のことが何も分からなかった彼女。
仮の名前に仮の仕事を与えられて、トシで過ごさざるを得なかった彼女。
僕はそれらの複雑な感情に、触れることが出来た。
それを彼女も同時に理解しているという、不思議な感覚だった。
”ーーーーー!”
そして、僕らの意識は彼女の欠落した記憶の抜け落ちたイメージの部分へと近づいて行った。
彼女が恐れているのが分かった。
大丈夫、怖がらないでーーーー
キンッッ。
また、あの音がした。
何かに触れた時の、あの音。
そして次の瞬間、それは一際大きく響いた。
キィーーーーーン!
””!!””
その時、僕と彼女の意識は、あの円柱の中へと飛んだ。
そう感じた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
それは、無数の緑色の光が飛び交う不思議な空間だった。
”!!!”
僕のセンサーには、もはや何も感じられないーーー
いや、僕の筐体など既に無かった。
彼女の体も無い。
僕らは意識のまま、この場所にいた。
ーーーー意識だって?
ロボットである僕が。
何故?
だが何故か、この空間ではそんなことはどうでもよくなっていた。
”見てーーー”
彼女の声がした。
声、と言うよりも意識全体に彼女がジワリと響く感じだった。
無数の緑色の光が集まってきて、僕らを突き抜けて行った。
””!!””
僕らは、数々のフラッシュを見た。
あるホシで孤独に暮らしていたネコと青年の元へ、巨大な宇宙船が落ちてくる。
それに乗っていた男女と、彼らは共同生活を始めていた。
あるシマでビーバーと暮らしていた少女の元へ、色んな世界のヒトたちが現れる。
彼女は挫折しながらも成長し、やがて子供を得ていた。
ある隔絶したマチで、孤独な男女が出会った。
側には、カワウソがいた。
彼らはマチを、別次元へと導いていった。
そんな見覚えのある世界の中で、僕らは彼女と同じ様に記憶を無くして彷徨う女性の姿を見た。
彼女の名前は、とても印象的だった。
あれはーーーーーー。
その他無数の世界の記憶が、僕らを通過して行った。
大海のクジラ。
ピアニスト。
ランドリーマシン。
バス。
カメラ。
水の世界。
炎の世界。
氷の世界。
時に姿を変える、無数の世界たち。
それらは皆、何処か愛おしかった。
”ーーーー!”
それら全てが、複雑に絡み合っていてーーーーー
僕らは、その驚きを、共有した。
周りの無数の緑色の光たちは、やがてその中心へと流れていく。
まるで銀河の様な光景に、僕らは見とれた。
だが僕と彼女の意識はその流れからは取り残され、その先へは行けない様だった。
でも僕らは何となく分かった。
僕らは、二人ならまた、此処に来られる。
もっと奥底の、あの中心の何かに、触れられる。
そこに、目指すものはあるのだ。
彼女の抜け落ちている部分も、恐らく。
そして僕は知った。
僕はあのネコやビーバーやカワウソと同じだ。
側にいて、見守るもの。
あのネコたちは仲間とかいうんじゃない。
同じ存在なんだ。
あの緑色の光のいわゆる端末の一つであり、また同時にそれ自体でもある。
みんな、繋がってるんだ。
……なあんだ。
僕が欲しかったものは、全て此処にあったんじゃないか。
僕は満たされていた。
ロボットなのに、って?
もうそんなことはいい。
それだけは確かなことだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
僕は、彼女の腕の中で気がついた。
”……!”
”な、何ーーー?”
僕らは、しばらく何も言えずにいた。
でも、お互い分かっていた。
さっきの空間で、僕らは繋がっていたこと。
そして、全ての答えはあそこにあること。
僕は、しばらくこのトシに、そして彼女の側にいようと思った。
ネコやビーバーやカワウソの様に。
そしてあそこへと導くんだ。
それが僕の役目だ。
恐らく、あの円柱の無限の廊下やランドリーマシンの列などに行くことはもうないだろう。
それは何故か知っていた。
行くべきは、あの光が飛び交う空間だ。
それにはーーーー
今この世界で『ヒュー』と呼ばれる、そして何故かテキだという、あの円柱の謎を解かなければ。
それが一番の近道だと思った。
彼女の手が優しく僕を撫でた。
”名前ーーー”
僕の中に、話せない彼女の声がした。
”うん?”
”何て、呼べばいい?”
僕は少し考えた。名前なんて無い。
考えようにも、僕はそういう創造性を必要とすることは苦手だった。
”じゃあーーー”
彼女は顎に綺麗な指を当てた。
”正十二面体ーーRegular DodecahedronーーReDo-ーーレドね”
”………うん!”
僕はその名前を、とても気に入った。
”よろしく、レド”
”よろしく、じゃあ君の名前はーーー”
”わたし?”
”ーーーーファイ”
”………!”
それは、あの光の空間で見つけた名前だ。
彼女にぴったりだと思った。
彼女もそう思った様だ。
赤みがかった黒髪の彼女は、優しく微笑んだ。
”ファイーーーいい名前ね”
このトシで付けられた名前とは違うが、それが彼女の本当の名前だといい。
ファイは僕を抱えたまま立ち上がった。
本当は自力で浮けるけど、こうしているのが案外いいと、僕は初めて思ったんだ。
( 終わり )




