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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第三章
86/333

15

写生道具を持ったペルルドールは、意気揚々と遺跡を出た。

そして、バスケットと水筒を持った他の少女達と共に足取り軽く封印の丘を降りる。

念の為にセレバーナとサコが傘を持っている。


「で、どこに行こうか」


イヤナが誰となしに訊くと、背の低いツインテール少女がぐるりと周囲を見渡した。


「水場の近くが良いんだが、村の中では迷惑になるだろうな。となると……」


セレバーナの金色の瞳が村の奥に有る小さな森に向く。


「あそこが最適か。入り口近くに小川が有った筈だ」


「うん。有るね」


獣を狩ったり薬草を採ったりする為に、時たま森に入っているサコが頷く。


「決まりだ」


四人は森に入り、小川付近に荷物を下した。

そこは明るく開けていて、程良く下草が生えている割には湿っぽくない。

数歩離れた所には草が生えていない林床が有り、固く踏み慣らされている。

村人がピクニックか何かで良く使っているであろう様子が窺える。


「お誂え向きの場所だな」


林床に画板と小さなショルダーバッグを下したセレバーナは、小さなバケツで川の水を汲む。

他の三人もそれに習って水を汲んだ。


「この水で筆を洗うんだ。塗る色を変える時とか、絵の具を延ばす時とかにな。幼い子供でも出来る事だから、やってみれば自然に理解出来るだろう」


頷く他の三人。

相変わらず曇天模様なので、雨に邪魔されない内に各々のモチーフを探して散らばる。


「何を描いても良いんですわよね……」


小さな赤い花に目を付けたペルルドールは、その近くに有る岩に腰を下した。

林冠のお陰で程良い涼しさになっているので、麦わら帽子を脱いで首の後ろに掛ける。

そして、新品のパレットに赤い絵の具を出す。


「うふふ……」


ペルルドールは、正体が分からない小さな幸せを感じている。

どうしてこんな物を貰えただけで嬉しくなるんだろう。

王宮に居た頃は毎日の様に送り物が届いていて、それに対して何の感情も持たなかったと言うのに。


「ううむ。草花の名前は良く分からんな。メジャーな奴で良いか」


セレバーナは、群生しているクローバーの上に座ってよつばのクローバーを探してみた。

しかし見付からなかったので、すぐに諦めてみつばのクローバーの絵を描き始めた。


「この筆で細かい物を描くのは私には無理そうだなぁ」


サコは土の地面に座った。

荷物が纏めてそこに置いてあるので、荷物番として。

お弁当が獣に荒らされたら、ペルルドールはきっと泣いて残念がるだろうから。

絵のモデルは遠くの山に決めた。

頂上に少し残っている雪と雲は白く、それ以外は晴れ間の青だけ。

使う色は少なく、形も分かり易いので、きっと描くのは楽だろう。


「絵、かぁ。絵、ねぇ」


イヤナは振り向いて村の方を見た。

木々の向こうに民家が有る。

家を見たままに描くのは難しいかな。

木も、どう描いたら良いか分からない。

そもそも、それらは簡単に思い描けるので、テレパシーの修行にならない気がする。

悩みながらぐるぐる回っていると、真剣に花を見詰めている少女が目に入った。


「……ペルルドールを描いても良いのかな」


「へ?わたくしを?」


顔を上げたペルルドールは、しかし眉を顰めた。


「人物を正確に描くのは難しいらしいですわよ?画家が一生を捧げるくらいに」


「うん。だけど、他に良い物が無くて。上手に描かなくても良いってお師匠様は仰ったし」


「イヤナが宜しいのなら、わたくしも別に構わないと思いますわ」


「ありがとう」


適当な草場に腰を下したイヤナは、おもむろに絵筆を握った。

小川のせせらぎを聞きながら黙々と課題にこなす少女達。

最初に筆を下したのは、サコ。

他の三人はまだ絵を描いていて、当分は終わりそうもない。

さすがに簡単に描き過ぎたか。

少し絵を手直ししてみる。

山が少しリアルになった様な、なってない様な。

自分では正確に風景を描いたつもりでいるが、何かが足りない。

何が足りないのかも分からない。

絵って言うのは難しいもんだ。

でも、これも魔法の修行。

がんばろう。

意気込んだサコは、再び絵に立ち向かう。


「……そろそろ、お昼かな?休憩しましょう、みんな」


イヤナが空を見上げる。

真上付近に有る太陽は厚い雲の向こうだが、その眩さは隠し切れていない。


「そうだな」


「そうしましょう」


「慣れない事をしたから、お腹が空いたよ」


