表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/36

#1「ある記録者」


 私は、独りこの場所でモノを書いている。

 それはあの忌々しい緑色の光、『ヒュー』の記録だ。

 誰もいない薄暗い場所で、私はずっとそれを書いている。

 いつか、これを誰かが読むのだろうか。

 いやーーーいつか、というのは時間があるヒトに限られた表現だ。

 私にそれは無い。

 いつの頃からか、ずっと私は存在している。

 気が付いた時、既に私は此処にあった。

 その時から、あの緑色の光『ヒュー』は宇宙のそこかしこにいた。

 私にはそれが何故か手に取るように分かった。

 私は全てを見ていた。


 『あの光が、一つの世界を滅ぼした』ーーーー。

 そんな微かな噂が聞こえてきたのはいつのことだったか。

 それまで漠然と『ヒュー』の情報にさらされていた私は、その時ハッとした。

 それは本当なのか?

 『ヒュー』の情報を書き留め、その真実に辿り着くことが、自分の使命なのだ。

 何故だかそう思った。

 それから私はずっとここで、記録を続けている。


 この場所は、モヤモヤとした謎の空間の中にある。

 私がいるスペースだけは小さな図書室の様になっており、雑然と書物が並んでいる。

 だが筆記用具などは無い。

 私の中に文書を書き留めるスペースがあり、空間に文字が羅列されていく。

 文字と言っても古代言語の様な、映像や情報や感情を含めたものだ。

 ある程度溜まれば、いつしか書物としてこの空間に現れていく。

 それらはいつでも編集可能だ。

 何処かを修正すれば、それらはまた書物として更新されていく。

 そうして、私はその書き留める作業をずっと続けている。


 『ヒュー』については、私が誰よりもよく知っている。

 あの緑色の謎の光に、果たして意識や意図はあるのか。

 それはあるとも無いとも言える。

 ある時は小さな子供や少年の姿を取ることもある。

 ただの緑色の光だけのこともある。

 どの世界でも、それは何処かにいる。

 何もしていない様に見える時もあれば、先の噂の様にその光が世界自体を変えてしまう、

 もしくは滅ぼしてしまうこともある。

 あれは一体何なのかーーーそれは永遠に分からないのかもしれない。

 ただ、私はそれを書き留め続ける。

 永遠に。


 そんな私は何なのだろうか、と時々考えることもある。

 それも、永遠に答えの出ない問題だ。

 私はこの図書室にいる。

 名前は無い。

 食べ物はいらない。

 排泄もしない。

 睡眠も取らない。

 ただ雰囲気としての少量の水さえあればいい。

 それすら、ただのイメージとして存在するだけのものだ。

 それは、書物と同じくいつの間にかこの空間に現れる。

 私も、誰かによって存在している。


 あの謎の光『ヒュー』も、同じ様に誰かに生かされている、ということはないだろうか。

 それはおそらくーーー無い。

 誰よりも『ヒュー』について知っている私が言うのだから間違いない。

 あれは、より高次の存在だ。

 それ以上、があってはならない。

 ある筈が無い。

 そう思っていた。


 何故、私は『ヒュー』のことが見えるのか?

 同時に幾多の世界の、それも奥深くに隠れている『ヒュー』の姿を感じることが出来るのか?

 それは何度も考えたことがある。

 恐らくそれぞれの世界に、それを観察している存在がいるのではないだろうか。

 私の様に、世界とは離れて見ているモノが。

 そして彼らは、私がこうしてそれらを集めて記録しているということを恐らく知るまい。


 そこまで考えて、私は思った。


 私の上は?


 私が記録したものを、吸い上げて集めている存在は、いるのだろうか?

 他にも私の様な存在がたくさんいて?

 ……ということは私に見えているのは全世界のほんの一部だけ?


 ……………。


 そこで初めて、私は存在に不安を覚えた。

 ならば私のしていることに意味はあるのか。

 別に私がやらなくても代わりはいくらでもいるのではないか。


 あの、忌々しい緑色の光、『ヒュー』。


 私はいつしか、そう思う様になった。

 とはいえ、何もかもを放棄している訳でもない。

 他にするべきことは無いのだ。

 私は記録することを続けていた。


 図書室の様な記録の詰まった部屋には、ドアは無い。

 窓はあるが全てはめ殺しで、開けることは出来ない。

 外にはモヤモヤとした謎の空間が見えている。

 私は時々、それを眺める。

 此処は、一体何なのだろう。

 その思いは、いつまでも消えはしなかった。



 ある時、私は図書室にある雑然とした書物が幾つか消えているのに気がついた。

 私は愕然とした。

 私の長年の作業の成果が!

