18
イヤナは母屋でお茶を飲むのかと思っていたのだが、村の大通りに連れて行かれた。
そして村で唯一の外食屋に入る。
店の名前も、そのまんま『外食屋』と言う。
白いテーブルクロスが掛ったテーブルが六脚有り、ピンクのカーテンが窓に掛っている。
ひとつのテーブルが村の一家で埋まっていて、美味しそうな洋食を食べている。
「こんなお店に入るの、始めてです」
「そうなんだ。じゃ、注文のやり方も分からないかな?」
「はい」
二人は適当なテーブルに向かい合わせで座る。
「このメニューに書かれている物を店の人に言えば料理が出て来るって仕組みなんだ。でも今日は時間が無いから、すぐ出て来る物で良いよね」
そう言ったウェンダは、テーブルの上に置いてある銀色のベルを鳴らした。
すると美人のお姉さんが注文を取りに来た。
「コーヒーふたつと、彼女にチョコパフェ。俺はポテトチップ」
「畏まりました」
深く頭を下げたお姉さんがキッチンに行く。
カウンターでは筋肉ムキムキの大男がコーヒーを淹れている。
「あの二人は夫婦なんだよ」
ウェンダは、「美女と野獣だよね」と小声で言って微笑む。
店主夫婦を見た事が無いのは、お店が忙しくて昼間は外に出ないからなのだろう。
「最近、どう?なんか、森にピクニックに行ったって話だけど」
緊張で口籠っているイヤナの為に、ウェンダが身近な話題を振ってくれた。
「良くご存じですね」
「君達は目立つからね。村の近くに来るだけで噂になるんだよ」
「なるほどー。ピクニックじゃなくて、魔法の修行ですけどね。でも、絵を描いてお弁当を食べただけだからピクニックかも」
「絵を描くのが修行なの?」
「はい。見た物を正確にイメージする訓練だそうです。ただ……」
赤毛少女の笑顔に陰が差す。
「ん?どうしたの?」
「私、絵が下手過ぎるみたいで、みんな引いちゃって。雨で外に出られなかった二日間、私だけ絵を描きまくりました」
「あはは。上達したの?」
「んー……まぁ、色はまともになったみたいです」
「い、色?どんな絵を描いたの?見てみたいなぁ」
「お断りします。描き上がった絵は、お師匠様に見て貰った後に竈で燃やしてます」
「そんなに下手なの?逆に見てみたいなぁ」
「嫌です。ウェンダさんって、意外に意地悪ですね」
「ははは。ごめんごめん。おっと、来た来た」
美人の奥さんが注文の品を持って来た。
イヤナは、目の前に置かれた茶色の物体を舐め回す様に見る。
色的には茶色の絵具の様で、それが巨大なシャンパングラスみたいな物に山盛りになっていた。
山頂部分に棒状のチョコやウエハースが突き刺さっている。
「これは何ですか?食べ物、ですよね?」
「食べてみれば分かるよ」
ウェンダは揚げ立てのポテトチップを抓む。
見慣れているそっちの方が美味しそうだ、とは言えないよなぁ。
意を決して細くて長いスプーンを持ったイヤナは、茶色のクリームを恐る恐る口に運ぶ。
「……甘いです。美味しい!」
「うん。良かった」
イヤナの緊張が解けたので、二人は食べながら世間話をした。
ウェンダの家の犬は、子犬の頃から間抜けだった話。
村の春祭りはすでに終わっていた話。
村の若夫婦に双子が生まれた話。
遺跡の庭に植えた野菜も順調に育っている話。
そんな会話に夢中になっていると、店の鳩時計がポッポーと鳴った。
十二時になったのだ。
「いけない。帰らなきゃ」
イヤナはチョコパフェの残りを口に流し込む。
折角の甘味を一気食いするのは勿体無いが、遺跡のみんなやお師匠様を待たせる訳には行かない。
「おっと、そうだね。じゃ、帰ろうか」
「はい。美味しかったです。えっと、おいくらなんでしょうか。って言うか、お金を持ってたかな」
ウェンダは、懐を探るイヤナを制する様に立ち上がった。
「こう言う時は誘った方が払うのが礼儀なんだよ」
素早くレジに行ったウェンダは、イヤナが追い付いた時にはすでに会計を終えていた。
「ありがとうございました~」
美人の奥さんが頭を下げているのも見ずに、さっさと店を出るウェンダ。
イヤナも後を追って店を出る。
「あ、あの。ごちそうさまでした。私、お金を持ってませんでした。ごめんなさい」
「良いよ良いよ、イヤナちゃんとお茶が出来て、俺も楽しかったから。ん?何だコレ。イベントのお知らせ?」
ウェンダが外食屋の壁に貼ってあるポスターに気付く。
「へぇ、こんな僻地の村にサーカスが来るんだ。まぁ、意外に人数が居るし、赤字にはならないのかもな」
「さーかす?」
イヤナもポスターを見る。
色彩が派手なピエロが滑稽なポーズを取っている絵が描かれている。
こんな上手い絵が描ければ当面の悩みが解消されるのになぁ。
「来るのは澄の月の二十日と二十一日の二日間か。次のデートはこれでどう?」
「デ、デートって……」
意外な言葉の不意打ちを食らったイヤナは、自分でも分かるくらい顔が赤くなる。
「迷惑じゃなかったら、ぜひ。一対一が嫌なら、他の子も一緒に。合コンじゃないなら別に良いんじゃないかな?」
「そ、そうですね。ペルルドールは特に喜ぶかも。訊いてみます。その、じゃ、また!」
ペコリと頭を下げたイヤナは、逃げる様にその場を後にした。