バスケットの周りに集まった少女達は、薄いハムとゆで卵のサインドイッチを頬張る。

外で食べる昼食は一段と美味しい。


「私、上手く描けてないと思うんだけど、どう思う?」


サコは、画板を胸の前に掲げて自分の絵をみんなに見せた。


「うん、上手だよ」


タンポポ茶を人数分のコップに注いでいるイヤナが即答する。

彼女は心からそう思っているのかも知れないが、これに限っては言葉が軽過ぎて信用出来ない。


「うむ。絵を描いた事が無い人間にしては、下手ではない」


セレバーナは微妙な言い回しをした。

だが、絶対に褒めていない事は分かる。


「じゃ、セレバーナはどんな絵を描いたのさ」


カチンと来たサコが立ち上がり、セレバーナの横に置いてある画版を覗き込んだ。

淡い色彩で描かれたみつばのクローバーがふたつ並んでおり、遠目で見ても上手だった。

イヤナとペルルドールもそれを見て感心する。


「何だかずるいなぁ、セレバーナは。何でも出来て」


腰に手を当てたサコが唇を尖らせる。


「残念だが、私は自然石割りは出来ない。コンパニオンプランツの知識も無かった。君達だって、私から見ればとてつもなく凄い人間だ」


セレバーナも自分の絵を見る。

頭の中で描いている物とは大分違う仕上がりなので、他人に見られるのはちょっと恥ずかしい。


「コンパニオンプランツとは何ですの?」


ペルルドールが小首を傾げる。


「並べて植えると育ちが良くなる、植物同士の相性の事だ。庭の菜園に植えられている野菜は、調べてみればキッチリとその法則に従って植えられている」


「私は、セレバーナに言われて、始めてその事を知ったんだけどね」


イヤナがエヘヘと笑う。

苗や種を植えたのは全員での仕事だが、位置を指示したのはイヤナだった。


「知識ではなく、自然と身に付いた知恵と言う奴だな。私の知識より、余程尊い」


「ふーん……こっちはどうかな」


幸せそうにサンドイッチを頬張っているペルルドールの絵を覗くサコ。


「うわ。ペルルドールも上手い!」


サコが驚きの声を上げる。

ペルルドールが描いた赤い花の絵は、まるでピンボケの写真の様だった。

単色なので一見下手に見えるが、遠目で見れば、それが逆に効果的になっている。


「そんな事は有りませんわ。凄く滲んでしまって。滲まない様に絵具を重ねたら、色もおかしくなってしまって」


「表現力はペルルドールが一番か。いや、まだイヤナのを見ていない」


セレバーナににじり寄られたイヤナは、自分の絵にナプキンを掛けて隠した。


「みんなのに比べると、私のは凄く下手くそだから、見せるのは嫌だなぁ」


「ずるいですわ、一人だけ隠すなんて。わたくしを描いたのでしょう?見せて頂戴」


ペルルドールに手を差し伸ばされたので、頬を染めながらナプキンを取るイヤナ。


「……」


その絵を見た三人から表情が消えた。

黒い塊の上に四角で構成された赤い人間ぽい物が座っているらしい絵がそこに有った。

幼稚園に上がったばかりの子が親を描いた絵より酷い。

酷過ぎてからかうのもためらわれるほどだった。


「やっぱり、下手だよね……エヘヘ……」


イヤナは生気の抜けた目で笑う。


「まず、絵具を混ぜたり伸ばしたりすると別の色が生まれる、と言う技術を知った方が良いな」


セレバーナが辛うじてそう言う。

確かに、麦わら帽子は黄色の絵具を塗っただけで、金髪との境目が無い。

服も肌との境目が無く真っ赤。

ペルルドールはピンクのワンピースを着ているのだが、その色の造り方を知らないからこんな事になったのだろう。

実はサコも絵の具を混ぜる事を知らなかったが、対象が山だったお陰で普通の絵になった。

だが、仮に人物を描いたとしても、こんなに酷い有様になる自信は無い。

絵の具の使い方が分からなかったとしても、服と肌の色が同じなのはいくらなんでもおかしい。

おかしいと思えるから、サコだったら色を塗る前にセレバーナにどうしたら良いかを訊く。

イヤナがそれに気付かなかったのは、何がおかしいかも分かっていない可能性が有る。

一般常識では有り得ないが、学校に通えない貧民が芸術方面の知識を持っている方が不自然なので、これも仕方が無いんだろう。


「帰ったら、もう一枚、庭の野菜でも描いてみよう。私が絵の具の使い方を教える。絵の描き方を知れば、きっと上達する」


「うん……ありがとう、セレバーナ……」


力無く頷いたイヤナは、生気の無い瞳のままでタンポポ茶を飲んだ。

その動きの流れのまま空を見上げると、周囲の雲が黒みを帯びて来ていた。

雨は近い。

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