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窓から見える封印の丘が赤くなり始めた。
門の外に陣取っている一団も夜営の準備を始めている。
「そろそろ日が暮れる、か」
弟子希望者は、四人。
しかも全員が若い女性。
面倒臭さに拍車が掛っている。
まぁ、中途半端に男女が混ざるよりマシか。
弟子同士の色恋沙汰問題が起こったら面倒臭さはマックスだろうし。
「さてさて。募集締め切りの確認をしましょうかね」
木製の窓を閉めたローブの男は、自室から一階に移動した。
そして、赤絨毯が敷かれた廊下を見てフードを被りながら溜息を吐く。
大勢のメイドが壁に背を寄せて控えており、等間隔で小さなテーブルが置かれている。
そのテーブルひとつひとつに金の燭台が乗っていて、無駄使いと言える量のロウソクに火が灯っている。
夜も近いと言うのに大分明るい。
やれやれ、魔法には雰囲気も大事だと言うのに。
ローブの男は肩を落としながらリビングに向かう。
「ほっ。ほっ。ほっ」
リビング前の廊下で大柄な女が腕立て伏せをしていた。
汗が滴り落ちていて、赤絨毯に染みを作っている。
かなり長時間そうしていた事が分かる。
「凄い汗ですね」
大柄な女はローブの男に気付くと腕立て伏せを止め、跳ね上がって直立した。
ローブの男より少しだけ背が高い。
「申し訳有りません。退屈でしたので、つい根を詰めてしまいました」
「そろそろ日が沈みます。名乗りの儀式の準備を始めますので、汗を拭いて来てください」
「はい、すぐ戻って来ます」
大柄な女は、小走りで着替えを取りに行った。
そんな彼女に背を向けたローブの男はリビングに入る。
金髪碧眼の美少女と妙に量が多い黒髪をツインテールにしている神学生が真剣な眼差しで円卓に着いていた。
チェスを興じてヒマを潰していた様だ。
大柄な女は、この緊張感に遠慮して廊下に出ていた、と言う訳か。
美少女の背後では三人のメイドが黄金の髪の手入れをしており、その傍らで老紳士が控えている。
「思いっ切り寛いでいますね。これだから世間知らずの金持ちは嫌いです」
その呟きに気付いた神学生が顔を上げる。
それから周囲を見渡し、リビング全体が無数のロウソクで照らされている様子を確認してからローブの男に顔を向けた。
「おや。ゲームに熱中する余り、時間を忘れてしまった様です。そろそろ日没ですか?」
「ええ。間も無く名乗りの儀式を始めますので、片付けてください」
「折角良い所でしたのに。残念ですわ」
金髪美少女は優雅に溜息を吐く。
チェスは老紳士が片付ける。
「そして、儀式に関係の無い人はこの建物から出て行ってください。もう掃除は終わっているんでしょう?」
「分かりました。では、私はこれで」
遊具を大切そうに抱えた老紳士は、深々と頭を下げてからリビングから退室して行った。
「……貴女達もです。廊下に居るメイド達も連れて、全員この遺跡から出て行ってください」
ローブの男が美少女の金髪を縦ロールにしているメイド達を指差す。
すると、メイド達が困った顔をした。
言葉を発しないのは、貴人の前では自分の意思を表に出さない様に教育されているからだろう。
「彼の仰る通りに」
主人の命令が有ったメイド達は、やっとローブの男の言葉に従った。
廊下で控えていたメイド達も列を作って遺跡の玄関から出て行く。
一体何十人控えていたんだ。
「一人でも残っていたら次元の狭間に飛ばしますよ。聞こえていますよね?隠れている貴方もです。私は本気ですよ?」
リビングの入り口の影に潜んでいた老紳士が身を竦める。
完全に気配を消していたのに、なぜバレたのか。
「爺。その様に」
「……はい」
金髪美少女の声を受けた老紳士も渋々ならがも遺跡から出て行った。
「やれやれ。ようやくお祭り騒ぎの終了ですよ」
ローブの男は安堵の息を吐く。
その深呼吸で良い匂いに気付いた
リビング奥のキッチンに移動してみると、赤毛の少女が新品の鍋で何かを煮込んでいた。
