22
遺跡の門の中に入ると、庭の隅で三人の少女が立っていた。
地面を蹴ったり垣根を見詰めたりしている。
「おかえり、イヤナ」
セレバーナが振り向くと、ペルルドールとサコもイヤナの帰りに気が付いた。
三人の視線がイヤナの頭に乗っているカチューシャに集中する。
「……交際は順調の様だな」
セレバーナは無表情のまま腕を組む。
しかし金の瞳の奥は面白がっている。
「素敵!羨ましい!」
乙女な表情になったペルルドールが青い瞳をキラキラさせながら身をくねらせる。
サコは感心した風に頷いている。
「こ、こう言う物をくれるって言う事は、やっぱりそう言う事なのかなぁ……?」
イヤナはモジモジしながら訊く。
我ながら気持ち悪いくらい照れている。
「きっとそうですよ!他に理由なんて有りませんもの!さぁ、詳しくお話を聞かせて頂きますわよ!」
ペルルドールは、満面の笑みでイヤナの腕に抱き付いた。
話を聞くまでは離すつもりがないかの様に。
「それはテレパシーで聞こうか。私が思うに、シャーフーチが作っていたあの空気を私達で作り出せれば成功するだろう」
無表情のままのセレバーナが玄関に向かう。
「そうだね。それが成功しないとサーカスに行けないし」
サコも玄関に向かって歩き出す。
「ところで、庭で何をしてたの?」
イヤナは熱を持っている自分の頬を撫でながら訊く。
「肥料置き場を作るとしたら、どこが良いかと相談していたんだ。畑から遠くなく、かつ邪魔にならない場所が良いんだが」
冷ややかな視線で庭を見たセレバーナは、歩きながら数か所の候補地を指差す。
「そして、高床式で屋根がトタンの小屋が理想なんだが、小屋を作れる者が居ない。イヤナは作れるか?」
「大工さんの真似事は、ちょっと無理かなぁ」
「遺跡の中だから業者に頼む訳にも行かないしな。私が頑張ってみるか。だが、その前に」
リビングに行き、円卓の四方に座る少女達。
「課題をクリアせねばな。さぁ、シャーフーチが作り出したあの空気感を作ってみよう」
セレバーナが腕を組んで言うと、イヤナも腕を組んでうーんと唸った。
どうしたら良いのか、全くさっぱり分からない。
「イメージだ。あの空気をどう言うイメージで受け取っていた?私は……」
セレバーナは、神学校の放課後、一人教室に残って読書をしている自分をイメージする。
クラスメイト達が勉学に励んでいるのが当たり前な空間なのに、他人の気配が無い。
猛烈に寂しく、それでいて充実している個人の時間。
日常の隣に有る非日常。
「……イメージ、か……」
サコは夕方の道場で一人正座している自分をイメージする。
広くて閉じた空間に意識が充満する感じ。
静かな物音や微風にも反応出来る敏感な聴覚と触覚。
「分かりませんわ……」
ペルルドールは、この遺跡に来たばかりの時を思い出す。
王族のしがらみから解放された自由感と、先が分からない不安が同居した新世界。
寂しい様な、でも安心する様な、不思議な感覚。
「……」
イヤナは、頭に乗っているカチューシャが気になって集中出来ていない。
でも、ウェンダと離れて落ち着いている今の状態があの雰囲気に近いかも知れない。
そうして思考錯誤していると、シャーフーチがリビングにやって来た。
「おや。力場が出来つつ有りますね」
「こんな感じで宜しいのでしょうか」
「感じは出ていますよ、セレバーナ。後は空間と仲間達を並列に感じてください」
「空間と、仲間……」
セレバーナは金色の瞳を細めた。
視点を定めず、視界全体でリビングと円卓に着いている仲間達を見る。
「あ、今の声、セレバーナ?」
イヤナが気付く。
「聞こえたか?」
「うん。凄く遠くで囁いている感じ」
「わたくしにはチューニングの合っていないラジオが隣の部屋で鳴っている感じで聞こえましたわ……」
ペルルドールは自信無さ気に言う。
「私は風の音に聞こえたなぁ。聞こえていないのかも」
サコはしかめっ面。
「今のが届いたのなら、コツは分かった。自分の心の扉を開ければ、同じ様に心の扉を開けている人に声が届く」
「心の、扉……」
セレバーナの言葉を聞いたイヤナが自分の胸に手を当てる。
心の扉とはどう言う物だろうか。
それについて考えようとした途端、シャーフーチが戒めの声を上げた。
「心の扉を開けるのは結構ですが、全開にしない様に。窓の隙間から隣の家を覗く程度が望ましいですね」
「意識の融合が起こるからですか?ふむ。隙間からでも、同じ様に窓を開けている相手なら大声で叫べば聞こえる、か」
口をへの字にして感覚を想像しているセレバーナに頷くシャーフーチ。
「上達すれば、どんなに距離が離れていても普通の会話が出来ます。今はそこまで行く必要はありませんけどね」
「頑張りましょう、みなさん!」
ペルルドールが腋を閉めて気合を入れる。
その青い瞳はイヤナのカチューシャを見ている。
アレの話が早く聞きたくて仕方が無い様だ。
「ああ、頑張ろう」
仕方が無いなと口の端を上げたセレバーナとサコも本心ではとても興味が有ったので、顔を見合わせて頷き合った。




