#13「ある建築家」
建築家がいた。
あるホシの首都であるトシで、天才肌の建築家として名を成していた。
若くして成功し、妻も娘もいた。
だが、彼は何処か満たされないものを内に抱えていた。
彼が住んでいるホシは近隣のホシたちの中心にあった。
建築家は地上の建造物だけではなく、コロニーや宇宙ステーションなども手がけていた。
その彼に、新しい軌道エレベーター計画の依頼が舞い込んだ。
とある小さめのホシで使う為のもので、それも移動・再利用が可能なもの、という内容だった。
建築家が手がけて来た仕事の中ではかなり大がかりなもので、恐らく彼の代表作になるものと思われた。
彼と彼の会社は数年かけてその事業に取り組んだ。
彼はそれにのめり込み、家庭を顧みなくなった。
何故自分がこの仕事に魅せられるのか。
自分でもよく分からなかった。
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彼のグループは新型軌道エレベーターの為に、新しい技術を次々に開発した。
長期間航行に耐えうる外燃機関を備えた自己復元機能のある外壁。
単体で大気圏突入・離脱が可能な反重力装置。
ジャンプ機能を持った宇宙船としても、またホシに建てた時にビルとしても成り立つブロック状に別れた内部構造。
あらゆる変化に対応出来る様各ブロックを自在に移動・連結可能な空間制御。
それらを統括する量子AI。
それはただの軌道エレベーターではなく、ホシたちの未来を担う革新機体となる筈だった。
だが、肝心のその外燃機関だけがうまくいかなかった。
理論は正しい。だがいくらテストを繰り返しても、それはうまく作動しなかった。
建築家は絶望した。
そんな中、家族が事故にあった。
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それは、あるいは心中だったのかもしれない。
病院に着いた時、建築家はそうポリスに告げられた。
「最近、家庭で問題は?」
問われた彼には、返す言葉が無かった。
数週間イエには帰っていなかった。
先週も娘の誕生日には帰って来て、と言われたのに忘れていた。
次の日、二人から彼を罵倒するメッセージが届いていた。
それ以降、彼らとは口を聞いていなかった。
危篤状態の二人を前に、建築家は後悔した。
自分は、一体何をしていたのだろう。
その後、妻と娘は危篤状態は脱したものの目を覚ますことは無かった。
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建築家は仕事に戻った。
植物状態の妻と娘の生命維持装置は決して切らなかった。
彼らの存在がこの世から消えて無くならない様に。
やがて建築家は、軌道エレベーターの中心部の一ブロックに巨大な記憶装置を据えることにした。
元々軌道エレベーターが建ったホシが危機に陥った時は、軌道エレベーター自体がヒトたちを乗せる巨大な脱出ポッドにもなる様設計されていた。そして更に、万が一ホシのヒト達が絶滅する様な事態に陥った時にはせめて彼らの記録だけは残せる様、そしてその記録だけは必ず守れる様に機能の追加を考えたのだった。
記録や記憶を集める作業は量子AIによって自動で行われ、ヒトがそれを認識せずとも良い。
建築家はその作業に没頭した。
相変わらず外燃機関は不安定なままで、彼の会社は少しずつ傾いていった。
社のヒトたちは彼を疎ましく思う様になっていった。
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更に数年が経った。
建築家のグループは社内で力を失い、軌道エレベーターの建造計画は彼と共に辺境のホシの子会社へと売却された。
建築家とそれに付いてきた僅かなヒトたちは、辺境の土地で孤独に作業を進めていた。
病院も見放した彼の妻と娘の生命維持カプセルは彼のラボの片隅にあった。
最早それだけが、彼の救いだった。
だが、タイムリミットは着実に迫ってきていた。
後半年で結果を出さねば軌道エレベーターのプロジェクトは中止になることが決定していた。
そうなれば、社に建築家の居場所は無かった。
妻と娘の生命維持装置ももう稼働し続けることは不可能になる。
