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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第三章
90/333

19

雨露が渇いた封印の丘を駆け上ったイヤナは、飛び込む様に遺跡に入った。

継ぎ接ぎだらけのボロいドレスが僅かに乱れたので、息を整えながら身形を直す。


「お帰り。遅かったな。何か有ったのか?」


玄関に置いてあるビニール製の肥料袋を弄っていたセレバーナがイヤナを見上げた。


「な、何にも無いよ。肥料がどうかしたの?」


「石の床に直接置いているから湿気が気になってな。開けるまでの間は大丈夫だろうが、普通に邪魔だし、置き場所を考えなくては」


「そうだね」


「そろそろ今日の修行が始まる。早く昼食を取った方が良い」


「うん。でも、もうお腹いっぱいだから大丈夫」


「カルタクさんのお宅でご馳走になったのか?」


「そ、そんなところかな」


「そうか」


二人でリビングに行くと、すぐにシャーフーチが来た。

自然とノート置き場になった空の暖炉上部のマントルピースから自分の文房具を取ったイヤナとセレバーナは、急いで円卓に着いた。

籐椅子に座って枝毛を弄っていたペルルドールと、汗を掻かない様な軽めのスクワットをしていたサコも準備を整えて自分の席に座る。


「さて。しりとりも滞り無く出来る様になりました。さすが潜在能力をお持ちのみなさんです。成長が早い」


シャーフーチも上座に座り、場の空気を変える為に指を鳴らした。

この雰囲気にも大分慣れて来た。


「あ、潜在能力と言えば。今朝、バイト先のおばさんに、私は緑の手の持ち主なんじゃないかって言われたんですけど」


「ほほう、緑の手ですか。イヤナらしい能力ですね」


「それも潜在能力なんですか?お師匠様」


「はい。自覚し難い、確認し難い能力ですけど、十分に潜在能力です。これで全員の潜在能力が判明しましたね」


セレバーナは真実の目。

ペルルドールはアンロック。

サコは癒しの声。

そして、イヤナは緑の手。


「それはさておき、今日はテレパシーで雑談をして貰います」


「雑談、ですか?」


「そうです、セレバーナ。今までは相手に思念を送り、相手から受け取っていました。今度は一対一ではなく、全員の声を一度に訊くんです」


「ふむ。三人に向けて思念を送り、三人から思念を受け取る、と言う事ですか」


「そうです。セレバーナのお陰で話が早くて助かります。分かりましたか?みなさん」


頷く少女達。


「この場には他人が居ませんが、外でテレパシーを使う場合は様々な思念が雑多に存在します。ですから、私からのテレパシーも混ぜます」


シャーフーチは自分のコメカミに人差し指を突き立てる。


「私の声が聞こえたら失敗です。意識的に受け取らないでください。良いですね?」


「はい」


「失敗してもペナルティは無いので、気楽に。では、早速始めてください」


始めてくださいと言われても……。

取り合えず、他の三人の存在を意識すれば良いんだろう。

師匠を無視するのはいつもの事だから簡単だ。


『さて。雑談と言っても、何を話したら良いのか』


始めに聞こえて来たのはセレバーナの声だった。

さすがだ。


『えっと、庭の畑のキャベツが形になって来たんだよ』


今度はサコの声。

特徴的な妙に可愛い声だからか、とても聞き取り易い。


『わたくしも負けていられませんわ。わたくしも、お裁縫を頑張ってますのよ。こんな感じです』


ペルルドールの声は映像付きだった。

ヨレヨレな雑巾のイメージが全員の脳裏を過ぎる。


『ほう、頑張っているな』


『でしょう?どこかに使い所は有りますか?イヤナ』


『そうだね。キッチンに欲しいかな。あ、後、井戸の所にも欲しいかも。鍋とか洗った後、それを拭く用に』


『分かりましたわ。作ります』


『うむ。キチンと会話が出来ているな』


『そうだね。気を抜くと誰の声か分からなくなるけど』


『そう言われると不安になりますわね。今の声はサコですわよね』


『今のはペルルドールだな』


『今のはセレバーナだね。えへへ。口を動かさずに会話するのって不思議だね』


『む?これは、イヤナか?何か良い事でも有ったのか?気分が高揚している様だが』


『え?』


『何ですの?これ。甘いですわ。チョコパフェ?ずるい、こんなのを食べて来たんですの?私も食べたい!』


『え?どうして分かるの?』


『体験した事が伝わって来ているぞ、イヤナ。心の殻を厚くしないと危険だと言う話だったから気を付けないと。ふむ。対面に座っているのが件の大学生か』


『外食屋か。こんな店も有ったんだね』


『ええと、遊びに行くってどう言う事?って訊いたら、試しにお茶しようって話になって』


『デート!ですわね!』


青い瞳がキラリと光る。


『そ、そんなんじゃないって!』


赤毛少女の頬が染まる。


『そうだ!今度サーカスが来るんだって!みんなでどうかな!』


ピエロが描かれたポスターのイメージが全員の脳裏を走る。


『ほう、イヤナにしては鮮明なイメージが来たな。二十日と二十一日か。五日後だな』


『行きたいんですけど、デートの邪魔をするのは、ちょっと……』


ペルルドールが意地悪そうにニヒヒと笑う。


『だから~、そうじゃないの!あんまりしつこいと私一人で行っちゃうぞ!』


『私は行ってみたいな。サーカスなんて子供の時以来だ』


『ほう、サコはサーカスを見た事が有るのか。実は私は無いのだ。だから興味は有る。ペルルドールは見た事が有りそうだな』


『ええ、有りますわ。でも、警備の問題が有り、凄く遠くからしか見れませんでしたの。一度、客席で見てみたいですわ』


『みんな行く気になったな。行っても良いだろうか、イヤナ』


『勿論だよ!じゃ、そう言う事で良いかな』


『良いよ』


『楽しみですわ』


『おっと、その前に、一応シャーフーチの許可も要るな。遊びの外出なので、私達だけで決めるのは良くないだろう』


『うん、そうだね。お師匠様、ちょっと良いですか?』


『はいはい、何でしょう』


『やはり聞いていましたか。どうでしょうか?』


『いえ、聞こえていませんでしたよ、セレバーナ。貴女達が意識を私に向けないと聞こえないんですよ。今は、ね。そう言う前提での修行でしたし』


『おや。そうでしたか。失礼しました。イヤナ、ポスターのイメージを送ってくれないか』


『うん、分かった。お師匠様、コレです』


『ほほう、サーカスですか。華やかですね。これに行きたいのですか?』


『はい。許可を頂けますでしょうか』


『お願いしますわ』


『お願いします』


『分かりました。では、当日までに私の手助け無しでのテレパシー会話が出来る様になれば許可しましょう』


『手助け無しで、ですか?』


『はい。外でもテレパシーを使えれば、人混みの中で迷子になっても安心でしょう?出来なければ再修行の必要が有るので、遊んでいる場合ではありません』


『なるほど。その通りです。頑張ろうか、みんな』


『うん!』


『分かりましたわ!』


『頑張るよ』


『貴女達なら大丈夫ですよ。初回なのに、こんなにも自然に会話していますしね。私も参加出来るとは思ってもみませんでした』


シャーフーチが指を鳴らす。

するとリビングの空気が日常に戻った。


「これで私の手助けは無くなりました。会話してみてください」


シャーフーチは口を使って喋る。

頷いた少女達は、再びテレパシーを始めた。

しかし誰の声も聞こえなくなっていた。

どんなに念じても、必死に集中しても、何の音も聞こえて来なかった。

これは意外に大変かも、と全員の視線が語ったのは、全員が分かった。

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