鼻歌を歌い、おさげを揺らしながら。
「あ、お師匠様。外の人から食材を貰ったので、夕食を作っているんです」
キッチンはすっかり綺麗になっている。
竈の火を維持する為の薪や木炭は勿論、様々な調理器具も揃っている。
「凄いですよ。こーんなに大きなお肉の塊、初めて見ました。だから今夜はお肉ゴロゴロビーフシチューです。超豪勢です」
赤毛の少女は、身振りで肉のサイズを示した。
人間の胴体くらいの大きさだった様だ。
「それは食べ応えが有りそうですね。ですが、もうすぐ名乗りの儀式を始めます。切りが良い所で中断してください」
「あ、はい、分かりました。パンが焼けたら、そっちに行きます」
頷いたローブの男がリビングに戻る。
渇いたシャツに着替えてサッパリした大柄な女が戻って来ていて、他の少女と共に男の行動に注目していた。
「さて、と。儀式の準備をしましょうかね」
ローブの男は円卓に視線を落とす。
その周りには出来たての木の椅子が何個も並んでいた。
誰かが新たに作ったらしい。
「貴女達は私の指示通りに椅子を並べてください。その邪魔な椅子は向こうにやって」
円卓の上座にひとつ。
その対面によっつの椅子が置かれる。
余った椅子と美少女専用の藤椅子は部屋の隅に移動させられた。
ちなみに椅子を動かしたのは大柄な女。
美少女と神学生は、棒立ちでその様子を眺めていただけだった。
「廊下が見えるのは落ち着きませんかね。儀式の間だけ布で覆いましょう」
ローブの男は、地下の物置から予備のカーテンと釘を持って来てくださいと大柄な女に命令する。
「壁の隙間に釘を軽く差し込んで留めるだけで良いですからね。儀式が終わったら外しますので」
「分かりました」
姿勢良く頷いた大柄な女がリビングから出て行く。
上の者に使われる事に慣れている様だ。
命令の出し易さに甘えると弟子間で仕事量の差が出てしまうなと思ったローブの男は、美少女と神学生にも指示を出す。
「貴女達は廊下のロウソクを消して来てください。勿体無いですから」
「わたくしも一緒に、ですか?」
金髪美少女は、それは誰に向かって仰っているの?と言う顔をした。
こちらは自分で動くつもりは無い様なので、ローブの男は辛抱強く説得する。
「ロウソクの本数が多いみたいですからね。二人で行った方が早く終わりますでしょう?」
「確かにそうですわよね。参りましょう」
金髪美少女は、オレンジのドレスを翻して廊下に出て行った。
無表情で成り行きを見守っていた黒髪ツインテールの神学生もそれに続く。
「あ、全部消したら真っ暗になりますから、足元を照らす分は持って来てくださいね」
「分かりました」
淡々と頷いた神学生も廊下に出て行く。
「ふぅ。さて、と」
疲れの籠った息を吐いたローブの男は、円卓の上座に四本の細いロウソクを立てた。
そうしてから奥のキッチンに行く。
「私は日没を確認しに玄関先に行きますので、リビングで待っていてくださいね」
「はーい」
赤毛少女の素直な返事。
もしかすると、この子が一番まともなのかも知れない。
そう思いながら廊下に出たローブの男は、リビングのすぐ横に有る玄関ドアを開けた。
「……」
「……まだ居たんですか」
玄関ドアのすぐ前に老紳士が控えていた。
どう見ても聞き耳を立てて中を窺っていた。
「何度も同じ事を言わせないでください。好い加減にしないと、金髪の子を邪魔者として追い出しますよ?他の子の迷惑になりますからね」
ローブの男は猫の子を追い払う様に手を振る。
「素直に門の外に出てください。あと、行方不明になった人が居ないか、ちゃんと点呼を取ってください。後日騒ぎになっても知りませんからね?」
「……はい」
老紳士は、渋々ながらも門の外へと下がって行った。
間も無く封印の丘が夜に包まれる。
満月のお陰でそこそこ明るいが、太陽は確実に沈んでる。
「さて、これで募集は締め切りですね。――面倒臭いですが、やるからにはちゃんとしませんとね。四人の若者の人生を預かる訳ですし」