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急いで食器を片付けた四人の少女達は、円卓の四方に散らばって青い表紙のノートを広げた。
「ん?どうしました?イヤナ。何か不満でも?」
いつもニコニコしている赤毛の少女が珍しく不機嫌そうな顔をしているので、気になったシャーフーチが声を掛ける。
「あ、何でも有りません、お師匠様。ごめんなさい」
イヤナは気持ちを切り替えて微笑む。
自分には帰る場所が無いのだから、自分一人のワガママで修行を滞らせる事は出来ない。
頑張らなければ生きて行けない。
「そうですか?私から貴女達の問題に口を挟む事はありませんから、問題が起こったのなら言わなければ分かりませんよ?」
「本当に何でも有りませんから。大丈夫です」
「大丈夫なら、今日もしりとりをしましょう。が、貴女達はなかなか優秀な様です。なので、今回は一歩前に進みたいと思います」
円卓の上座に座ったシャーフーチが指を鳴らす。
いつも通り場の空気が変わる。
「それは、言葉を使わない『映像しりとり』です。例えばミカンを思い描いて、それを相手に飛ばすんです」
「ん、が付いているので負けですね」
セレバーナが無表情でツッコミを入れる。
「例えですから。『言葉しりとり』と同じ感覚で行えば出来るはずです。さ、鉛筆を持って」
師の指示に従い、しりとりをする体勢に入る少女達。
「映像に失敗したら言葉に戻すだけですので気負わずに。では、始めてください。順番は適当に、サコ、ペルルドール、セレバーナ、イヤナ、で」
それから日の光が赤くなるまで映像しりとりをした。
言葉ではなく映像を送るので、とても時間が掛かり、そして疲れた。
「……ほほう。これはこれは」
やりとりが書かれた四冊のノートに視線を落したシャーフーチが驚きの声を上げる。
「ペルルドールの正解率が百%でトップです」
おー、と声を上げる少女達。
「わ、わたくしが?」
ペルルドール本人も目を丸くして驚く。
「いつもとは逆だな」
「こらこら、セレバーナ。そう言う事を言わないでください。今までペルルドールの成績が悪いと言った事は無いでしょう?」
「良くなかったからこそ、今回の結果に驚かれたのでは?」
「セ、セレバーナ」
小声でツインテール少女の名を呼ぶイヤナの視線の先でペルルドールが膨れている。
「どうせわたくしが一番出来が悪いですよ」
「だから、そんな事は言ってないじゃないですか。良くやりましたよ」
シャーフーチが褒め、セレバーナも続く。
「そうだぞ、ペルルドール。出来が悪い事を自覚するのは良い事だ。問題点を改善すれば容易に上を目指せるんだからな」
言葉を区切り、薄く微笑むセレバーナ。
「だが、今回はペルルドールが一番になった。これはペルルドールの出来は悪くないと言う証明でもある」
「ほ、本当ですの?」
膨らんでいたペルルドールの頬が赤く染まる。
自信が持てる様な褒められ方をされたのは初めてなので、純粋に嬉しい。
「得手不得手の問題でしょうね。今回はサコとイヤナのところで間違いが頻繁に起こっています。彼女達は言葉には強かった」
シャーフーチは四冊のノートを見比べながら言う。
「と言う事は、セレバーナは両方得意って事かな?」
サコの言葉にニヤリと笑って応えるセレバーナ。
「コツを掴んだからな」
「ほう。興味が有りますね。どうするのですか?」
シャーフーチが訊くと、セレバーナは少し考え込んだ。
「言葉にするには難しいですね。――相手の人格を理解しつつ、自分の殻に籠って相手を受け入れる。人付き合いの基礎と言えばそれになりますが……」
「普通に意味が分かりませんわ」
ペルルドールは、綺麗な金髪を揺らしながら肩を竦める。
「では、成績優秀だったペルルドール。どうして今回は上手くイメージを伝えられたんですか?」
シャーフーチに訊かれ、今度はペルルドールが少し考える。
「そうですわね。絵を描くイメージかしら。相手を白いキャンバスに見立て、絵を送るんです。受け取る時は、わたくしがキャンバスになります」
「なるほど、その発想は面白いですね。絵を描く、ですか……」
セレバーナのノートに目を向けたシャーフーチは、紙の端を指でなぞった。
実は、言葉の時はパーフェクトに近かったツインテール少女は、映像では凡ミスが有る。
形状のイメージが強いと、それに引っ張られているのだ。
例えば、ミカンとリンゴは同じ球状だが、色が違うので間違わない。
だが、タマゴとカブの様に、色が同じでサイズが違う物だと間違える。
それだけなら鍛錬を重ねれば良いのだが、イヤナとサコから送られて来た時は間違えていて、ペルルドールから送られている時は間違えていない。
つまり送り手の問題も有る事になるから、これは何かしらの対策が必要だろう。
「では、明日は全員で写生に行って貰いましょうか。実際に絵を描いてみれば映像テレパシーの成功率が上がるのではないでしょうか」
シャーフーチが提案すると、ペルルドールが笑顔になった。
「写生、ですか?それはピクニックと捉えても宜しくて?わたくし、何度かそれを嗜んだ事が有りますの!」
金髪美少女が興奮気味に前のめりになる。
「王城の敷地内にはバラ園が有りまして、過去の女王の名を学ぶお勉強でそれをスケッチした事が有りますの。幼い頃、お弁当を持った姫城のメイド達を共に……」
放っておくと思い出話が続きそうだったので、シャーフーチは苦笑と共に片手を上げてそれを止める。
「私は行けませんから、みなさんだけで、ですけどね。お弁当を持って、どこか近場に。――私はこれから絵具を買って参りますので、みなさんは各自で準備を」
「はい!」
満面の笑みで返事をしているペルルドールを見て複雑な気持ちになるイヤナ。
出掛けるのが楽しみなら、合コンって奴も行くって言ってくれれば良いのに。
ウェンダさんのご厚意を無駄にするのは心苦しいんだけどなぁ。
それはそれとして、イヤナもお出掛けは楽しみだから、気合いを入れてお弁当の仕込みをしなければ。




