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「良く考えたら、絵を描くだけなら庭の野菜で良いんじゃないか?わざわざ遠くまで出掛けなくても」
早朝、制服姿のセレバーナがリビングに顔を出し、開口一番そう言った。
インドアが当たり前な神学校での暮らしが長かったので、一晩寝て起きたら出掛けるのが面倒になったのだ。
すると、フリルの付いたピンクのワンピースを着て大き目の麦わら帽子を被っているペルルドールの動きが止まった。
思いっ切り出掛けるのを楽しみにしている格好だった。
先にリビングに来ていたのは、準備の為に早起きをしたからだろう。
そんな金髪美少女の顔は、巨大隕石が落下して来ているのを目撃したかの様な絶望的な表情になっている。
「……冗談だ。見慣れている物を改めて絵にしても意味が無いだろう。テレパシーで送る映像をイメージし易くする為の写生だからな」
セレバーナは、仕方なく自分で否定する。
歩く気分ではなかったのだが、大人しくピクニックに参加するか。
「そ、そうですわよね」
ペルルドールが安心すると、キッチンからイヤナとサコが出て来た。
イヤナがバスケット、サコが水筒を持っている。
「じゃ、どこに行く?って言うか、何を描いたら良いんだろう。私、絵を描いた事なんか無いから」
イヤナが全員を見渡しながら訊くと、サコも「私も無い」と首を横に振った。
「しりとりで使える名前の花や風景、だろうな。まぁ、コンクールに出す訳じゃないから、好きな物を好きに描けば良いさ」
そう言ったセレバーナは、窓の外に目をやった。
良い天気だが、雲の流れが速い。
「今日は大丈夫だよ。降っても夜じゃないかな」
サコも窓の外に目をやる。
「何の話ですの?」
ペルルドールも窓の外を見る。
しかし目に止まる様な物は何も無い。
「雨の心配をしているんだ。ピクニックの敵だろう?」
「そうですわね。早く行きましょう!」
待ち切れないのか、ペルルドールは鼻息を荒くしながら外を指差した。
「まぁ待て。絵具がまだ来ていない」
セレバーナは落ち着いて椅子に座る。
「そうだね。お師匠様がいらっしゃらないと出発出来ないね」
イヤナとサコも円卓に荷物を置いてから椅子に座った。
「シャーフーチはまだ目覚めていらっしゃらないのかしら。呼びに行きたいんですけど、あの部屋に行くのは気持ち悪いですし……」
ペルルドールは、ブツブツと呟きながらリビングの中を歩き回る。
「二階は立ち入り禁止だと言う事を忘れたのか?」
セレバーナの冷静な言葉を聞いたペルルドールは、ハッと口を開けてそのルールを思い出した。
「あ、そうでしたわね。待つしかありませんわね」
大き目な麦わら帽子のツバを手で持ちながら落ち着き無く動き回る金髪美少女の様子をしばらく眺めていると、不意に動きを止めた。
絹糸の様な金髪を掻き上げ、耳を澄ます。
「来ましたわ!」
階段を降りて来る靴音に反応したペルルドールがダッシュでリビングを出て行く。
数秒後、廊下の向こうから遅いだの何していたのだのと言う文句の声が聞こえて来た。
「まるで子猫だな」
「ホントに」
セレバーナが肩を竦めると、イヤナが微笑んだ。
「はいはい。これでも朝一で買って来たんですから、許してくださいよ」
シャーフーチは、そう言いながらペルルドールと共にリビングに入って来た。
そしておもちゃの様なショルダーバッグと小さなバケツをよっつずつ円卓に置く。
「これにも名前を書いてくださいね」
近くに居たペルルドールに油性ペンを渡したシャーフーチは、円卓から離れて少女達に場を譲った。
「はい!中身は全部同じですわよね?」
「勿論です」
自分の分のバッグとバケツを手元に引き寄せたペルルドールは、嬉々として名前を描いた。
書き終わったら他の少女にペンを渡し、早速バッグを開ける。
中には十二色の絵具のチューブと、サイズが違う二本の絵筆と、一枚の折り畳み式パレットが入っていた。
青い瞳をキラキラさせているペルルドールを微笑ましく眺めながら、四枚の画版と画用紙を円卓の別の場所に置くシャーフーチ。
「紙は一枚ずつしか有りませんので、大切に使ってください」
「はい」
バッグを閉じたペルルドールは、画版に手を伸ばしながら頷く。
「この写生は見た物を正確にイメージする訓練です。絵の良し悪しではなく、物を正確に描き写す事を意識して行ってください」
シャーフーチの言葉に頷く少女達。
「では、行ってらっしゃい。あまり遠くには行かずに。気を付けて」
「はい!行って参ります!」
この国の第二王女であるペルルドールは、普通の少女の様な笑顔で頷いた。




