23
「前から疑問だったんだが……おっと、テレパシーの修行中だったな。声を出すのは控えよう」
妙に量が多い黒髪をツインテールにしているセレバーナは、半眼になって世界魔法の空気感を再現しようと試みる。
仲間達の気配と距離感を大切にして、身体で覚えた雰囲気を醸し出して……。
そうして頑張ってはみたのだが、その日はテレパシーが相手に届く事は無かった。
翌日の修行では、なんとか仲間の声が聞こえる様になった。
しかし言葉は聞き取れない。
三日目に、辛うじて会話が出来る様になった。
音量調節が上手く行かずにうるさくなったり遠くなったりするので、必死に集中する。
『以前から疑問だったんだが、聞いても良いだろうか、ペルルドール?』
『何でしょう?』
『どうしてペルルドールは恋の話に敏感なんだ?』
『わたくしには無縁だから、かしら』
『どうして?おとぎ話とかだと、お姫様は王子様に告白されるのはお約束なのに』
『今の声はイヤナかしら?現実の王子様は、お姫様とは恋愛出来ません。絶対に無理なんです』
『どうして?』
『結婚相手は政治で決まるからです。わたくしとお姉様は、どちらが王位を継ぐかまだ決まっていない為、相手はまだ未定ですが』
『なるほどな。予想通りの答えだ。だが、時代錯誤だな。今時の王族貴族でも、まだそんな感じなのか?』
『わたくし達の場合、結婚相手が王族の一員になる訳ですしね。国民に嫌われたり、好き勝手やって政治をそっちのけにする男は』
唐突に声が聞こえなくなる。
『集中しろ、ペルルドール。自分の殻に籠るとテレパシーが届かなくなる。心の扉を少しだけ開けてくれ』
『……ったですわ。難しいですわね。聞こえますか?』
『ああ、聞こえる』
『要するに、わたくしが自由に恋愛すると、国の将来を左右するギャンブルになってしまう、と言う訳です。ですからイヤナの恋は応援したいんです』
『私のは……恋では、ないと思う』
『そうか?この胸が締め付けられる感じは、十分に恋だと思うが』
『この感じを知ってるって事は、セレバーナは恋をした事が有るね?』
『純粋で何も知らなかった頃にな。初恋は実らない物だから、何もしない内に終わったがな。そう言うサコも初恋の経験が有ると見たが』
『う……。ま、まぁ、子供の頃に』
『あら。この雰囲気、わたくしも知っている様な……』
『私も知っているな。これは……そうだ、あの師範代だ。トハサ・アキサハ』
『そうそう!あのお方!サコ、貴女、やっぱり……』
『ち、違うよ!憧れていただけだよ!強かったから!』
『誰?』
『そうか、イヤナは知らなかったな。トハサ・アキサハと言うのは……』
輪の中に入っていないのでテレパシーでの会話が聞こえないシャーフーチは、少女達の表情の変化を見て、正常にテレパシーが出来ている様子を感じていた。
セレバーナがニヒルに笑い、ペルルドールが青い瞳を輝かせ、サコの顔が赤くなり、イヤナがキョトンとする。
円卓の上座に座っている師は、弟子達の成長に満足していた。
ただ、少し成長が早過ぎる。
気になるので、少しだけ少女達の会話を盗み聞きしてみる。
『……んだな。しかし、気持ちや思い出が相手に伝わるのは困り物だな。これは余り良くない感じがする』
『そうですわね。しかし、加減が出来ません。ん?何ですの?この満足感みたいな物は』
少女達の視線が一斉にシャーフーチに向く。
『聞いていましたね?お師匠様』
『あ、バレました?ちゃんと会話が出来ているかを確かめてみたかったんです』
『聞くなら、まず最初に断ってください。気持ち悪い』
『まぁまぁ。悪気は無いんだから怒らないであげて。大丈夫ですよ、お師匠様。こうして会話は出来ています』
『そうですか。安心しました。サコとセレバーナも、ちゃんと会話が出来ていますか?』
『はい。大丈夫です』
『問題無く出来ています』
『よろしい。では、サーカスに行く事を許可します』
シャーフーチの頭の中に少女達の喜びが溢れる。
『おっとっと、感情が漏れ出していますね。送るのは言葉と映像のみに限定しなさい。受け取る方で相手の感情を排除するのも大切です』
『どうすれば良いでしょうか?』
『訓練あるのみですよ、セレバーナ。みなさんも、今後は言葉と映像のみを送る事を意識して会話してください。では、私はこれで退席します』
立ち上がったシャーフーチは、しかし思い付いて動きを止める。
『離れていても会話が出来る様になれば、お昼に集まる必要は有りませんね。慣れて来たら、離れた相手にテレパシーを送ってみてください』
『それは、今後は必ずしもここに集まる必要は無い、と言う事でしょうか』
『顔を見なくても会話が出来るのなら。それと、人前であからさまにテレパシーで会話をするのは禁止とします。一般人に不審だと思われたら魔法使い失格ですよ』
『分かりました』
頷いたシャーフーチは、少女達の顔を順番に一瞥しながら自室に戻って行った。
それからも少女達は円卓を囲んでのテレパシーを続けた。
窓枠に止まった小鳥が、無言の少女達を眺めながらピチュピチュと囀った。




