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イヤナが任された分の草毟りが終わった。
しかしまだ太陽は高く、遺跡に帰るには早い。
ちょっと頑張り過ぎたか。
手を洗いに母屋に行っても人の気配は無い。
ウェンダ達はまだ帰って来ていない様だ。
まぁ良いや。
遺跡に帰って庭の畑の手伝いをするか。
その前に、鼻歌交じりで村の入り口に向かってみる。
昨日までサーカスのテントが有った場所は、普段通りの草原に戻っていた。
夢の世界だったから『もしかしてまだ残ってるかも?』と思ったんだけど、やっぱりそんな事は無いか。
食事を煮炊きした竈の焦げ跡は有るが、それ以外は完璧に無くなっている。
次に来るのは、また十年後になるのだろうか。
そんな事よりもウェンダさん達帰って来ないかな、と期待しながら遠くを眺めていると、本当に帰って来た。
巨大なオープンカーが土埃を巻き起こしながら走って来る。
エンジンが鳴らす爆音にビビって後ずさるイヤナ。
「あれが……自動車?凄い音だけど大丈夫なのかな?」
地面が微かに震動するほどうるさい自動車は、村の門を潜った直後、不安を誘うバウンドをしてから停まった。
前と後ろから黒い煙が上がっている。
「イヤナちゃん。こんな所で何してるの?」
最初はエンジン音で声が掻き消されたので、エンジンを切って言い直すウェンダ。
彼がハンドルを握っている。
「ちょっとサーカスが名残惜しくて、様子を見に来ただけです。――それが自動車ですか?大迫力ですね」
「いやー。戻る途中で故障しちゃってね。修理に手間取って、帰って来るのに時間が掛っちゃったよ」
「大丈夫だったんですか?」
「何とかね。安定してれば、みんなでドライブ出来るんだけど」
「うーん。私はちょっと怖いですけど、セレバーナとペルルドールは喜びそうですね」
笑う男性陣。
イヤナも微笑む。
良い雰囲気だ、と思った途端、沢山のイメージがイヤナの頭に入り込んで来た。
「……っ!」
「どうしたの?イヤナちゃん。大丈夫?」
突然目の光が無くなったイヤナを心配するウェンダ。
我に返ったイヤナは、車に乗っている男性陣を改めて見た。
三人の視線を集めている事に驚き、慌てる。
「え?いいえ、その、えっと、あ、サーカスの夜の部で、ライオンの口に頭を入れていたバニーガールのお姉さんよりは怖くないかも!」
「へ?」
男性陣は鳩が豆鉄砲を食らった様な顔になる。
赤毛少女の言動がおかしい。
「ああ、自動車の事ね。確かにアレよりは怖くないと思うけど……本当に大丈夫?」
心配そうな顔をするウェンダから目を外すイヤナ。
「大丈夫です。ちょっと、用事を思いだしただけです。しまったなー。どうしよう」
イヤナは赤い頭を掻きながら笑う。
その表情はまるでお面の様だ。
ツインテール少女の無表情とは違い、完全に表情が欠落している。
「急ぐなら車に乗る?丘の手前までなら問題無く走れると思うけど」
「いえ、考えながら帰るんで、大丈夫です。ありがとう、ウェンダさん」
「そう……?」
腑に落ちない顔をしているウェンダの隣に座っているタムラムが彼の肩に手を置いた。
それによって解散する空気になる。
「俺達はこの車の調整をしないといけないからもう帰るけど、何か手伝える事が有れば遠慮無く言ってね」
「はい。ありがとうございます、タムラムさん」
イヤナは下を向いたまま頭を下げる。
彼等の目が見れない。
黒煙を上げながら去って行く自動車も見れない。
「……どう言う事?」
顔を上げたイヤナは、謎のイメージを胸に抱いたまま遺跡に帰った。




