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待ちに待った朝が石造りの遺跡に訪れた。
女神が少女達を祝福しているかの様な良い天気だった。
「みんな、準備出来た?」
いつもの継ぎ接ぎだらけのみすぼらしいドレスを着ているイヤナが、リビング前の廊下で大声を出した。
保存の効く軽食が入ったバスケットを持ち、頭にはあの黄色いカチューシャを嵌めている。
「お待たせ」
こちらもいつもと同じであるズボンとシャツと言う格好のサコが自室から出て来た。
ただ、今日は両手に皮の手袋をしている。
「これから行くサーカスは凄い人混みになるだろうから、念の為にシャーフーチからマジックアイテムをお借りしたよ。酔った人に絡まれるかも知れないからね」
拳を自分の掌に打ち付けるサコ。
攻撃力と防御力が上がっているので、弾ける様な小気味良い音が鳴る。
今回は最果ての村の住人が相手だから、絶対に相手を怪我させないと言う魔法も入っている。
掛かっている魔法が複雑なせいか、期限も明日の夜明けまでと短い。
「イヤナ。ちょっと後ろを見てくれないか。おかしくないか?」
ピンクのワンピースを着たツインテールのセレバーナが小走りでやって来て、イヤナに背中を向けた。
言葉使い以外はまるっきり幼女だ。
「うん、おかしくないよ。大丈夫」
「そうか。いつもの制服じゃ目立つからな。ペルルドールのワンピースを一着貰って丈を直したんだ」
イヤナに正面を向けるセレバーナ。
胸元のリボンが更に子供っぽい。
「裁縫は授業で習ったきりだからな。上手く出来るか心配だったんだが」
「上手に出来てるよ」
「イヤナが言うなら間違いは無いな。安心した」
セレバーナが安堵の笑みを零す。
珍しく表情が年相応だ。
彼女もサーカスが楽しみらしい。
「そろそろ出発の様ですが、ペルルドールが居ませんね。寝坊してるのでしょうか」
シャーフーチが二階から降りて来て、リビング前で輪を作っている少女達を見渡した。
「いえ、特別な準備をして貰っているんです」
イヤナがそう応えると、廊下の向こうからペルルドールが歩いて来た。
薄い茶色の釣りズボンに、シュークリームみたいな形のキャスケットを被っている。
長い金髪は短髪に見える様に編み込み、その帽子の中に隠している。
「どうでしょうか。男の子に見えますか?」
「なるほど、変装か。それで人混みに出れば、知らない人になら王女とバレないと言う訳か」
セレバーナが感心する。
しかしイヤナは眉間に皺を寄せた。
「でも、胸が膨らんでるのが見て分かるっぽい……?前を隠せるジャケットを羽織れば完璧かな」
「そうですか?」
ペルルドールが自分の胸を見下ろす。
他の少女達もペルルドールの胸を見る。
シャーフーチも見る。
「……何見てるんですか。シャーフーチは見ないでください。気持ち悪い」
嫌悪感丸出しな顔になったペルルドールが師匠に背を向ける。
「おっと、つい。失礼しました。――ペルルドール。貴女にはお守りを渡しておきましょう」
シャーフーチは、男の子っぽい格好の美少女に一枚の紙片を差し出す。
「貴女は慌てるとテレパシーが届かなくなる様ですので。いざという時に助けを呼べないと困りますからね」
「わたくしにだけ、ですの?」
ムッとするペルルドール。
みそっかす扱いされるのは我慢ならない。
「貴女のプライドを傷付けた事は謝りますが、貴女は王女と言う事を差し引いても目立つ容姿をしています。用心に越した事はありません」
そう言われても頑として受け取らないペルルドールを脅す様な声色になるセレバーナ。
「興行サーカスには噂が有ってな。悪い子を攫って食べてしまう血塗られたピエロが居るんだそうだ。他にも恐ろしい噂が有るので、受け取った方が良い」
ペルルドールが呆れた風に溜息を吐く。
「なんですかそれは。子供騙しですわ。と言うか、そう言うのを怖がるのはセレバーナでしょうに」
サコの実家に行った時に起こった事件のせいで、セレバーナは夜になるとリビングの窓に近寄らなくなった。
彼女はお化けが心底苦手だと言う事が分かったので、夜に窓を開ける事は暗黙の内に禁止となってしまっている。
「そうだ。子供騙しだ。だが、意味の有る子供騙しだ」
「どう言う事ですの?」
「好奇心旺盛な子供が一人でうろついて本物の人攫いに連れて行かれたり、テントの中に勝手に入って動物に手を出さない様にしているんだな」
「ふーん……つまり、安全の為のウソって事ですわね。怖がらせておけば、きっと危険な行動に出ないだろう、と言う」
「そうだ。万が一ペルルドールの身に何かが起こっても、我々や村の人に迷惑を掛けない自信が有るのなら、受け取らなくても良い」
「……分かりましたわ」
ペルルドールは、渋々ながらも紙片を受け取った。
「使い方は分かりますね?自分の名前を書いて破くだけです。報酬は銅貨一枚で結構ですので、その準備も忘れずに」
「はい」
頷いたペルルドールは、ジャケットを取りに衣裳部屋に戻った。
しかし中々戻って来ないので、痺れを切らしたイヤナが手伝いに走った。
数分後、やっと出掛ける準備が整う。
「では、行ってらっしゃい。楽しんで来てくださいね」
「はい!行って来ます!」
師の見送りを受けた少女達は、ウキウキしながら玄関のドアを開けた。




