8
翌朝。
リビングに顔を出したシャーフーチは、朝食の準備をしている四人の弟子達に青い表紙のノートを返した。
「すみません。ノートに名前を書いて貰うのを忘れていました。中身を確認して、自分の物を取ってください」
セレバーナ以外の少女が円卓に置かれたノートに群がり、これは誰の文字かと騒ぎながら自分の物を手に取った。
「後でノートの表紙に自分の名前を書いてくださいね。――さて。自分がみんなの事をどう思っているのか。書いてみて、ハッキリと自覚しましたね」
全員がバラバラに頷く。
納得が行っていない部分が有るのだろう、全員の表情に戸惑いが見える。
だが、『それでも良い』と師匠マニュアルに書いてあった。
納得していないと言う事は、更に深く相手の事を考えるから。
「修行は次のステップに進みます。このノートに自分の事を書いてください」
紙袋の封を開けたシャーフーチは、円卓のそばで立ったままでいる少女達に赤い表紙のノートを配った。
「産まれてから今まで何が有ったか。大袈裟に言えば自分の歴史ですね。まだ十代の貴女達なら、書き切るのにそれほどの手間は必要無いでしょう」
言いながら円卓の上座に座るシャーフーチ。
「そして、魔法使いになって何をしたいか。つまり、将来の夢ですね。思い付く限り、全て書いてください」
「書きたくない過去の出来事も、ですか?」
セレバーナが訝しげな表情になって訊く。
思い出したくない体験が有る顔だ。
「自分の事だと思ったら、必ず書いてください。思い付いたら、必ず文字に残してください」
シャーフーチは『必ず』を強調して言う。
「そして、書いた内容は全て覚えておいてください。自分の事ですから簡単でしょう?」
「分かりました。が、これも提出するんですか?」
セレバーナの質問。
他の少女達も同じ事を訊きたそうな顔でシャーフーチを見る。
「いいえ。誰かに見られる可能性が少しでも有ると書けない事も出て来ます。なので、そのノートは誰にも見せてはいけません」
「では、提出しなくても良い、と?」
「はい。そのノートの存在は、私達以外の人間には秘密です。まぁ、魔法使いの修行をしている者ならみんな知っているでしょうけど」
だから、と続けながら少女達を見渡すシャーフーチ。
「そのノートは、自分でしっかりと隠し、管理してください。良いですね?」
少女達は「はい」と返事をしながら頷く。
「そして、何が有っても他人の赤いノートは見ないと誓ってください。私も誓います」
全員が胸に手を当てて「他人の赤いノートは決して見ません」と誓う。
「提出しないからと言って手を抜いてはいけません。怠けて泣きを見るのは自分ですからね。良いですね?」
「いつまでに書けば良いのですか?」
質問をするのは、もっぱらセレバーナ。
「期限は有りません。書く事が有れば、その時に書き込んでください。それが一年後であっても」
「分かりました。で、この課題の真意は何でしょう?想像も出来ないのですが」
「それは明日のお昼に説明します。そして、これからしばらくの間、昼食の後を魔法の修行の時間にします」
「やっと魔法の修行が始まるんですね?」
ペルルドールが輝く笑顔になる。
「その指輪を嵌めた時から修行は始まっていたんですけどね」
シャーフーチが苦笑いしながら言う。
その言葉を聞いた少女達は、反射的に自分の指に嵌っている金色の指輪を見た。
これが弟子の証なので、修行の始まりはここからだと言っても間違いは無いのか。
「ですから、イヤナ。村の農家の手伝いに行くのは構いませんが、明日からは昼までに帰って来てください。先方にもその様に伝えてください」
「分かりました」
「それと、場合によっては無断で行けなくなる日も有る、とも。あくまでもメインは魔法の修行ですからね。絶対にこちらを優先してください」
「はい」
「では、朝食にしましょうか。あ、赤いノートに自分の過去を書く件ですが、明日の昼までになるべく沢山書いてください。その後はのんびりでも構いません」
頷く少女達。
「じゃ、朝食にしますね」
そう言ってキッチンに行ったイヤナは、焼き立てのパンとコンソメスープを持ってリビングに戻って来た。
ペルルドールのドレスを売ったお陰で生活費に不自由が無くなったので、本当ならバイトをせずとも苗を買える。
だけど、格闘家であるサコが毎日のトレーニングを欠かさない様に、農村出身のイヤナも毎日土弄りをしないと落ち着かないのだ。
早く食事を済ませて村に行き、お師匠様に言われた事を農家のおばさんに伝えないと。




