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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第三章
81/333

10

昼食後のヒマ潰しを兼ねて庭の畑の具合と今後はどう展開して行くかを話し合っていると、シャーフーチが二階から降りて来た。


「全員揃っていますね。全員、青いノートと鉛筆を持って来てください」


「消しゴムもですか?」


イヤナが訊くと、シャーフーチは「勿論です」と応えた。

少女達は駆け足で自室に行き、言われた物を持ってリビングに戻って来た。

そしていそいそと椅子に座る。


「では、始めましょうか」


円卓の上座に座ったシャーフーチが指を鳴らした。

するとリビングの空気がガラリと変わった。


「何を、しましたの?」


ペルルドールが不安そうにリビング内を見渡す。

見た感じ、特に変化は無い。


「分かりますか?」


シャーフーチが眉を上げて訊くと、全員が頷いた。


「何て言うか、友達の家に遊びに行った時の様な、微妙な落ち付かなさ、と言うか」


イヤナが考えながら言うと、サコが短髪の頭を振って頷いた。


「ああ、そんな感じ。分かる分かる」


「私は試験後の解放感に似ていると思ったな」


セレバーナも無表情で言う。


「この遺跡で生活した事により、貴女達の魔法力がほんの少しだけ上昇しています。だから雰囲気の変化を感じ取れたんですね」


シャーフーチは、少女達の顔を順に見ながら言う。

畑仕事を真面目にこなしているからか、全員が少しだけ日焼けしている。


「しかし、この変化を全員が感じられるほど成長する物でしょうかねぇ。魔法系の潜在能力持ちだからでしょうか。――まぁ、今は魔法の修行を続けましょう」


些細な疑問は後で調べる事にしたシャーフーチは、魔法を使って場の雰囲気を固定した。

修行を始めた以上は予定を狂わせる訳には行かない。

魔法と言うのは決められた手順に従わなければいけない物だから。


「以前お話した様に、魔法は神の座の一部を借りられれば誰でも使えます。ですが、貴女達はまだその域に達していない」


真面目に話を聞いている少女達が頷く。

魔法の修行らしい事をまだ何もしていないのだから当たり前だ。


「ですから、私がその手助けをします。今、このリビングには『世界魔法の力』が満ちています。今この場所でのみ、貴女達は世界魔法を使えます」


シャーフーチは少女達を見渡す。


「『世界魔法の力』を使ってやって貰う事は、『しりとり』です」


緊張していた少女達は、その言葉に拍子抜けした。


「し、しりとり、ですか?」


「はい、そうですよ、サコ。ただし、普通のしりとりではありません。テレパシーで行うしりとりです」


「テレパシー。音声ではなく、思念の伝達で会話をすると言う、あのテレパシーですか?」


「全てセレバーナが説明した通りです。ただし、今回は送信のみに限定します。読心、つまり相手の心の中を覗くのは、また後日」


シャーフーチは「青いノートを開きなさい」と少女達に指示を出す。


「貴女達は、まだテレパシーを使えません。でも、私が手助けをするので、この場では使えます。しかし各人の適性も影響するので、声が聞こえない人も居ます」


開かれたノートの白いページを指差すシャーフーチ。


「なので、ちゃんと聞こえたかどうかを確認する為に、しりとりの内容をノートに書いて貰います。以上が今回の修行です」


「テレパシー……」


小声で呟いたイヤナが仲間達を窺う。

全員が考え事をしている様な表情で思い思いの方向を見ている。


「おっと、他の人にノートを覗かれない様に椅子を離してください。東西南北に分かれる感じで。実際の方角は無視して結構です」


少女達は、言われた通りに円卓の四方に椅子ごと身体をずらす。

イヤナはシャーフーチの真横の位置になる。


「先日、青いノートに仲間達の事を書かせました。だから、貴女達は仲間達を理解しています。そのイメージを大切にしたまま、相手に言葉を飛ばしましょう」


「ええと、質問しても良いですか?テレパシーって何ですか?セレバーナの言う事はちょっと難しくて」


イヤナが小さく手を上げる。


「声を出さずに、頭の中だけで相手に話し掛ける事です。でも、普通は会話は出来ません。当たり前です。考えている事が相手に聞こえたら大変だ」


シャーフーチは、芝居じみた動きで肩を竦める。


「でも、魔法を使えばそれが出来るのです。聞こえてください、と念じながら相手を見れば」


微妙な表情で固まっている少女達。

全員が理解していない様だ。

まぁ、いきなり理解されても危険だから、むしろそれで良い。


「確認ですが、赤いノートに自分の事を書きましたか?」


師の質問に頷きで応える少女達。


「宜しい。それに書いた事は相手に送らないでください。絶対に送らないと、心にブロックしてください」


「心に、ブロック?」


小首を傾げたペルルドールが胸に手を当てる。


「そうです。ブロックせずにテレパシーを送ると、自分の全てを相手に送ってしまいかねません。それはとても危険な行為です」


「自分の全て、とは?」


「確か……セレバーナは、全裸で実験をする事も有ると言っていましたね?」


「はい。静電気防止の為に」


