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石造りの遺跡の入り口に着いたツインテール少女は、年季の入ったドアをノックした。
「ごめんください。弟子入りの件でお伺いしたいのですが」
しかし反応が無い。
聞き耳を立てると、中で大勢の人が行き来している物音が聞こえる。
中でもご機嫌取りが行われているのか。
「ごめんくださーい!弟子入り希望の件で参りました!」
大柄な女が腹から声を出す。
力が入っているせいでドスの利いた声になっているが、それでも可愛らしい声だ。
「はーい」
若い女性の声で返事が有り、すぐにドアが開けられた。
「お掃除中でドタバタしてますけど、どうぞ中へ」
赤毛の少女が笑顔で出迎える。
「お邪魔します」
遺跡の廊下には赤絨毯が敷かれ、薄汚れた外見とは裏腹に小奇麗に掃除されていた。
今も大勢のメイドによって掃除中なので、時間が経てばもっと綺麗になるだろう。
「な、何ですかこれは」
階段を下りて来た灰色のローブを着た男が妙な声を上げた。
フードを深く被っているので表情は良く見えない。
「凄いですよねー。あっという間に快適な生活空間ですよ」
赤毛の少女が笑顔で応える。
「快適なのはともかく、赤絨毯は無いでしょう。目を離すんじゃなかった。――ん?」
ローブの男がツインテール少女と大柄な女の存在に気付いた。
魔法使いっぽい身形なので、彼が弟子を募集した本人だろう。
「始めまして。魔法使い様への弟子入りを希望したいのですが、こちらで宜しいのでしょうか」
ツインテール少女は右足を半歩引き、手を胸の前でお祈りの形で組み、膝を曲げながら頭を下げる。
大柄な女もそれに並び、合掌して頭を下げる格闘家特有の礼をする。
「同じく、私も弟子入り希望です」
大きな身体に似合わない可愛い声に驚いた赤毛の少女は、思いっ切り眼を丸くした。
先程大声を出したのは小さい方だと思っていた様だ。
気持ちに素直なのは構わないが、それを顔に出してしまっているのは育ちが良くないからだろう。
「そうですか。では、日没まで適当に時間を潰してください。細かい事は彼女に訊いてください」
ローブの男に話を振られた赤毛の少女が胸を張る。
「私に訊いてください」
「お世話になります。――ええと、彼女は先輩になるのでしょうか。姉弟子、と言う割にはお若い様ですが」
ツインテール少女が訊くと、赤毛の少女は首を横に振った。
「いいえー、私はまだ弟子ではありませんよー。まだ名乗ってませんから。たまたま一番乗りだっただけです」
ふむ、と吐息を洩らしたツインテール少女が周囲に視線を巡らせる。
立ち話をしている少女達を全く気に留めていない大勢のメイドが廊下を行き来している。
「この大騒ぎの元凶はどちらにいらっしゃいますでしょうか」
「リビングにいらっしゃいますよ。貴女、瞳が金色なのね。珍しくて可愛いです」
赤毛の少女がツインテール少女の顔を覗く。
かなり不躾だ。
別に不愉快な訳ではないので気にしない。
「ありがとう。では、私もリビングで時間を潰す事にしましょう。ああ、そうだ」
ツインテール少女は、持っていた小さな紙袋を男に差し出した。
「貴方は甘い物がお好きだと下の村の方に伺ったので。食べ飽きていらっしゃるとは思いますが、どうぞ」
最果ての村名物の最果て饅頭です、と言う言葉を訊いたローブの男が笑顔になる。
そして紙袋を受け取り、無邪気に中を覗く。
「おお、大好物です。弟子希望者の人数分以上は有りますね。みなさんも食後のデザートにどうですか?」
「あ、じゃ、お茶を淹れますね。キッチンも使える様になりましたし」
赤毛の少女は、言ってからあっと声を上げた。
「お二人は、昼食はまだですか?外の人に頼めば二人分くらいは分けて貰えると思いますけど」
「はい!まだです!」
大柄な女が元気良く応える。
「あ、でも、もう竈に火が入っているので、私も手が離せないなぁ。――しょうがない。そこの人、お願いが有るんですけど。良いですか?」
濁りの無い笑顔を見せた赤毛の少女は、近くで壁の雨漏りを修理していたメイドに二人分の昼食をお願いした。
そのメイドはそこから離れられなかったので、丁度良く通り掛かったメイドにそれを頼んだ。
そのメイドも外から布団を運び込んでいる最中で引き返せなかったので、草刈り鎌を研ぐ用の水を汲みに来たメイドに頼んだ。
そのメイドも急いでいたので、門扉を造っている若い騎士の手伝いで木材を運んでいたメイドに頼んだ。
「伝言ゲームか。失敗する典型的なパターンだな。昼食はコッソリと干しイモでも齧ろう」
そう独り言を呟いたツインテール少女は、赤毛少女の後を追ってリビングに入った。
「どうしたんですか、その椅子は……」
お茶目的で一緒にリビングに入ったローブの男が頭を抱える。
年輪が美しい巨大な円卓の上座に籐製のリラックスチェアが置かれ、そこに黄色のドレスを着た金髪美少女が座っていた。
まるでリビングの主の様な存在感を醸し出している。
「どうやってあの入り口を通したんですか?」
籐椅子の大きさは、明らかに玄関より幅を取っていた。
しかし金髪美少女はローブの男の問いの意味が分からずに小首を傾げている。
「私達は彼女と同席しても宜しいのでしょうか。表の集団を見た時から予想していましたが、薔薇の妹君ですよね」
金髪美少女は、ツインテール少女の格好を見て高貴な笑みを浮かべる。
「あら。その制服はマイチドゥーサ神学校の物ですね。なら、わたくしの顔や名前もご存じなのでしょうね」
「はい。講堂に貴女の肖像画が飾ってありましたから。――他人の名前も口にしてはいけないのでしょうか」
「勿論です」
ローブの男は、リビングに敷かれたフカフカの絨毯を踏みながら頷いた。
南の国で編まれる最高級品だ。
巨大な円卓が一度移動させられ、キチンと元の位置に戻されている。
こんなに重い物をよく動かしたな。
「私の弟子希望者としてここに居る以上、全員が同じ身分です。同期の弟子内で身分の上下が有る事を、私は認めません」
ローブの男の言葉を聞いたツインテール少女は、金色の瞳を金髪美少女の青い目に向けた。
「では、同じ身分として同席させて頂くとしましょう。構いませんね?」
「どうぞ」
金髪美少女は微笑んで応える。
「本人の許可を得たので、遠慮無く」
ツインテール少女は、コートを部屋の隅に置きながらリビング中を見渡した。
その行動を見た赤毛の少女が察する。
「お師匠様。予備の椅子はどこに有りますか?ここには壊れた椅子が二脚しか有りませんでしたけど」
リビング内に居るのは五人。
金髪美少女はすでに座っているから別としても、明らかに椅子の数が足りない。
「え?椅子ですか?うーん。もう面倒臭いので、自分達でなんとかしてください。私は部屋に戻ります。お茶が沸いたら呼んでください」
「はぁ」
床や壁を傷付けなければ良いとは言ったが、それ意外の好き勝手が激し過ぎる。
それが不満なローブの男は、不貞腐れながらリビングを出て行った。
「やはり好い加減な人だったな」
ツインテール少女は、自分の予想が当たった事に満足する。
そして、やはりこれも予想通り、二人分の昼食はいくら待っても来なかった。