彼は焦燥と憔悴の中、寝る間も惜しんで作業を続けていた。
そして期限まで1ヶ月を切った。
まだ外燃機関は安定せず、望む結果は得られていない。
建築家は半ば諦めていた。
だが最後に、やろうとしていることがあった。
中心部の記憶装置に妻と娘の生命維持装置を繋ぎ、その記憶を全てトレースしようと考えていた。そうすれば、体は朽ちても彼らは残る。
周りのヒトたちは反対した。
そんなことをしてもこのプロジェクトが消えればこの未完成の軌道エレベーターもその中の記憶ブロックも、全て鉄クズと化すのだ、そんな感傷よりも今は最後までやるべきことをやろう、と。
建築家はそんなことは百も承知だったが、諦めることは出来なかった。
彼以外のヒトたちが疲労がピークを迎え全員帰ったその日、彼はこっそりとその作業を決行した。
不安定な外燃機関を何とかねじ伏せつつ、妻子の記憶を引き出すことだけにマシンパワーを使う。微妙なバランスは量子AIに任せ、彼は軌道エレベーターの中心部でカプセルと記憶装置を繋いで調整作業を行なっていた。
その時、彼の近くで小さな爆発が起こった。
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それは、見逃されたメンテナンス不足による欠陥箇所が原因だった。
既にメンテに回す人員も確保に事欠いている状況で、仕方のないことだった。
彼は瀕死の重傷を負った。
外へ連絡しようとしたがそのラインも途切れていて届かなかった。
「………」
最期を悟った建築家は、妻子の入っているコールドカプセルの方へ這っていった。
彼らは、自分のせいで幸せな人生を送れなかった。
せめて、彼らの生きた証だけはーーーー。
「………!」
建築家は、ガラス越しに妻と娘を抱いた。
すまないーーー本当に、すまなかった。
心の中で何度もそう謝った。
そして、建築家は事切れた。
無の時間が過ぎた。
キィーーーーーン!
その時、カプセルの中から、緑色の光がほとばしった。
光の中から、小さな光の粉が四方へと拡散していった。
それはまず記憶装置と繋がれた建築家の妻子へと流れていった。
妻と娘の記憶が、小さな光へと変換されていく。
それらは瞬く間に記憶装置へと吸い込まれていった。
記憶装置は完全に起動していた。
そして次に緑色の光の粉は、建造中の軌道エレベーターの隅々へと広がっていった。
ウーーーーーーン!
外燃機関が、突如フルパワーを発揮し始めた。
不安定だった姿はもうそこには無い。
不思議な光が、エネルギー変換の仲介をしている様だった。
ゴゴゴ……。
数キロはある軌道エレベーターの巨体が、静かに浮き上がっていった。
ホシを離脱する際に使う反重力装置が働き始めたのだ。
そしてその外観が、自動で形を変え始めた。
それは、誰も見ていない辺境のホシのとあるラボで起きた出来事だった。
量子AIが何を始めようとしているのか、知るものはいない。
やがてそれは巨大な円柱の形状になった。
それは緑色の光に包まれてーーーー消えた。
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夜明け前にアラートを受けてラボに集まってきたヒトたちは、呆然とした。
そこは小型の爆縮型のニュークリアでも破裂したかの様に、ラボ自体が内側へと吸い込まれ消えて無くなっていた。
彼らは方々探したが、建築家とその家族、そして建造中だった軌道エレベーターは何処にも無かった。
量子AIの不具合で、ジャンプドライブが暴走したのだろう。
ポリスの検証の結果、そう世間には発表された。
著名だった建築家の凋落とその不信な出奔。
事故か心中か、それとも未開の地への逃亡か?
しばらくホシの間ではそんな噂が飛び交ったが、
やがてヒトたちはその新型軌道エレベーターや建築家の話など忘れていった。
だが、それはずっとソラに存在している。
今も、無限に増殖したその巨大な円柱の形をしたモノは、あらゆるヒトたちの記憶を集め続けている。
それは、あの緑色の光ーーーやがて『ヒュー』と呼ばれることになるそれが、行っていることなのだろうか。
それともあの建築家の意思が反映されたものなのか。
ーーー真実は誰にも分からない。
だが時にそれはヒトたちの前に現れ、触れたものに何かを見せている。
( 終わり )