 だがそれは何処を探しても見つからなかった。


 ……誰かが持ち去ったのだろうか。

 だがどうやって?

 誰も入れないし出られない筈のこの図書館に、出入り出来るのはーーー


 『ヒュー』?


 まさか、と私は思った。

 だが、それ以外にーーー?


 『ヒュー』は相変わらず、幾多の世界で姿を見せている。

 だがこの部屋には、その存在は感じ取れない。

 今まで感じたことも無かった。


 何故だーーーーー?


 次々に、書物が消えていく。

 知らぬ間に。

 それを私はどうすることも出来ずにいた。

 あの忌々しい緑色の光。

 あいつは私を、どうしようというのだろうか。


 それでも私は淡々と、記録を続けた。

 

 書物が消え、書架が消えーーー

 どんどん、この小さな図書室は狭くなっていった。

 私に感じられる『ヒュー』の存在はどんどん少なくなっていった。

 私は、どうすれば良いのだろう。

 大した方策も思いつかないまま、私は記録する作業を続けていた。

 

 そのうち、私のいる空間はデスクと椅子だけになった。

 デスクの上には残された書物が数冊。

 それ以外はすべて消えた。

 『ヒュー』の痕跡はもう感じられなくなった。

 なので私にはそれ以上記録することが無くなっていた。

 私は辺りを見回した。

 壁も無くなったので、周りはモヤモヤとした空間だけだ。

 私は、そこに独りずっと佇んでいた。

 あの忌々しい光も、その存在が見えなくなって随分経つ。

 いないとなると、それはそれで寂しいものだ。

 私はそう思いながら水を少し口にした。


『………!』

 その時、私は気付いた。

 僅かに残った空間も、どんどん消えつつある。

 デスクが侵食されている。

 そこで初めて気づいた。

 窓の外にあった周りのモヤモヤとしていたものは唯の空間ではなく、

 それそのものが蠢いた何ものかだった。

『!?』

 それは私の眼の前でわずかに残った書物を飲み込み始めた。

『!!』

 私はハッとそれを阻止しようとして、そのモヤモヤとしたものに触れた。


 キィーーーーーン!


 その時、その触れた場所から緑色の光がほとばしった。

『ーーーーー!!』


 光の中で、私は全てを理解した。

 私は、『ヒュー』の目の一つだったのだ。

 そしてこのモヤモヤはーーある世界では『ファントム』と呼ばれているもので、

 そういえば私も『ヒュー』について記録している間に何度も触れたことがある。

 それがこれかーーー。

 今それは、じわじわと私をも取り込もうとしている。

 それを、『ヒュー』の緑色の光がーーー私の中から溢れ出るそれが、食い止めていた。

 『ファントム』。

 ヒトの捻じれた思考や感情がないまぜになったモヤモヤとしたその存在は、

 幾多の世界で『ヒュー』と共存し、時にぶつかり合っている。

 今私はその中に飲み込まれようとしているが、

 それは幾多の世界での戦いの一つだ。

 そこに憎しみや意図など存在しない。

 私はそれを理解した。

 そして、今まで私が記した記録物はーーーそれだけは全て、

 『ヒュー』が回収していたのだ。

 今までこの空間から消えていった書物は、少しずつ『ヒュー』が自身に取り込んでいった。

 そして今、最後の書物をーーーいや、最後のページは今、

 私が正に今起こっていることを書き留めてーーー

 それが今目の前で更新されたのを、私は確認した。

『………』

 私の眼の前で、それは緑色の光に包まれて消えていった。

 もういい、大丈夫だ。

 私は思った。

 『ヒュー』は、確かに私の中にいた。

 見て記録するだけではない、初めて触れるそれ。

 それは優しく、私を包んでいた。

 私はゆっくりとそれに身を委ねた。

 私を覆っていく『ファントム』のモヤモヤとした中では、

 チリチリと赤黒い光が蠢いている。

 私は思った。

 この戦いは、永遠に続いてゆくのだろう。

 どちらかが勝つというものではなく。

 ーーーそれでいい。

 暖かな光とザワザワとした蠢きの両方を感じながら、

 私は、意識を閉じていった。






 私は、とある空間に浮かんだ小さな図書室にいる。

 窓の向こうには、無数の光が流れている。

 私は記録者。

 この場所で独り、緑色の謎の光『ヒュー』のことを書き記し続けている。

 誰よりも『ヒュー』については詳しい筈だが、

 まだまだ知らないことだらけだ。

 いつか、私が記した記録を誰かが読むのだろうか。

 それは分からない。

 だが、私はこれからも、永遠に書き留め続けることだろう。


                    (  終  )


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