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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第三章
91/333

20

お風呂から上がったイヤナは、三つ編みを解いた赤髪をタオルで拭きながら自室に戻った。

ここに来たばかりの頃のイヤナは、お湯に浸かると言う風習を知らなかった。

だが、この遺跡に立派な湯船が有る事を知ったみんなは、積極的に入浴と言う行為をしていた。

最初は興味が無かったのだが、怠け癖の有るペルルドールでさえもお風呂を沸かす為の薪運びをしていたので、試しに挑戦してみた。

お湯の熱さがとても気持ち良く、水浴びとは比べ物にならないほど疲れが取れた。

セレバーナが作った石鹸も良い匂いで、それで身体を洗うと清潔になる。

これに慣れると毎日お風呂に入らないと気持ち悪く感じるほどになってしまった。

そして、ペルルドールから貰ったパジャマはシルクと言う素材で出来ているらしく、とても肌触りが良い。

これ以外の寝巻きで寝たら違和感で寝難くなっているかも知れない。

私は今、最高に幸せだ。

だから毎日笑顔で過ごせる。

心の底からここに来て良かったと思う。


「さて、と」


石のベッドに座ったイヤナは、夜のまったり感に包まれながら、膝の上で赤いノートを開いた。

セレバーナから貰った下敷きを挟み、鉛筆を持つ。

過去の事は簡単に書けた。

物心が付いてからずっと、朝から晩まで畑で食べ物を作って来た。

作らないと飢えて死ぬから。

そんな事を書いたら、それが自分の人生の全てだった。

それだけ。

まぁ、教養も特徴も無い貧民なんかそんな物だろう。

他の三人は、きっと山ほど書ける過去を持っているんだろうな。

そう言えば、他の兄弟の畑は天候等で不作豊作が有ったが、自分の畑には不作が無かった。

あれが緑の手の効果だったのかな。

今日知った事をノートに書く。

文字を書くのは不慣れだが、それでもあっと言う間に書き終わった。

これ以上の過去はもう無いだろう。

だから魔法使いになったらやりたい事を徹底的に書こうと思ったら、書く事が無かった。

ここに来てからも、ずっと畑仕事や家事をしているだけだし。

勿論、それに不満は無い。

仲間達との生活も、新鮮で楽しい。

でも、この生活の先に何が有るのかを考えても、何も思い付かない。

そもそも魔法で何が出来るんだろうか。

テレパシーも、目の前に相手が居るんだから、普通に喋れば済む事だし。

数分考えて、何も書かずにノートを閉じる。

本物の魔法使いを見たのはお師匠様が初めてなので、魔法がどう言う物かを想像出来ないのも仕方ない。

溜息に似た吐息でロウソクを吹き消し、綿入りの布団に潜る。

はぁ。

やりたい事、やりたい事。

あ、でも、サーカスは楽しみだな。

みんなで行けばデートじゃないから恥ずかしくないし。

デート、か。

今日、彼とお茶した事も、他人からはデートに見られたのかな。

全然意識してなかったから気付かなかったけど、アレってそう言う行動だよね。

そう言えば、根も葉もない噂のせいで結婚まで行った人が居るって話を故郷の村に居た頃に聞いた事が有る。

付き合っていないのに付き合っているって話が沸いて出て来て、それで意識し合った結果、だったかな。

もしも彼と結婚とかになったら、あの畑は全部私の物か。

農家の長男の嫁になると言う事はつまり、家主夫婦の所有物になるって事だし。

うへへへ。

……何考えてるんだか。

魔法使いとは全然関係無いじゃないか。

でも、そうなったらそうなったで、別に良いかも知れない。

居場所が欲しいからここに来たみたいな物だし。

この遺跡ではなくて、最果ての村の方に居場所が出来たとしても、それは幸せな結末かも知れない。

わざわざこんな遠くまで来た意味は無くなるが。

故郷より随分マシとは言え、最果ての村も貧しいから、生きて行く苦労も変わらないし。

だけど、そんな落ち着き方は私らしいと思う。

私を呼んでくれたお師匠様には申し訳ないけど。

あれ?

呼んだのはお師匠様じゃないんだっけ?

難しい事は分からない。

でも、居場所を見つけるのが私の将来の目的なのかも知れない。

明日、起きたらそうノートに書こう。

もうロウソクを消してしまったから、暗くて文字は書けないのだ。

布団の中に入ったイヤナは、目を瞑ってから書くべき文章を思い描いた。

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