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細い木を組んだだけの村の門に着くと陽気な音楽が聞こえて来た。
巨大なサーカステントの前で、ピエロとバニーガールの集団が様々な楽器を演奏して客引きしている。
「ピエロは分かるが、バニーガールはどうなんだ?サーカスの世界観に合っているのか?」
「このサーカス団の名前に因んでるんじゃないかな」
セレバーナが疑問を口にすると、ウェンダがテント入り口に立ててある看板を指差した。
色取り取りの文字で『ラビットビーンサーカス団』と書かれてある。
「なるほど。彼女達はバニーガールではなくラビットガールなのですね。まぁ、どちらでも同じですが」
その看板の脇には折り畳み式のテーブルが設置してあり、モギリのお兄さんとウサギとクマの着ぐるみが立っていた。
二体の着ぐるみは沢山の風船を持っている。
「俺達の席は指定席だから、急がなくても大丈夫ですよ。はぐれない様に気を付けてください」
そう言うウェンダを先頭にした一行は、テーブルを目指して並んでいる列の最後尾に着く。
その後ろにもどんどん人が並んで行く。
列が程良い長さになると二体の着ぐるみがやって来て、セレバーナだけに浮かぶ風船をくれた。
「……?ありがとう。しかし、なぜ私だけに?」
「そんなの、決まってるじゃない。ねぇ?」
サコが笑いを堪えながら言うと、男三人も噴き出した。
「?……何が可笑しいんだ?」
着ぐるみ達はどんどん列の後ろに進んで行き、並んでいる人達に風船をプレゼントしている。
ただし、小さなお子様のみに。
「……そう言う事か。不愉快だが、貰える物は貰っておこう」
ピンクのワンピース姿では誤解されても仕方がないだろうが、それでもセレバーナはムスッとする。
そうこうしていると、一行はようやくテーブル前まで進んだ。
「七人です」
ウェンダが持つチケットが七枚纏めて半分に千切られた事で、一行はテントの中に入る資格を得た。
「どうぞお楽しみください」
薄暗いテントの中には決闘場の様な広場が有り、それを囲む形で階段状の客席が設置されていた。
獅子と薔薇が描かれた国旗とウサギが描かれたサーカスの旗が下がっている天井は高く、広い。
「えっと、こっちかな」
一行の席は正面の最前列だった。
最高の位置取りだ。
「素晴らしいですわ。舞台が目の前です」
薄暗い中でペルルドールの笑顔が輝く。
「みなさんに喜んで貰おうと思って、頑張って良い席を確保しましたよ」
「ありがとうございます、ウェンダさん!」
イヤナも最高の笑顔。
浮かぶ風船が後ろの人の邪魔にならない様に腹と腕で抱き抱えているセレバーナは真顔のまま。
「お。始まるみたい」
通路と客席を照らしていた灯篭の火が消えたので、サコが身動ぎした。
数秒後、舞台の松明に火が灯った。
そして燕尾服の団長が開演の挨拶をする。
それからの二時間は夢の世界だった。
ピエロとバニーガールのコメディショー。
ライオンの火の輪潜り。
クマやゾウの曲芸。
決死の空中ブランコ。
子ゾウとウサギと猿の可愛い芸。
国内各地の古典芸能まで披露された。
最後はスタッフと動物達が全員集合して別れの挨拶。
四人の少女達は、舞台の火が消えても茫然としていた。
「さぁ、帰ろうか」
ウェンダに声を掛けられ、一斉に我に返る少女達。
いつの間にか客席を照らす灯篭に火が入っている。
「そ、そうだね。帰ろう」
イヤナが立ち上がったので、他の三人も続いて立ち上がる。
セレバーナはお腹に抱いていた風船の事をすっかり忘れていて、もう少しで天井に逃がすところだった。
思い付いて上を見ると、テントの頂点に数個の風船が溜まっていた。
やはり逃がしてしまった子供が居たか。
村に帰った一行は、外食屋で遅めの昼食を取った。
他にもサーカス帰りの客が大勢居て、全ての席が埋まっている。
その客の全員がサーカスの話題で盛り上がっている。
イヤナ達も興奮気味でサーカスを振り返る。
「動物達、可愛かったね!」
「獣と言う物を見くびっていた。随分と賢いんだな。感動した」
「素晴らしいとしか言い様がありませんでしたわ!」
「空中ブランコをしていた人達の無駄の無い筋肉はどうやって作っているんだろう」
男性陣は鼻息の荒い少女達に相槌を打っているだけだが、しかし楽しそうにしている。
興奮し過ぎてどんな料理を注文したかも覚えていないが、取り合えず美味しかった。
食べ終わった一行は、揃ってレジに向かう。
「お礼と言っては何ですが、ここの支払いは私達でやります」
セレバーナの言葉に頷く女性陣。
「ああ、会計なら、さっきトイレに立った時に済ませたよ」
そう言ったウェンダがレジの前を素通りする。
その言葉を証明するかの様に、忙しなく給仕をしている外食屋の奥さんが「ありがとうございました」と頭を下げた。
「なんと」
「ここで立ち止まるとお店の迷惑になりますから」
メガネを掛けているデチアンは、驚くセレバーナの背を軽く押して先に進む様に促す。
少女達は仕方なく店を出た。
入れ替わりに、店の前で順番を待っていた一家が中に入る。
「本日はとても良くして頂き、感謝します。素晴らしい一時を過ごせました」
ペルルドールは、外食屋から離れた所で淑女の礼を執った。
男の子の格好をしている事を忘れているので不自然な格好になっているが、それでも様になっていた。
「勿体無いお言葉、恐れ入ります。私達にとっても、最高の一日となりました」
金髪のタムラムが乱れの無い礼をする。
さすが貴族だと言える行儀の良さだった。
「実は、サーカスには夜の部も有るんですよ。昼の部とは少しだけ構成が違うらしいです」
ウェンダがそう言うと、少女達の目が一斉に彼に集まった。
興味の深さが表情に表れているが、しかし平凡な男は苦笑する。
「見に行きたいですが、今夜はさすがに無理ですよね。疲れてますでしょうし、君達の師匠の許可もいる。でも、まだ明日が有る」
「明日ですか」
浮かぶ風船を持っているセレバーナが少女達を窺う。
全員の瞳が輝いている。
きっと自分の瞳も輝いている事だろう。
「分かりました。チケットを押さえておきます。ただ、さすがに良い席の確保は無理かも知れないけど」
「待ってください、ウェンダさん。さすがにそれは困る。必ず行ける訳ではないのだから。もしも行けるのなら、チケットは私達が買います」
「ははは。謙虚ですね、セレバーナさんは。奢って貰うのが当然だと思っている女性も居るくらいなのに」
「そんな人も居るのですか。まぁ、他人は他人です。私達は過剰な施しを快く思いません」
頷く少女達を見て肩を竦める男性陣。
「分かりました。では、夜公演のチケットはワリカンにしましょう」
「ワリカン、とは何でしょう」
「さすがのセレバーナさんも俗な事は知らないんですね。一言で言えば、自分の分を自分で払う事です」
メガネを指で押し上げながら言うデチアン。
「なるほど。勉強になりました。明日の夜の部にも行ける様なら、ワリカンでチケットを買いましょう」
それで話が付いたので、今日はその場で解散した。
封印の丘を登りながら、再びサーカスの話題で盛り上がる少女達。
遺跡に帰った後もシャーフーチ相手にサーカスの素晴らしさと面白さを力説する始末だった。
遺跡から出られないシャーフーチは苦笑いで相槌を打つのみ。
ああ、純真無垢な少女達が眩しい。