「そのイメージをブロックしないと、全裸の情報が相手に送られます。目で見た記憶そのままの映像として」


「む。それは恥ずかしい」


黒髪の少女は眉間に皺を寄せる。


「入浴。トイレ。密かな行動、個人的な考え、過去の体験。その他色々。知られたくない事も、全部送られます。ですから、意識してブロックしてください」


「なるほど……。赤いノートは、そのブロック用ですね」


セレバーナが納得する。


「そうです。また、そのイメージを送られた方も大変です。どう言う感覚かは分かりませんが、人格の融合が起こるらしいんです」


「人格の融合とは初めて聞く言葉ですね」


「理解出来ますか?セレバーナ」


「さて。聞いた感じでは、自分の体験と他人の経験の区別が出来なくなると言うイメージを受けますね。恐らく、脳と脳が魔法で繋がってしまうのでしょう」


「分かりましたか?みなさん」


シャーフーチの問い掛けに首を横に振って応えるペルルドールとイヤナとサコ。

さっぱり分からん。


「でしょうね。他人と融合した経験が無いので当たり前です。まぁ、送るのは自分の声だけ。それ以外は送らない。そうしっかりと意識して送ってください」


「はい」


四人の返事が重なる。


「もうひとつ注意を。今回の修行は、つまりテレパシーは、決してこの四人以外には使わないでください。今言った通り、危険ですからね」


再び四人の返事。


「では、始めましょう。イヤナから始めて、ペルルドール、セレバーナ、サコ、そしてイヤナに戻します」


「わ、私からですか?」


「緊張しないで、気楽に。たかがしりとりです。しりとりの言葉だけを頭に思い浮かべ、それを相手に向けてください」


「言葉だけを、頭に……」


イヤナは、自分に言い聞かせる様に呟く。


「受け取る方は、送った人の声をちゃんと聞き分けてください。しりとりの言葉だけを受け取るぞ!と意識して」


「はい」


ペルルドールは真剣な顔で頷く。

やっと始まった魔法の修行らしい雰囲気に緊張している。

期待と不安で全員の心臓が高鳴る。


「ノートに書いたしりとりの内容は、後で答え合わせをします。最初の言葉は……」


丁度良く窓の外で小鳥が鳴いた。


「さえずり。りです。さぁ、スタートです」


「あ、は、はい!」


イヤナは金髪美少女を睨み付けた。

頭の中で『りんご』『りんご』と繰り返し語り掛ける。

一分後、頷いたペルルドールがノートに文字を書く。

中々テレパシーを受け取って貰えなかったので、ずっと念じ続けていたイヤナは円卓に肘を突いた。

頭の中だけを動かす事に慣れていないので、畑仕事の何倍も疲れてしまった。

文字を書き終えたペルルドールは、次のセレバーナに強い視線を向ける。

何かを受け取ったセレバーナがノートに文字を書き、次のサコに冷ややかな視線を向ける。

サコもノートに文字を書き、それから緊張した視線をイヤナに送って来た。

しばらくその視線を受け止めていると、サコの妙に可愛い声が頭の中で鳴り響いた。


『つき』


月?

それをノートに書く。


「良いですよ。もう二周くらいしましょう」


順調に事が運んでいるのが分かるのか、シャーフーチが満足気に言う。

師に向けて頷いて見せたイヤナは、再びペルルドールに視線を送る。

えーと、『き』だから、黄色。

きいろ!

そうしてテレパシーしりとりを続けて行く。


「はい、お疲れさまでした。答え合わせをするので、ノートをこちらに集めてください」


シャーフーチは手元に集まった四冊のノートに目を通し始めた。

その間、少女達はぐったりとしていた。

思いっ切り疲れた。

だが、他の少女の声が本当にテレパシーで届いて来たので、軽く興奮もしていた。

自分達は魔法使いになる修行をしているんだと言う、実感。

このままここで頑張れば、きっと他の魔法も使える様になる。

きっと。


「イヤナ。最初の言葉は何を送りましたか?」


魔法使いになれた自分の将来に想いを馳せていた少女達は、シャーフーチの声で現実に引き戻された。


「え?えーと、リンゴ、です。お師匠様」


「なるほど、最初から間違っていますね。どうやったらさえずりからマンボに繋がるか、大分考えてしまいましたよ」


「ふむ。リンゴ。マンボ。語感は似ている、感じはする」


セレバーナが腕を組みながら分析する。


「間違えてごめんなさい!ですが、他のみなさんは間違っていないのですか?」


ペルルドールは顔を真っ赤にして言う。

責められる事に慣れていないので、過剰に怒ってしまっている。


「まぁまぁ。大切なのはしりとりの正確さではなく、テレパシーが伝わったかどうかです。ノートを見る限り、ちゃんと伝わっています」


ほぼ全てが不正解だったのはペルルドールだけだったので、彼女を傷付けない様に誤魔化すシャーフーチ。

セレバーナの口の端が軽く上がったので、彼女にはバレた様だが。

まぁ、答え合わせをすると言っておいてしないのだから、勘が良ければその矛盾に気付くか。


「では、今度は逆回りでしりとりをしましょうか。その次も組み合わせを変えて。人相性も含め、色々試しましょう」


シャーフーチは少女達にノートを返した。

そして再び無言での睨み合いが始まり、夕方まで延々とテレパシーしりとりを続けた。

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